第3話 黒ずんだ緑 その1

文字数 3,070文字

「はい、もしもし!」

 東京にある、【神代】の予備校本店。その職員室の一角に、鬼越長治郎の席がある。電話が鳴ったので受話器を取った。

「火事? 仙台で、昨日? 神社が全焼した? 了解!」

 話を聞きながらメモを取る。もちろんその内容は岩苔大社での事件だ。

「心霊犯罪で確定なのか? ほほう、霊紋が。え? 緑祁? あの、永露緑祁が犯人? 嘘だあ?」

 思わず椅子から転げ落ちそうなことを言われた。だが調査員も何度も確認し、残された霊紋から犯人を特定。その結果、緑祁の犯行であることがわかった。

「本当なのか?」

 長治郎は緑祁のことを知っている。何度か会って話をしたことがある。そんな大それたことができる人物ではないということは、彼がよくわかっている。

「今、どこにいるんだ?」

 電話の向こうの人は、わからないと答える。

「それじゃあ、本当に緑祁が犯人というわけかよ……」

 こうなってしまった以上、【神代】のデータベースに情報を上げるしかない。

「至急! 緑祁を捕えよ!」

 そしてその指令を受けた人たちが、緑祁を捕まえに行くことになる。長治郎は緑祁のことを案じ、

(親しい人を行かせて説得させよう。アイツは悪いことができるヤツじゃない。多分、間違えてしまっただけだ。凶悪なヤツじゃないんだから)

 直接指示を出すことに。真っ先に思いついたのが小岩井紫電だったのだが、彼は関西に旅行中で仙台にすぐには行けない。皇の四つ子も、関東で待機中だ。

「待てよ? いるじゃないか! 緑祁と親しくて、尚且つすぐに仙台に行ける人が!」

 思いつけたので、その人物に連絡を入れる。


「緑祁が、本当にそんなことを?」

 秋田に住んでいる、大鳳雛臥と猫屋敷骸。彼らの地方に遊びに来ていた、廿楽絵美と神威刹那。この四人がまず仙台に移動。現地で待っている香恵と仙台駅前のホテルのロビーで合流。

「おお! こちらのお嬢さんもまた最高級じゃないか!」

 翔気は一人暮らしの家に戻ったのだが、育未と由李と絢萌は緑祁を昨晩止められずに逃げられたことに責任を感じ、この事件が解決するまで……最後まで香恵たちと行動することに決めたのだ。

「香恵、誰この人? ちょっと怖いんだけど……」
「それは、私もよ……」
「酷いことを言うねえ、お嬢さん方は」

 由李のお眼鏡にかなったのか、彼女は絵美の側に座る。香恵も絵美も、由李に対し少し引いている。一方の刹那も、

「解せぬ――」

 相手にされていないことが気に食わないようだ。
 軽く自己紹介を済ませると、

「……香恵、聞いた話は本当なのか? 緑祁のこと、全然信じられないんだが……」

 骸が話を進める。雛臥も、

「あの緑祁が、犯罪を起こす? 何かの間違いでは?」

 そう言うくらいには、彼のことを信頼している。移動する前にメールで説明はなされたものの、未だ半信半疑なのだ。

「それは、私よりも育未たちの方が詳しいわ」
「と言うと?」

 昨晩の出来事なのだが、香恵は緑祁を最後に見たのは夕食の時だ。その後は会っていない。
 その時、香恵は怒りが爆発してキレてしまった。

「それが、緑祁が狂った原因なのかな……? 私のせいで、緑祁……」
「それは多分違うと思うよ」

 そう言ったのは、絢萌だ。彼女は、

「もしそうなら、あの場で変貌していないとおかしい。でも火災は、夕食の時から時間が経っている。その、夕食と放火の間で、何かがあったと思うんだ」

 でもその何か……緑祁が一線を越えるキッカケがわからない。

「落ち込むだけなら、そこまで暴走しないはずだわ。だから何か、あったんだと思う!」
「本人に聞くしかない、ってことだな?」

 骸は決める。命令通りに緑祁を捕えることを。

「大丈夫さ、こっちは四人もいるんだから。それに緑祁のことをよく知っている、友達なんだぜ?」
「でも、お気を付けて。尋常ではないわ、今のあの殿方は」

 人を殺めることに、躊躇いがない。昨晩も育未たちのことを本気で殺すつもりだった。

「……何か話を聞いていると、俺たちが知っている緑祁じゃない気がしてくるな。寄霊とかじゃないの?」
「あったわね、そういう事件」
「寧ろ、それであって欲しい――」

 ここにいる八人で作戦を決める。今現在緑祁の居場所は不明だ。スマートフォンのGPSも反応がない。実際に雛臥が電話をかけてみるが、電話が繋がらない。

「火事で焼けたんだな、こりゃ」
「そう言えば、私のタブレット端末もアウトだわ……。新しいのを【神代】からもらわないと」

 だから、この仙台のどこかにいるということしかわからないのである。

「どこかに出没するのか。なら目星を絞って……」
「無理だよ、少年。そんなことはね」
「何でだよ?」
「仙台には、百万人いるんだぞ? それに緑祁がどこを目指して移動するのか、本人じゃないとわからないじゃないか?」

 由李の言う通りである。かなりの人口がいるこの町からピンポイントに特定の人物を探し出すのは、不可能。

「いや、待って」

 だが閃く絵美。

「寄霊の時のことだけど、偽者の緑祁は遺跡とか慰霊碑とかの破壊をしていたわ。同じことが今の緑祁にも言えるんじゃないの?」

 去年のゴールデンウィークのことを思い出す絵美。

「確か……。『橋島霊軍』の慰霊碑、畜供養塚、外人墓地、最後に現れたのは、長崎の平和記念公園だったわよね、刹那?」
「その通り――」

 心の中で、過去を否定したい気持ちがあるのだろう。だから過去に関することを壊したい。そういう精神の原動力で、偽緑祁は動いていた。

「それが、今の緑祁にも言えるのなら……」

 香恵が育未たちの方を見る。

「この仙台で、そういう遺跡や石碑がある場所は? 有名なところに、緑祁が現れるかもしれないわ!」
「ちょっとお待ちになって……」

 育未、由李、絢萌は考える。

「仙台城跡とか、瑞鳳殿か?」
「歴史系に絞ると、そうなるね」
「でも待って! もしも緑祁さんが仙台の外に移動したら、候補はもっと多くなってしまいますわ!」

 仙台在住のためか、心当たりのある場所が多過ぎる。だがその会話の中で香恵が反応した単語が一つ。

「仙台城……。前に緑祁の口から、聞いたことがあるわ。瑞鳳殿も、行ってみたいと言ってたわよ」
「なら、その二つに絞った方がいいか。俺と雛臥、絵美と刹那で組んで……」
「あの緑祁相手に、二人だけなのは辛いわね……」

 しかし、

「いいえ、行けますわ」
「は? どういうことよ?」
「仙台城跡と瑞鳳殿は、徒歩で三十分程度ですのよ」
「意外に近いのか!」

 となれば話は別だ。

「なら、一つしかないな」

 瑞鳳殿と仙台城跡に分かれはするが、どちらかに緑祁が出現した場合、もう片方に急行するのだ。そうすれば人数差の有利を捨てる必要がない。

「ワタクシたちは、どうしましょう?」

 香恵や育未たちはどうするべきかも考える。

「昨日、緑祁と勝負したんだろう? 何の対策もしないで勝てる相手じゃないんだ、緑祁は! 君たちは休んでいてくれ」
「私は、骸?」

 香恵は、緑祁と再会したがっていた。だが、

「今の緑祁はかなり危険な状態だ、余計な刺激は与えたくない」
「でも私と会えば、正気に戻ってくれるかも……」
「無理だと思う」

 冷酷だが、雛臥は言う。緑祁が暴走し出した理由が不明だから、ただ香恵と会うだけでは解決にならないかもしれない。

「だから香恵! 君は、育未たちと一緒に他の場所で待機していてくれ」
「……わかったわ……」

 不本意ながらも頷く香恵。結局このホテルで育未たちと待つことに。

「じゃ、早速だが行くか。緑祁、待ってろよ! すぐに連れ戻してやるぜ!」
「お願いよ……!」
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