第4話 悪の精神 その2
文字数 3,245文字
最初に顔を会わせた場所は巌流島で、ちょうど去年の今頃のことだった。紫電とは違って、どこにでもいる大人しそう……というよりはあまり自分からは他人に話をかけなさそう、友人たちと盛り上がるのは避けそうな感じの少年。それが第一印象だった。そしてそんな彼が紫電のライバルであると知った時は、驚いた。
さらに驚かされたのは、その臆病そうな少年が紫電と互角の実力を持っていたことだ。犠霊が横槍を入れてしまったが、あのバトルは凄まじかったと記憶している。
その後、半年後のことだ。緑祁と同じ仕事を受けた。【神代】の裏切り者……辻神たちを捕まえるということだ。実際には空蝉たちは慰霊碑の護衛を任されたので、辻神と直接手を合わせたわけではない。
三月には、霊能力者大会で遭遇した。神奈川での出来事である。空蝉はその時、実際に緑祁と戦った。応声虫の物量で押し切るつもりが、一気に勝負を決められて負けてしまう。
(アイツは強いヤツだ。通りで紫電が白黒つけたがるわけだ)
その後は、会っていない。大会の結果を見るに、途中で脱落してしまったらしい。緑祁や紫電以上の正真正銘の化け物がこの日本にいると思い、ゾッとした。
それくらいが、空蝉が持っている緑祁に関する記憶である。彼だけではない。いつも一緒に行動している、琥珀や冥佳、向日葵も同じくらいの認識しか持っていないはずだ。
(いや、ある。それ以上に、緑祁に対する感情が……)
彼に対する、特別な感情。最初に感じたそれは、怒りだった。
緑祁は辻神たちのことを罰そうとしなかった。自分が狙われていたにもかかわらず、庇ったのだ。それを聞いていた空蝉は、ぶん殴ってやりたい気分だった。
何故そんなことを抱くのか? それには理由がある。
六年前のことだ。空蝉たちは【神代】の法に触れた。当時の彼らの実力はあまり高くなく、それにもかかわらず難しい命令を下されたのだ。当時の【神代】の代表である、神代標水には逆らえなかった。
命令はただの除霊だ。トンネルを掘りたいから、山を清めてくれ。そんなことをお願いされた。そして除霊自体は成功したように思えたのだ。
失敗がわかったのは、その二か月後のことである。落盤事故が起き、五人の作業員が亡くなられた。
「お前たちが、中途半端な除霊をしたせいだぞ? 目覚めさせてしまったんだ」
そこには犠霊が眠っていたらしく、空蝉たちの除霊で起こしてしまったらしい。それに気づかず放置したせいで、事故が起きた。作業員が亡くなったのはお前たちのせいだと、標水は確かに言った。【神代】の幹部たちも、みんな頷いた。
結果、空蝉たちは精神病棟に幽閉されることになる。しかしこんな理不尽な処罰にもめげず、
「拙者たちの力及ばずだった。反省しよう」
自分たちの責任を認め、病棟で心を入れ替える。自由を奪われいつ解放されるかわからない状態で、外にも出られない。それでももう一度チャンスがあるのなら、【神代】のために尽くしたい。
「出ろ」
急に、釈放された。聞く話によれば、霊怪戦争で標水が死んだらしい。富嶽が、
「この四人なら、もう大丈夫。更正しただろう」
と言って解放してくれたのだ。この時に四人は富嶽のために働くことを決意した。
(罪を犯した者は、罰せられる。それが常識、当たり前だ。それなのに緑祁ときたら……)
【神代】への背信行為をしでかした辻神たちを、許そうと。言ったのである。これが、感情を逆撫でした。【神代】のために働いた結果失敗し、そのせいで自分たちは精神病棟に入れられた。なのに、【神代】に明確な攻撃意思があった辻神たちが、精神病棟に入らずに済む? 同じような処罰……【神代】への奉仕でいい? それが通るか、ということだ。
自分たちが自由を奪われた時間は、一体何だったのか。懲罰として自由の剥奪をされたのに、自分たちよりも重い罪を犯した辻神たちが、それなしでいいのか。それを思うと、怒りがメラメラと燃えた。
ただし、忠誠を誓った富嶽が緑祁を味方したので、四人はそれに従うことにしたのだ。だからあの時は辻神のことを、琥珀が励ましていた。
(罪は罰されなければ消えない……)
幽閉された約二年の間に空蝉がわかったことだ。罪を犯した者が許されるには、罰がなければいけない。処罰なしに許されることは、あってはならないのである。だから、辻神たちの軽過ぎる処分には反対だったのだ。
しかし緑祁は言った。
「【神代】のために尽くすことができるなら、それを罰と見なせるはずだ。奉仕という罰則でいいはずだ」
と。
それも間違ってはいないかもしれない。事実その処分をされた辻神は、真面目に【神代】のために働いている……更正できている。
(緑祁の考えは、きっと性善説に基づいている。それを利用しようという人もいるかもしれない。もしそんな輩と緑祁が遭遇したら……)
間違いなく利用されてしまうだろう。そして【神代】の知らないところでその心配が、既に始まってしまっている。
(とにかく今は、緑祁の確保を最優先だ。罪を犯した人に慈悲を与えられるヤツが、どうしてこんな悪さをしでかすのか、殺意をパートナーに抱いているのか! 明らかにしなければいけない……)
支倉社は、林を抜けた断崖絶壁にひっそりと建てられている。崖の下は岩礁地帯となっており、潮が岩に当たって弾ける音が聞こえる場所だ。
「来ると思うか?」
来ないかもしれない。今夜は誰も遭遇しないかもしれない。
「しかし可能性が一パーセントでもあるのなら、無視はできんでござる」
来てしまった、では遅過ぎる。だからここで緑祁を待つ。
「聞く話によれば、緑祁は夜に行動するらしい」
「何でよ?」
「さあ? それに関する説明はないんだ。悪霊みたく、太陽光に弱いのか? 心が暗いと日の光すら苦しいのかもな」
理由はどうであれ、まだ太陽が空にいる間には動きはない。今のうちに準備を済ませておく。
「向日葵、どの辺がいいで候?」
「もうちょっと離れて……」
少し距離を取る。
「この辺でいいかな?」
彼女は蜃気楼を使えるので、それを利用して緑祁を罠にはめるつもりだ。
まず、偽りのビジョンをここに作る。それに気を取られている間に、琥珀が電霊放を撃ち込む。
「決まれば一発で終わりだね。でもこれ、成功するの……?」
「心配なら成功率を上げればいいだけの話!」
空蝉が指をくいっと動かせば、応声虫によってスズムシやコオロギが出現する。
「音でも誤魔化す。香恵の声をおれの応声虫でうまく作ってやれば、それで完璧だ」
「でも逃げ出したら?」
「逃がさないわよ」
礫岩の使い手である、冥佳が言った。開けている場所なので、緑祁が入って来たらすぐに礫岩を使って段差を作ってしまうのだ。それでも逃げようものなら、地震を起こして立ち上がらせない。
「礫岩の音も、応声虫でかき消せるでござるな。ここに入ったが最後、詰みで候!」
ある程度作戦が決まったので、夜を待つことにした。この周囲には空蝉が応声虫で作ったカやハエが飛んでおり、誰かが近づけばすぐにわかる。
「幻はどんなのがいいかな?」
「香恵の姿は、どう?」
一番、食いつきやすいだろう。だが、
「いきなり発狂されても困るな……。適当な幽霊でいいよ」
万が一のことを考え、香恵の幻は不採用。
日が沈み、夜が来た。
「どう?」
「まだ何も……。今通りかかったのは、ジョギングしているオッサンだな」
【神代】のデータベースにも目を光らせる。他のチームに連絡し、遭遇したらその情報をアップロードすることになっている。
「どのチームも、まだ……」
そのまま、二時間が経った頃だ。
「ん! これは……」
応声虫に反応あり。これは男、それも若い。迷わずこちらに向かって来る。
「緑祁なの?」
「顔を見てみないことには判断はしない方がいいでござる」
林の中から、一人の男性が出てきた。
(緑祁、だ……!)
間違いない。四人は実際に彼のことを見たことがある。だからわかる。紛れもなく本人だ。
さらに驚かされたのは、その臆病そうな少年が紫電と互角の実力を持っていたことだ。犠霊が横槍を入れてしまったが、あのバトルは凄まじかったと記憶している。
その後、半年後のことだ。緑祁と同じ仕事を受けた。【神代】の裏切り者……辻神たちを捕まえるということだ。実際には空蝉たちは慰霊碑の護衛を任されたので、辻神と直接手を合わせたわけではない。
三月には、霊能力者大会で遭遇した。神奈川での出来事である。空蝉はその時、実際に緑祁と戦った。応声虫の物量で押し切るつもりが、一気に勝負を決められて負けてしまう。
(アイツは強いヤツだ。通りで紫電が白黒つけたがるわけだ)
その後は、会っていない。大会の結果を見るに、途中で脱落してしまったらしい。緑祁や紫電以上の正真正銘の化け物がこの日本にいると思い、ゾッとした。
それくらいが、空蝉が持っている緑祁に関する記憶である。彼だけではない。いつも一緒に行動している、琥珀や冥佳、向日葵も同じくらいの認識しか持っていないはずだ。
(いや、ある。それ以上に、緑祁に対する感情が……)
彼に対する、特別な感情。最初に感じたそれは、怒りだった。
緑祁は辻神たちのことを罰そうとしなかった。自分が狙われていたにもかかわらず、庇ったのだ。それを聞いていた空蝉は、ぶん殴ってやりたい気分だった。
何故そんなことを抱くのか? それには理由がある。
六年前のことだ。空蝉たちは【神代】の法に触れた。当時の彼らの実力はあまり高くなく、それにもかかわらず難しい命令を下されたのだ。当時の【神代】の代表である、神代標水には逆らえなかった。
命令はただの除霊だ。トンネルを掘りたいから、山を清めてくれ。そんなことをお願いされた。そして除霊自体は成功したように思えたのだ。
失敗がわかったのは、その二か月後のことである。落盤事故が起き、五人の作業員が亡くなられた。
「お前たちが、中途半端な除霊をしたせいだぞ? 目覚めさせてしまったんだ」
そこには犠霊が眠っていたらしく、空蝉たちの除霊で起こしてしまったらしい。それに気づかず放置したせいで、事故が起きた。作業員が亡くなったのはお前たちのせいだと、標水は確かに言った。【神代】の幹部たちも、みんな頷いた。
結果、空蝉たちは精神病棟に幽閉されることになる。しかしこんな理不尽な処罰にもめげず、
「拙者たちの力及ばずだった。反省しよう」
自分たちの責任を認め、病棟で心を入れ替える。自由を奪われいつ解放されるかわからない状態で、外にも出られない。それでももう一度チャンスがあるのなら、【神代】のために尽くしたい。
「出ろ」
急に、釈放された。聞く話によれば、霊怪戦争で標水が死んだらしい。富嶽が、
「この四人なら、もう大丈夫。更正しただろう」
と言って解放してくれたのだ。この時に四人は富嶽のために働くことを決意した。
(罪を犯した者は、罰せられる。それが常識、当たり前だ。それなのに緑祁ときたら……)
【神代】への背信行為をしでかした辻神たちを、許そうと。言ったのである。これが、感情を逆撫でした。【神代】のために働いた結果失敗し、そのせいで自分たちは精神病棟に入れられた。なのに、【神代】に明確な攻撃意思があった辻神たちが、精神病棟に入らずに済む? 同じような処罰……【神代】への奉仕でいい? それが通るか、ということだ。
自分たちが自由を奪われた時間は、一体何だったのか。懲罰として自由の剥奪をされたのに、自分たちよりも重い罪を犯した辻神たちが、それなしでいいのか。それを思うと、怒りがメラメラと燃えた。
ただし、忠誠を誓った富嶽が緑祁を味方したので、四人はそれに従うことにしたのだ。だからあの時は辻神のことを、琥珀が励ましていた。
(罪は罰されなければ消えない……)
幽閉された約二年の間に空蝉がわかったことだ。罪を犯した者が許されるには、罰がなければいけない。処罰なしに許されることは、あってはならないのである。だから、辻神たちの軽過ぎる処分には反対だったのだ。
しかし緑祁は言った。
「【神代】のために尽くすことができるなら、それを罰と見なせるはずだ。奉仕という罰則でいいはずだ」
と。
それも間違ってはいないかもしれない。事実その処分をされた辻神は、真面目に【神代】のために働いている……更正できている。
(緑祁の考えは、きっと性善説に基づいている。それを利用しようという人もいるかもしれない。もしそんな輩と緑祁が遭遇したら……)
間違いなく利用されてしまうだろう。そして【神代】の知らないところでその心配が、既に始まってしまっている。
(とにかく今は、緑祁の確保を最優先だ。罪を犯した人に慈悲を与えられるヤツが、どうしてこんな悪さをしでかすのか、殺意をパートナーに抱いているのか! 明らかにしなければいけない……)
支倉社は、林を抜けた断崖絶壁にひっそりと建てられている。崖の下は岩礁地帯となっており、潮が岩に当たって弾ける音が聞こえる場所だ。
「来ると思うか?」
来ないかもしれない。今夜は誰も遭遇しないかもしれない。
「しかし可能性が一パーセントでもあるのなら、無視はできんでござる」
来てしまった、では遅過ぎる。だからここで緑祁を待つ。
「聞く話によれば、緑祁は夜に行動するらしい」
「何でよ?」
「さあ? それに関する説明はないんだ。悪霊みたく、太陽光に弱いのか? 心が暗いと日の光すら苦しいのかもな」
理由はどうであれ、まだ太陽が空にいる間には動きはない。今のうちに準備を済ませておく。
「向日葵、どの辺がいいで候?」
「もうちょっと離れて……」
少し距離を取る。
「この辺でいいかな?」
彼女は蜃気楼を使えるので、それを利用して緑祁を罠にはめるつもりだ。
まず、偽りのビジョンをここに作る。それに気を取られている間に、琥珀が電霊放を撃ち込む。
「決まれば一発で終わりだね。でもこれ、成功するの……?」
「心配なら成功率を上げればいいだけの話!」
空蝉が指をくいっと動かせば、応声虫によってスズムシやコオロギが出現する。
「音でも誤魔化す。香恵の声をおれの応声虫でうまく作ってやれば、それで完璧だ」
「でも逃げ出したら?」
「逃がさないわよ」
礫岩の使い手である、冥佳が言った。開けている場所なので、緑祁が入って来たらすぐに礫岩を使って段差を作ってしまうのだ。それでも逃げようものなら、地震を起こして立ち上がらせない。
「礫岩の音も、応声虫でかき消せるでござるな。ここに入ったが最後、詰みで候!」
ある程度作戦が決まったので、夜を待つことにした。この周囲には空蝉が応声虫で作ったカやハエが飛んでおり、誰かが近づけばすぐにわかる。
「幻はどんなのがいいかな?」
「香恵の姿は、どう?」
一番、食いつきやすいだろう。だが、
「いきなり発狂されても困るな……。適当な幽霊でいいよ」
万が一のことを考え、香恵の幻は不採用。
日が沈み、夜が来た。
「どう?」
「まだ何も……。今通りかかったのは、ジョギングしているオッサンだな」
【神代】のデータベースにも目を光らせる。他のチームに連絡し、遭遇したらその情報をアップロードすることになっている。
「どのチームも、まだ……」
そのまま、二時間が経った頃だ。
「ん! これは……」
応声虫に反応あり。これは男、それも若い。迷わずこちらに向かって来る。
「緑祁なの?」
「顔を見てみないことには判断はしない方がいいでござる」
林の中から、一人の男性が出てきた。
(緑祁、だ……!)
間違いない。四人は実際に彼のことを見たことがある。だからわかる。紛れもなく本人だ。