第5話 勝負への想い その4

文字数 2,347文字

 二人とも向き合って、お辞儀をしてから勝負が始まる。
 落ち着いて相手の出方を伺う紫電。空蝉の時とは異なり、いきなり駆け出したりはしない。まだ向日葵の霊障がわからないからだ。でも先制攻撃に備えてダウジングロッドは構えておく。

「電霊放の名手って噂に間違いはないみたいだね、空蝉が負けるんだもの。でもね、私も自分の霊障には自信あるよ?」

 彼女の霊障とは何だろうか? それをまず見てみたいために紫電は動くのを待った。だが、一向に彼女は動き出さない。

(……何だ? 受け身の霊障か? そんなの聞いたことないぞ?)

 ただ突っ立ているだけなのに、謎の恐怖心を抱いてしまい汗が流れる。

「ブッ!」

 突然、背中に痛みが走った。

「な、殴られた……?」

 後ろから襲われたのだ。すぐに振り向いてロッドを向けるが、そこには何もいない。

「どういうことだ? 何もない空間から、いきなり攻撃を仕掛けることができるのか、お前の霊障は?」

 視線を向日葵に戻す。もちろん彼女はその場から一歩も動いてない。

「まあいい! くらえ、電霊放!」

 容赦なく紫電はそれを撃った。ただし威力は軽めだ。最初から全力で行くと、空蝉の時みたいに電池切れが起こりかねない。今日は予備の電池を持ってはいるのだが、昨日の反省を活かしてそういう行動を選ぶ。

 向日葵はその稲妻を避けなかった。当たったのだ。
 悲鳴こそ上げないが、かなり痛がっている模様。直撃したから無理はないのだが…。
 この時、紫電は違和を抱く。

(今の……そんなに高威力じゃなかったはずだぜ。なのに何であんなに痛がるんだ? それに、当たったっていうのに手応えをまるで感じないのは何故だ?)

 追撃を仕掛ける気になれない。何かが不自然なのだ。

「…む?」

 自分の背後の空間が、不自然に動いた。空気の流れが変わったのを肌で感じた紫電は振り向いて腕を交差した。

「……っ!」

 その腕に、蹴られたかのような衝撃が走った。

「そうか、わかったぜお前の霊障! これは……蜃気楼(しんきろう)だ!」

 言葉の意味そのままの、幻覚に関する霊障だ。

(俺が見ている向日葵は、幻覚が作り出した偽物だ! 勝負開始の時、既に幻と入れ替わってたんだ! それを蜃気楼で誤魔化した! 一歩も動いていないビジョンを作り出していたんだ! 今、電霊放が当たったのは幻覚の方だ、だからワザとらしく痛がってるんだ! そして本物は周囲の風景を体に投影しながら、俺の背後に回り込む!)

 カラクリはわかった。だから紫電、前にジャンプした。

「ネタは見切ったぜ!」

 まず、自分の周りに電磁波のバリアを張る。これを突き破ってくるのが本物だ。

「流石だね、紫電。もう私の霊障を見破るなんて! でも、遅いよ?」

 蜃気楼は本物の音まで消すことはできないので、今の声がした方向に本物の向日葵はいる。

「そっちか!」

 ロッドを向けた方には、何もない。

(黙り込んだな……! これじゃあどこにいるかわからん!)

 すると、茂みから向日葵が現れる。その辺に転がっていたのだろうか、木製バットを片手に。

(いや! アレは偽物! 幻覚だ。本物は違う行動を狙っているはずだ!)

 もしも自分が向日葵の立場なら、あんなわざとらしい幻覚は見せない。

「行くよ、紫電!」

 恐ろしいことに蜃気楼は、単純な音なら作れる。

(違う! 気を取られるな! 空気の流れに集中しろ! どこかで風が変わった場所はないか? 感覚を研ぎ澄ませ!)

 迫りくる向日葵から目を逸らし、キョロキョロと周囲を見る。

「いや、違ったのは俺の方だ!」

 閃いた。だから紫電はバットを振り下ろそうとする向日葵の方に向き直って電霊放を撃ちこんだ。

「あぎゃああ……!」

 それは木製バットを砕き、さらに向日葵の体にも電流を流した。

「固定概念にこだわり過ぎていたぜ。同じ手を連続で使うとは思わねえ方がいいな」

 この、彼女は本物である。偽物と錯覚した紫電のことを殴り飛ばす戦法だったのだが、見破られた。

「な、何でバレたの? 私の完璧な戦術が! おかしいじゃん、あり得ないじゃん!」

 いきなり泣きじゃくる向日葵。悔しいのか、何度も拳を地面に叩く。

「おい、まだ勝負は途中…」
「うるさい待って! 今現実逃避してるの!」

 その発言にやや引き気味の紫電。

(でも、これでもう勝負あったようなもんだな。蜃気楼だけしか操れねえんなら、近づいて俺を叩かなくちゃならねえ。それはもうできないんだ、向日葵には打つ手がねえはず…)

 もう降参するしかないだろう、そう彼は言いたかった。
 なんと向日葵は札を三枚取り出していたのだ。

「な、何をする気だ?」
「蜃気楼の欠点なんて私が一番把握してるよ? だったら一つしかないでしょうが!」

 その札は、見ればわかる。霊を封じ込めているタイプの札だ。それを彼女は破ろうとしている。

「幽霊に、代わりに戦わせる気か!」

 三枚とも破いた。

「さあ、迷霊! 紫電を打ち負かして!」

 向日葵のその叫びとは裏腹に、何も出現しない。

「不発? そうじゃない、これも蜃気楼か!」

 何も出てこないというのは幻覚で、実際には既に迷霊は現れ、周囲の風景に溶け込んでいるのだ。

「幽霊なら空気を揺らすこともない! どうだ紫電! これこそ完璧な作戦!」
「お前を倒せばそれで終いだぜ!」

 電霊放を撃ったのだが、既に目の前で這いつくばっている向日葵も幻覚と入れ替わっている。

「ぐはああう!」

 突如、左から何かがぶつかった。間違いなく迷霊だ。その方向にロッドを向けたが、今度は背後から衝突してくる。

「ええい、こっちか!」

 向き直ろうとしても、すぐに反対側から攻撃を入れられるのだ。おかげで構える隙もない。
 そして恐ろしいことに蜃気楼は、霊の気配を消してくれる。だから紫電は霊感に頼ることもできない。
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