第2話 意外な犯人 その3

文字数 3,301文字

 ここで刹那が、

「もしこのまま緑祁が犯人で確定したのなら、彼の辿る末路はどうなるのだろうか――」

 気になって聞いた。すると、

「こればっかりは、もう擁護のしようがない。彼には死んでもらうしか……。だが、俺たちも彼が本当に犯人なのかどうかは疑問がある」

 長治郎の抱く違和。それは実際に会ってみて感じたこと。

「そんな大それたことをしでかせる器じゃないよな? 聞く話によれば、失恋したとかフラれたとか? それが反動になったとも考えられるが……」

 当初慰霊碑破壊の一報を受けた長治郎は、これを【神代】に反感を抱いている人物の犯行と推測した。だが緑祁にはそういう発想はないらしい。

「ストレスの発散か? だとすると尚更質が悪いんだが、どうもそういうことをするような人、ではない」

 刹那と絵美がここまで擁護に回っているのだ、根が悪い人ではないことは長治郎にも重之助にもわかる。

「だが、犯人の最有力候補であることに変わりはないんだ。もちろんジックリ調査してから今後どうするかを決める」

 万一にも真犯人であった場合のために、監視役に二十四時間見張らせる。そのために緋寒がこの病院に送り込まれた。


 刹那と絵美が受けた説明と同じことを、緑祁は緋寒から聞いた。

「であるから、そなたのことはここから一歩も逃がせぬ。もう病院には話をつけており、そなたの入院期間は無期限延長された」
「……………」

 緑祁は無言だった。身に覚えのない容疑がかけられているのに、反論すらしないのだ。

「何か質問はないのか?」

 あまりにも無言だったので、逆に緋寒が尋ねたぐらいだ。すると、

「香恵は、どこにいるか知っている?」
「カエ…? ああ、そなたとコンビを組んでいた藤松香恵じゃな? んむむ、楠館に昨日の朝までいたことはわかっておるのだが、それ以上は……」

 やはり不明だった。

「彼女に伝えたいことがあるなら、探しておいてやろう」

 手配はしてくれた。でもそれで緑祁の心が満たされるわけがない。

「僕は、香恵に会いたいんだ…」
「病院から出ることは許されぬ! 探して伝えてやると言っておるのだから、それで我慢するのじゃ!」
「……わかったよ…」

 とにかく今の緑祁が理解したことは二つ。一つは、自分に慰霊碑破壊の疑惑が持ち上がっていること。もう一つは、その容疑者のせいでこの病院から出ることができないことだ。


「ねえ重之助さん、長治郎さん? 私たちに時間をくれないかしら?」

 絵美が弱々しく呟いた。

「緑祁の無実を証明したいの。それはダメ?」

 望み薄だから、声に力が入らない。ダメもとでの頼み事だ。しかし、

「それは、間接的に調査に協力する、ということだな?」

 言い換えるなら、刹那と絵美が頑張っても緑祁の無実を証明できなければ、彼が犯人で確定するということ。

「いいぞ」

 だからなのか、許可が下りた。

「試しに現場に行ってみるといい。今は【神代】の調査部隊がいるから駄目だが、夜なら大丈夫だろう。場所、わかるか?」
「もちろん。まずは霊気に触れて、本当に緑祁の残した痕跡なのか確かめるわ!」

 それは、一度緑祁が起こした霊障を体験したことのある刹那の役目となるだろう。

「一筋の希望が見えた。我らは彼の疑いを晴らすという使命を授かったのだ――」


 病室の緑祁は相変わらず落ち着いた態度であった。

(本当にコイツが犯人なのであろうか? 表情からは、焦りが感じられぬ……。常にポーカーフェイスな人物なら話は別じゃが、んむむ、香恵の件から察するにそうではない…)

 その様子を見た緋寒も疑いを持ち始めた。
 十数分後、四人が戻って来る。

「緑祁、あなたの潔白を私たちが証明してやるわ!」
「えっ…」

 唐突に絵美がそんなことを言い出したので、緑祁は驚いた。

「でも、僕の犯行って証拠が残っているんでしょう? 言い逃れできない程度に……」
「生きている限り、希望は捨てるべからず――」

 緑祁も自分が犯人じゃないと叫びたかったのだが、証拠を固められてはお手上げだ。だから身に覚えのない罪でも、もう覚悟をしていた。

「まずは現場に行ってみて……」
「それは叶わぬ! 緑祁をこの建物から出すわけにはいかぬのだ!」

 緋寒が絵美の提案を蹴った。

「誰よあなた?」
「皇緋寒じゃ。わちきは緑祁の監視役じゃから、彼に何か伝えたいのならわちきに連絡を入れるように!」

 緑祁のスマートフォンは没収されているので、絵美は緋寒と連絡先を交換する。

「とりあえず今夜、『橋島霊軍』の慰霊碑に行ってみるわ。任せなさい緑祁! 必ずあなたの無実、証明してやるわ!」
「今や、我らが汝の希望。全ての望み、白に繋いでみせよう――」

 ここまでくると、どうしてそこまでお節介を焼いてくれるのか疑念を持つ。事実緑祁は、

「どうして僕のために、そこまで…?」

 聞いたぐらいだ。理由は、

「なあに、簡単よ。一緒に仕事したら仲間だし。大体、知人が知りもしないことで疑われてるって心地よくないじゃないの!」
「我らは、汝を信じ抜きたいのである。修練を捕まえてみせた汝には、正義がある。それが生きていることを――」

 言ってしまえば、刹那と絵美はこの一件に納得がいっていないのだ。


 長崎から遠く離れた八戸にある、小岩井家の豪邸。その娯楽室に小岩井紫電はいた。ノートパソコンを立ち上げ大学の仲間がやってるネットラジオを聞きながらダーツを嗜んでいる。

「ヒョイ! トリプルで百五十……あれ?」

 一振りで三本の矢を同時に、真ん中に当てる。だが一本が他の二本に弾かれて、床に落ちてしまった。それを見ていた紫電の式神である[ヒエン]、[ゲッコウ]、[ライデン]は笑った。

「そんなにおかしいことじゃねえだろ、「ヒエン」? 自然の摂理と同じだ。負けたヤツに居場所なんて、ねえんだよこの世には」

 紫電は今の光景を生存競争に見立てることで、自分のミスを茶化した。

「さて次は……ビリヤードだぜ。見とけ見とけよ~俺の腕前!」

 隣にテーブルが置いてあり、そちらに移ると同時にキューを握る。

「ダーツ歴は半年だがよ、ビリヤードは五歳の時からやってるぜ……! まあ見てな!」

 手球をキューで弾き、的球をポケットに落とす。普通は二人以上でやるのだが、

「おお~と! まただ! またもブレイクショットで全部のボールがポケットに入っちまったぞ!」

 普通はその一打でテーブルに残った的球を、番号が小さい順に狙ってポケットに落とすのだが、彼はブレイクショット…第一打で九つ全ての的球を落としてみせた。

「上手すぎるのも罪ってやつだ。なあ[ゲッコウ]? ボウリングなんて毎回ストライクだからよ、勝負にならないって大学の同期が匙投げたんだぜ? 何が悲しいって、その後全く誘われねえんだよな………」

 椅子に座ってラジオに耳を傾ける。

「……以上、クールー病でした。次の話題は、クロイツフェルト・ヤコブ病です。この病気には治療法がなく、異常プリオンによって引き起こされることが……」

 同時にココアを飲む。

「ああ~。スポーツの後のホットチョコレートはやっぱり美味いぜ!」

 ここで、[ライデン]がタブレット端末を頭に乗せて紫電の前に現れた。

「ん、どうした[ライデン]?」

 彼はそれを受け取り、[ライデン]の頭を撫でる。画面には【神代】の情報が表示されており、

「慰霊碑損壊? そんなバッチぃ罰当たりなことするヤツがこの世に? どこのどいつだ、その不届き者は……」

 ココアを飲みながらページをめくると、

「ぐばああっ!」

 そこには、緑祁の名前があったのだ。驚きのあまり喉を通ろうとしていたココアを床に吐き出してしまった。

「まさか、緑祁が犯人?」

 信じられない。それが最初に抱いた感想である。

「そんなはずない、って言うべきか? それとも…見損なった、ってセリフが相応しいか?」

 真偽を確かめたい衝動に駆られた彼が取った選択肢は一つ。

「行ってみるか、長崎によ!」

 現地に赴くことだった。

「もし本当にアイツが犯人なら、俺の手で成敗してやるぜ!」

 式神を札に戻し、床に溢したココアを拭いて綺麗にしてから、荷造りを始めファーストクラスのチケットを予約した。
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