第4話 古の京の都 その2
文字数 3,190文字
「ここが、二条城……? 天守閣はないのね?」
バスから降りた香恵はキョロキョロした。彼女の中では、天守閣はあって当然という常識があったからだ。
「青葉城にもないよ」
緑祁はパンフレットを開き、説明を呼んだ。
「へえ! 青葉城とは違って最初からないんじゃなくて、無くなったのか! 落雷か……電撃は強いもんね……」
二人は二条城の周辺を見た。観光客が多い。
(ここでもし騒ぎが起きれば、被害が大きくなってしまうわ…!)
幸いにも町中からは離れていはいる。
「中、入る?」
「外で待ちましょう。幽霊が現れるのは、城内とは限らないわ」
しかし、ここで夏の残酷な日差しが二人を襲う。気づけば香恵は、清涼飲料水を二本も飲み干していたし、タオルも三枚汗でびしょ濡れだ。それでも暑さが体から逃げて行かない。見かねた緑祁は、
「中にお土産コーナーとかあると思うから、そこで待とう。クーラーがないと干からびる!」
「そ、そうね……」
彼女に促し、入場料を支払って城内に進んだ。お土産コーナーで涼む。
「ふうう、生き返るわ…」
クーラーから吐き出される冷気を体全身で浴びる香恵。緑祁はお土産を物色し、
「これとこれ! あと八ツ橋は必ずいるよね。種類が多いな、どれにしよう?」
両親に送るお菓子を選び購入し、宅配サービスを利用して実家に送る。
緑祁と香恵が二条城に来てから二時間が過ぎた。
「何もなさそうだね。ここは外れなのかな?」
様子を伺っても、本当に何も起きていなさそうなのだ。
「まあ、魔綾が提案しただけだから。そりゃ当てにならないわよ」
しかし二人は、すれ違った人物の会話を聞き逃さなかった。
「最近の展示は凄いな。ホログラム? 侍が透けてたぜ!」
そんな展示はこの二条城にはない。それはパンフレットを熟読した緑祁が一番よくわかっている。それに香恵も、
「それは幽霊だわ!」
直感でわかる。どうやら既にこの城の中に幽霊がいるようなのだ。それは病射と関係あるかどうかはわからない。だが、
「いるなら対処しないといけない!」
二人は動き出す。一般人がいるところに出現した幽霊は見逃せない。
「どこにいるんだ? その幽霊は!」
城の敷地内を早歩きして回った。
「緑祁! アイツだわ!」
香恵が発見して指を指し示した。その方向を緑祁も見た。
「あれか……! 香恵は下がってて!」
ちょんまげ頭の額に血が流れている、明らかにこの時代にそぐわない服装をした姿の人物……いや幽霊がそこに立っていた。どうやら観光客にも見えているらしく、写真を撮られているが、それには反応していない。
「どいてくれ! ちょっと道を開けて!」
人混みを切り開いてその幽霊の前に出た。緑祁がその幽霊……迷霊を睨むと、迷霊の方も彼のことを睨み返し、鞘から刀を抜いた。
(霊力で作られた本物の日本刀? 機傀や魂械の類が使えるのか!)
一般人の視線が痛いが、緑祁はまず鬼火を使ってみた。
「それっ!」
しかし指から放たれた炎は、刀で切られ防がれてしまう。
「何て切れ味だ……!」
迷霊が緑祁に向かってきた。そして刀を振り下ろす。
「うわっ!」
どうにか横に飛んで避ける緑祁。相手の動きはそこまで速くない。
(でも気を付けないと! あの刃が当たったら終わりだ! 香恵の慰療は怪我は治せても、四肢の欠損までは守備範囲外だ!)
後ろに下がった時、何かとぶつかった。
「うん?」
それは、緑祁と迷霊の戦いを見ていた一般人である。
「ちょっと、どいてくれって!」
「もっと迫力ある写真が撮りたな」
「さっきの炎はどうやって出したんですか?」
「下がって! 危ないから下がってくれ!」
しかしこれが幽霊との戦いであるとは夢にも思えない一般人たちは、もっと前に歩み出す。
(ヤバい…!)
自分が大げさに逃げたら、彼らが切られてしまう。それだけは絶対にあってはならないことだ。相手が日本刀を掲げているとしても、背中を向けることは不可能だ。
(やるしかない! ここでこの幽霊を、除霊する!)
被害は出せない。緑祁は覚悟を決め、前に進んだ。
「さあ、来い!」
霊障合体を使えば、除霊できるだろうと思う。まずは台風だ。
(鬼火はこの人混みの中では使いにくい。ここは台風で、どうだ!)
手のひらから水が乗った渦巻く風が生み出される。これで迷霊を押し飛ばすのだ。しかし、迷霊が刀を振って風すらも二つにしてしまう。
「何て切れ味だ、この世のものなら何でも切れるのか!」
今度は迷霊の方から攻めてきた。突きだ。日本刀の先端が緑祁に迫る。
「危ないっ!」
当初は粗い攻撃だったが、段々狙いが正確になっていく。
(くっ! どうすればいい? [ライトニング]と[ダークネス]を召喚するか? でもこの人混み! 流れ弾が人に当たったら……マズい!)
式神にも頼れない。自分の力だけでどうにかしなければならないのである。
「っわ!」
一気に近づいてきた迷霊が、緑祁に切りかかる。咄嗟に逃げたが、刃が手の甲をかすめた。薄皮が一枚切れる。驚いて緑祁は尻餅を着いてしまった。
迷霊は、彼に日本刀の先端を向けた。まるで、これで終わりだ、と言わんばかりの行動だ。
(僕だって、終わりにしてやる!)
だが緑祁もここから、勝利のための式を作る。手元にいっぱいある、砂利。これが使える。
(台風が駄目だった。ということはおそらく、火災旋風も切られて終わる! でも、日本刀一本じゃ、沢山の飛び道具は攻略できないはずだ!)
できる限り握れるだけ握り、それを目の前に投げた。
「くらえ、霊障合体・水蒸気爆発!」
砂利を、迷霊にだけ向けて爆風に乗せて放った。大量の砂利なら刀をすり抜けられると思った緑祁だったが、何と迷霊は見事な剣さばきを見せて、一個一個の砂利を弾き飛ばしたのだ。
しかし予想外の行動に出たのは、迷霊だけではなかった。
「ぬおおおおお!」
緑祁がしゃがんだ状態で迷霊の足元に動くと、立ち上がると同時に、
「火災旋風、だああ!」
赤い渦で迷霊を飲み込み、大きなダメージを与えることに成功した。
無言で倒れる迷霊。
「やったか?」
だが、何と迷霊は起き上がる。まだ除霊できていない。
「まだ駄目なのか…!」
すかさず構える緑祁だったが、迷霊は自身が持つ日本刀を緑祁に差し出した。
「えっ! どういう……」
そしてもう片方の手で、自分の首を指し示す。
「……そういうことかい。わかったよ」
負けた自分の首を切れ、と言われているのだ。介錯を頼まれた緑祁は素直にその刀を受け取る。すると迷霊の方もボロボロの体を動かして正座した。
「黄泉の国へ……!」
剣道など歩いたこともない緑祁の剣筋は、誰がどう見ても素人のそれだ。それでも迷霊の首を見事に切り落とせた。切り落とされた首も、残った胴体も握っていた日本刀もすぐに空気に溶けていく。
戦いが終わった緑祁を待っていたのは、それを観戦していた一般人からの拍手だった。
「………」
恥ずかしくなった緑祁は人混みを避けてその場から逃げてしまった。
「緑祁、ここにいたのね」
十数分後に香恵が、迷霊と戦った場所とは反対側にいた緑祁を発見。
「みんな、ショーか何かかと思っているみたいだ。それはそれでいいんだけど、僕だけジロジロ見られるのはかなり恥ずかしい……」
「気持ちはわからなくはないわ。霊能力者の説明をする必要はないし理解もしてもらえないだろうけど、目立つやり方は好ましくはないわよね」
香恵は何かを手に持っている。
「それは?」
「見つけたわ。この提灯、霊力が込められている。誰かがこの城内で壊して、幽霊を解き放ったのね。その動かぬ証拠よ」
問題は、それが誰なのか、である。
「もしかして、病射?」
「かもしれないわ。今も周囲にいるのかも」
【神代】の調査員を二条城に呼び、提灯を渡して調べてもらうことに。その後二人は病射を警戒し、二条城の周辺と内部を捜索した。
バスから降りた香恵はキョロキョロした。彼女の中では、天守閣はあって当然という常識があったからだ。
「青葉城にもないよ」
緑祁はパンフレットを開き、説明を呼んだ。
「へえ! 青葉城とは違って最初からないんじゃなくて、無くなったのか! 落雷か……電撃は強いもんね……」
二人は二条城の周辺を見た。観光客が多い。
(ここでもし騒ぎが起きれば、被害が大きくなってしまうわ…!)
幸いにも町中からは離れていはいる。
「中、入る?」
「外で待ちましょう。幽霊が現れるのは、城内とは限らないわ」
しかし、ここで夏の残酷な日差しが二人を襲う。気づけば香恵は、清涼飲料水を二本も飲み干していたし、タオルも三枚汗でびしょ濡れだ。それでも暑さが体から逃げて行かない。見かねた緑祁は、
「中にお土産コーナーとかあると思うから、そこで待とう。クーラーがないと干からびる!」
「そ、そうね……」
彼女に促し、入場料を支払って城内に進んだ。お土産コーナーで涼む。
「ふうう、生き返るわ…」
クーラーから吐き出される冷気を体全身で浴びる香恵。緑祁はお土産を物色し、
「これとこれ! あと八ツ橋は必ずいるよね。種類が多いな、どれにしよう?」
両親に送るお菓子を選び購入し、宅配サービスを利用して実家に送る。
緑祁と香恵が二条城に来てから二時間が過ぎた。
「何もなさそうだね。ここは外れなのかな?」
様子を伺っても、本当に何も起きていなさそうなのだ。
「まあ、魔綾が提案しただけだから。そりゃ当てにならないわよ」
しかし二人は、すれ違った人物の会話を聞き逃さなかった。
「最近の展示は凄いな。ホログラム? 侍が透けてたぜ!」
そんな展示はこの二条城にはない。それはパンフレットを熟読した緑祁が一番よくわかっている。それに香恵も、
「それは幽霊だわ!」
直感でわかる。どうやら既にこの城の中に幽霊がいるようなのだ。それは病射と関係あるかどうかはわからない。だが、
「いるなら対処しないといけない!」
二人は動き出す。一般人がいるところに出現した幽霊は見逃せない。
「どこにいるんだ? その幽霊は!」
城の敷地内を早歩きして回った。
「緑祁! アイツだわ!」
香恵が発見して指を指し示した。その方向を緑祁も見た。
「あれか……! 香恵は下がってて!」
ちょんまげ頭の額に血が流れている、明らかにこの時代にそぐわない服装をした姿の人物……いや幽霊がそこに立っていた。どうやら観光客にも見えているらしく、写真を撮られているが、それには反応していない。
「どいてくれ! ちょっと道を開けて!」
人混みを切り開いてその幽霊の前に出た。緑祁がその幽霊……迷霊を睨むと、迷霊の方も彼のことを睨み返し、鞘から刀を抜いた。
(霊力で作られた本物の日本刀? 機傀や魂械の類が使えるのか!)
一般人の視線が痛いが、緑祁はまず鬼火を使ってみた。
「それっ!」
しかし指から放たれた炎は、刀で切られ防がれてしまう。
「何て切れ味だ……!」
迷霊が緑祁に向かってきた。そして刀を振り下ろす。
「うわっ!」
どうにか横に飛んで避ける緑祁。相手の動きはそこまで速くない。
(でも気を付けないと! あの刃が当たったら終わりだ! 香恵の慰療は怪我は治せても、四肢の欠損までは守備範囲外だ!)
後ろに下がった時、何かとぶつかった。
「うん?」
それは、緑祁と迷霊の戦いを見ていた一般人である。
「ちょっと、どいてくれって!」
「もっと迫力ある写真が撮りたな」
「さっきの炎はどうやって出したんですか?」
「下がって! 危ないから下がってくれ!」
しかしこれが幽霊との戦いであるとは夢にも思えない一般人たちは、もっと前に歩み出す。
(ヤバい…!)
自分が大げさに逃げたら、彼らが切られてしまう。それだけは絶対にあってはならないことだ。相手が日本刀を掲げているとしても、背中を向けることは不可能だ。
(やるしかない! ここでこの幽霊を、除霊する!)
被害は出せない。緑祁は覚悟を決め、前に進んだ。
「さあ、来い!」
霊障合体を使えば、除霊できるだろうと思う。まずは台風だ。
(鬼火はこの人混みの中では使いにくい。ここは台風で、どうだ!)
手のひらから水が乗った渦巻く風が生み出される。これで迷霊を押し飛ばすのだ。しかし、迷霊が刀を振って風すらも二つにしてしまう。
「何て切れ味だ、この世のものなら何でも切れるのか!」
今度は迷霊の方から攻めてきた。突きだ。日本刀の先端が緑祁に迫る。
「危ないっ!」
当初は粗い攻撃だったが、段々狙いが正確になっていく。
(くっ! どうすればいい? [ライトニング]と[ダークネス]を召喚するか? でもこの人混み! 流れ弾が人に当たったら……マズい!)
式神にも頼れない。自分の力だけでどうにかしなければならないのである。
「っわ!」
一気に近づいてきた迷霊が、緑祁に切りかかる。咄嗟に逃げたが、刃が手の甲をかすめた。薄皮が一枚切れる。驚いて緑祁は尻餅を着いてしまった。
迷霊は、彼に日本刀の先端を向けた。まるで、これで終わりだ、と言わんばかりの行動だ。
(僕だって、終わりにしてやる!)
だが緑祁もここから、勝利のための式を作る。手元にいっぱいある、砂利。これが使える。
(台風が駄目だった。ということはおそらく、火災旋風も切られて終わる! でも、日本刀一本じゃ、沢山の飛び道具は攻略できないはずだ!)
できる限り握れるだけ握り、それを目の前に投げた。
「くらえ、霊障合体・水蒸気爆発!」
砂利を、迷霊にだけ向けて爆風に乗せて放った。大量の砂利なら刀をすり抜けられると思った緑祁だったが、何と迷霊は見事な剣さばきを見せて、一個一個の砂利を弾き飛ばしたのだ。
しかし予想外の行動に出たのは、迷霊だけではなかった。
「ぬおおおおお!」
緑祁がしゃがんだ状態で迷霊の足元に動くと、立ち上がると同時に、
「火災旋風、だああ!」
赤い渦で迷霊を飲み込み、大きなダメージを与えることに成功した。
無言で倒れる迷霊。
「やったか?」
だが、何と迷霊は起き上がる。まだ除霊できていない。
「まだ駄目なのか…!」
すかさず構える緑祁だったが、迷霊は自身が持つ日本刀を緑祁に差し出した。
「えっ! どういう……」
そしてもう片方の手で、自分の首を指し示す。
「……そういうことかい。わかったよ」
負けた自分の首を切れ、と言われているのだ。介錯を頼まれた緑祁は素直にその刀を受け取る。すると迷霊の方もボロボロの体を動かして正座した。
「黄泉の国へ……!」
剣道など歩いたこともない緑祁の剣筋は、誰がどう見ても素人のそれだ。それでも迷霊の首を見事に切り落とせた。切り落とされた首も、残った胴体も握っていた日本刀もすぐに空気に溶けていく。
戦いが終わった緑祁を待っていたのは、それを観戦していた一般人からの拍手だった。
「………」
恥ずかしくなった緑祁は人混みを避けてその場から逃げてしまった。
「緑祁、ここにいたのね」
十数分後に香恵が、迷霊と戦った場所とは反対側にいた緑祁を発見。
「みんな、ショーか何かかと思っているみたいだ。それはそれでいいんだけど、僕だけジロジロ見られるのはかなり恥ずかしい……」
「気持ちはわからなくはないわ。霊能力者の説明をする必要はないし理解もしてもらえないだろうけど、目立つやり方は好ましくはないわよね」
香恵は何かを手に持っている。
「それは?」
「見つけたわ。この提灯、霊力が込められている。誰かがこの城内で壊して、幽霊を解き放ったのね。その動かぬ証拠よ」
問題は、それが誰なのか、である。
「もしかして、病射?」
「かもしれないわ。今も周囲にいるのかも」
【神代】の調査員を二条城に呼び、提灯を渡して調べてもらうことに。その後二人は病射を警戒し、二条城の周辺と内部を捜索した。