第2話 雪と鬼 その1
文字数 2,518文字
紫電は真っ直ぐ家には帰らなかった。酔っ払ってしまった友人を駅まで送るとそのまま、近くの神社に立ち寄る。
「今日の内に願掛けしておこう」
紫電は新しい気づきや発想を見つけると、決まって縁起担ぎのためにお参りに行く。財布にはちょうど五円玉があったので賽銭箱に投げ入れた。
(いつか、俺が緑祁を越える日が来ますように……!)
そう願った。神頼みにも思えるが、彼の中では願うことで目標を設定し、自分でクリアするための目安となるのだ。
それから帰ろうと振り向いた時、
「ん?」
一人の艶やかな女性が、紫電の目の前に立っていた。
時間が時間でもう暗いからなのか、でも彼女はかなり特徴的な人物だ。まず、髪が白い。肌も白く、血が通っていないようにも思える。着ている和服のようなワンピースも汚れを知らぬ雪のようだ。白く模様のないニーソックスとサンダルを履いている。
(幽霊か…?)
紫電は彼女に対し、そんな第一印象を抱いた。容姿だけを見ると、生きている雰囲気を感じられないのである。だが、その女性は息を吐いた。
「きみ、熱があるね」
言葉も喋った。
(いや、生きてるぞ! 生身の人間だ!)
驚いた紫電に対し彼女は、
「その熱量、試させてもらう」
と言い、いきなり霊障を使ったのだ。指と指の間に雪の氷柱を挟み、それを振って紫電に投げつけた。
「危ねえな、おい!」
紫電の足元に突き刺さる。もしも足を一歩後ろに動かしてなかったら、刺さっていた。そう思うと一瞬、血の気が引く。
でもそれは、本当に瞬きするぐらい短い時間だけだ。
(俺に面と向き合って挑んでくるなんて、良い度胸じゃねえか!)
闘志に火がついたためだ。カバンからダウジングロッドを取り出してそれを彼女に向け、
「くらえ!」
問答無用で電霊放を撃つ。威力は控え目にしたが、狙いは正確で首に当たるはずだ。
「なるほど…。それが君の霊障か…」
しかし、雪の結晶が電霊放を防いだ。
「……砕け散らせるほどの威力があるね」
「あんまし驚いてなさそうだな?」
「そりゃそうよ。だって電霊放の使い手は見たことがあるから」
「でもそれは、お前じゃないだろう?」
もし彼女がそうなら、もっと詳しく批判できるはずだ。できないということは、彼女は電霊放を使えないということ。
「でも私には、雪がある。これで…」
氷柱をもう一度、紫電に向けて放つのだ。だから彼女は握り直した。
「あ……」
だが、紫電の動きは速い。再度生成された氷柱だけを、電霊放で撃ち抜いたのだ。
「何者だ、お前! 俺に攻撃をしてくるとは……まさか皐の仲間か?」
「誰それ?」
(違うのか…?)
逆恨みはされていない様子だ。
(となると、本当に誰だコイツ?)
心当たりがある人物ではないことだけは確か。
「ふう……」
女性はゆっくりと紫電に歩み寄った。
「誰だ? まずは名乗れよ!」
言われて初めて、彼女は自己紹介をする。
「私は、稲屋 雪女 」
「イナヤ、ユキメ……? 知らない人だな。こっちの地域じゃないだろ?」
霊能力者ネットワークをその場で広げ、雪女と名乗った女性の情報を探る。
「無駄だと思うよ?」
しかし彼女の言う通り、ネットワークには何故か名前がない。
「野良の霊能力者? 【神代】に登録されていない、だと?」
衝撃が紫電の脳内を駆け巡る。
「詳しい話をしたいんだけど、ちょっと時間ある?」
「長くなりそうか?」
頷いたので紫電は、彼女のことを自分の家に連れて行くことに決めた。
「紫電様、この方は?」
当然執事に質問攻めをくらう。
「父さんと母さんには内緒、な?」
「ついに紫電様にも春が……! 感無量です!」
「まあ、な……」
ここはそれっぽいことを言って誤魔化した。
自室に雪女を招き入れると彼女は、
「ふう…。羨ましいね、こんな大豪邸に住んでいるだなんて」
「一族は全員医者だからな。大病院を経営している。駅から徒歩十五分だ。目にしなかったか?」
「全く」
そんな紫電の家系の話は今はどうでもいい。
「俺が聞きたいことは二つだ! 一に、お前は何者だ? それからどうして俺に攻撃してきた?」
はぐらかす気は雪女にはない。だから彼女は最初の質問に答える。
「私は、元『月見の会』よ」
「な、な、な、なんだとおおおお!」
その単語が口から出て来るのは、流石の彼でも予期できない。『月見の会』はその印として特徴的な三日月形の勾玉を持っている。それを紫電に見せれば、一発で納得させられる。
「『月見の会』の残党が、俺を殺しに来たってワケか…!」
三年前、高校生だった紫電だが、当然霊怪戦争には参加した。群馬にある狂霊寺という寺へ派遣された彼はそこの守備を任されたが、結局二度も攻められることなく終戦したのだ。だから『月見の会』の人とは戦っていない。そもそも見たこともない。
「勘違いしてるよ、それ。私は確かに『月見の会』の血を受け継ぐ人だけど、そんな惨めな復讐劇をしたいんじゃないの」
「じゃあ何が目的だ…?」
聞かれると雪女はカバンから手鏡を取り出した。
「何だそれは?」
「霊鬼という、怨霊を封じ込めてある鏡よ」
ここで紫電、
「俺に祓って壊して欲しいのか? でもお前も霊能力者だろ、できるはずだ……」
「半分は正解。でももう半分は間違ってる」
確かにこの鏡を壊して欲しい。それが雪女の望みだ。でもその方法が特殊。
「きみのように熱のある人に頼みたい」
「ごめん。そもそも霊鬼って何だ? 聞いたことがあるようでないんだが…」
詳しい事情を教えてくれ、と言われたために雪女は語り出す。
霊鬼とは、人工的に作られた怨霊である。五体の霊を混ぜる時、怨霊を素材に使う。普通は鏡に封じ込めるが、実は映すことができるのなら種類は選ばない。
封じ込められている間、霊鬼は何もしない。だが割ったら、その鏡に映り込んでいる人に憑依するのだ。
「そして憑依された人は、霊力も身体能力も向上する。言い換えるなら、両者のリミッターを外してパワーアップさせてくれるってわけ」
ただ力を与えてくれるわけではない。長時間霊鬼に憑依されていると、自分の力が使い果たされて逆にパワーダウンするという。
「今はもう廃れた、私の双子の兄が考えて作り出した人工幽霊……それが霊鬼」
「今日の内に願掛けしておこう」
紫電は新しい気づきや発想を見つけると、決まって縁起担ぎのためにお参りに行く。財布にはちょうど五円玉があったので賽銭箱に投げ入れた。
(いつか、俺が緑祁を越える日が来ますように……!)
そう願った。神頼みにも思えるが、彼の中では願うことで目標を設定し、自分でクリアするための目安となるのだ。
それから帰ろうと振り向いた時、
「ん?」
一人の艶やかな女性が、紫電の目の前に立っていた。
時間が時間でもう暗いからなのか、でも彼女はかなり特徴的な人物だ。まず、髪が白い。肌も白く、血が通っていないようにも思える。着ている和服のようなワンピースも汚れを知らぬ雪のようだ。白く模様のないニーソックスとサンダルを履いている。
(幽霊か…?)
紫電は彼女に対し、そんな第一印象を抱いた。容姿だけを見ると、生きている雰囲気を感じられないのである。だが、その女性は息を吐いた。
「きみ、熱があるね」
言葉も喋った。
(いや、生きてるぞ! 生身の人間だ!)
驚いた紫電に対し彼女は、
「その熱量、試させてもらう」
と言い、いきなり霊障を使ったのだ。指と指の間に雪の氷柱を挟み、それを振って紫電に投げつけた。
「危ねえな、おい!」
紫電の足元に突き刺さる。もしも足を一歩後ろに動かしてなかったら、刺さっていた。そう思うと一瞬、血の気が引く。
でもそれは、本当に瞬きするぐらい短い時間だけだ。
(俺に面と向き合って挑んでくるなんて、良い度胸じゃねえか!)
闘志に火がついたためだ。カバンからダウジングロッドを取り出してそれを彼女に向け、
「くらえ!」
問答無用で電霊放を撃つ。威力は控え目にしたが、狙いは正確で首に当たるはずだ。
「なるほど…。それが君の霊障か…」
しかし、雪の結晶が電霊放を防いだ。
「……砕け散らせるほどの威力があるね」
「あんまし驚いてなさそうだな?」
「そりゃそうよ。だって電霊放の使い手は見たことがあるから」
「でもそれは、お前じゃないだろう?」
もし彼女がそうなら、もっと詳しく批判できるはずだ。できないということは、彼女は電霊放を使えないということ。
「でも私には、雪がある。これで…」
氷柱をもう一度、紫電に向けて放つのだ。だから彼女は握り直した。
「あ……」
だが、紫電の動きは速い。再度生成された氷柱だけを、電霊放で撃ち抜いたのだ。
「何者だ、お前! 俺に攻撃をしてくるとは……まさか皐の仲間か?」
「誰それ?」
(違うのか…?)
逆恨みはされていない様子だ。
(となると、本当に誰だコイツ?)
心当たりがある人物ではないことだけは確か。
「ふう……」
女性はゆっくりと紫電に歩み寄った。
「誰だ? まずは名乗れよ!」
言われて初めて、彼女は自己紹介をする。
「私は、
「イナヤ、ユキメ……? 知らない人だな。こっちの地域じゃないだろ?」
霊能力者ネットワークをその場で広げ、雪女と名乗った女性の情報を探る。
「無駄だと思うよ?」
しかし彼女の言う通り、ネットワークには何故か名前がない。
「野良の霊能力者? 【神代】に登録されていない、だと?」
衝撃が紫電の脳内を駆け巡る。
「詳しい話をしたいんだけど、ちょっと時間ある?」
「長くなりそうか?」
頷いたので紫電は、彼女のことを自分の家に連れて行くことに決めた。
「紫電様、この方は?」
当然執事に質問攻めをくらう。
「父さんと母さんには内緒、な?」
「ついに紫電様にも春が……! 感無量です!」
「まあ、な……」
ここはそれっぽいことを言って誤魔化した。
自室に雪女を招き入れると彼女は、
「ふう…。羨ましいね、こんな大豪邸に住んでいるだなんて」
「一族は全員医者だからな。大病院を経営している。駅から徒歩十五分だ。目にしなかったか?」
「全く」
そんな紫電の家系の話は今はどうでもいい。
「俺が聞きたいことは二つだ! 一に、お前は何者だ? それからどうして俺に攻撃してきた?」
はぐらかす気は雪女にはない。だから彼女は最初の質問に答える。
「私は、元『月見の会』よ」
「な、な、な、なんだとおおおお!」
その単語が口から出て来るのは、流石の彼でも予期できない。『月見の会』はその印として特徴的な三日月形の勾玉を持っている。それを紫電に見せれば、一発で納得させられる。
「『月見の会』の残党が、俺を殺しに来たってワケか…!」
三年前、高校生だった紫電だが、当然霊怪戦争には参加した。群馬にある狂霊寺という寺へ派遣された彼はそこの守備を任されたが、結局二度も攻められることなく終戦したのだ。だから『月見の会』の人とは戦っていない。そもそも見たこともない。
「勘違いしてるよ、それ。私は確かに『月見の会』の血を受け継ぐ人だけど、そんな惨めな復讐劇をしたいんじゃないの」
「じゃあ何が目的だ…?」
聞かれると雪女はカバンから手鏡を取り出した。
「何だそれは?」
「霊鬼という、怨霊を封じ込めてある鏡よ」
ここで紫電、
「俺に祓って壊して欲しいのか? でもお前も霊能力者だろ、できるはずだ……」
「半分は正解。でももう半分は間違ってる」
確かにこの鏡を壊して欲しい。それが雪女の望みだ。でもその方法が特殊。
「きみのように熱のある人に頼みたい」
「ごめん。そもそも霊鬼って何だ? 聞いたことがあるようでないんだが…」
詳しい事情を教えてくれ、と言われたために雪女は語り出す。
霊鬼とは、人工的に作られた怨霊である。五体の霊を混ぜる時、怨霊を素材に使う。普通は鏡に封じ込めるが、実は映すことができるのなら種類は選ばない。
封じ込められている間、霊鬼は何もしない。だが割ったら、その鏡に映り込んでいる人に憑依するのだ。
「そして憑依された人は、霊力も身体能力も向上する。言い換えるなら、両者のリミッターを外してパワーアップさせてくれるってわけ」
ただ力を与えてくれるわけではない。長時間霊鬼に憑依されていると、自分の力が使い果たされて逆にパワーダウンするという。
「今はもう廃れた、私の双子の兄が考えて作り出した人工幽霊……それが霊鬼」