第7話 稲妻高く その2

文字数 2,688文字

 近くの木にとまっているフクロウが鳴いた。その声が、戦いの火蓋を切った。その時緑がとった行動は単純だ。水晶玉を取り出して前に突き出したのだ。

「な、何をするかと思ったら……?」

 もしここにいるのが紫電ではなく緑祁だったら、この行為の真意に気づけただろう。だが紫電は違う。わからないからこそ、電霊放をそれに撃ち込んだ。多大な電気に耐え切れず、水晶玉は弾け壊れた。

「やっぱり、やったね……! すると思ったから出したんだよ。これが無意味だと本気で思ってる?」

 すると、地面に転がる水晶玉の残骸から、この世ならざるもの……屍亡者が出現した。

「これは……! 噂に聞いていた、屍亡者か! チッ、あの水晶玉は封じ込めているアイテムで、壊すことがあれを解き放つスイッチだったのか!」

 そして、次の行動も遅れた。何故なら紫電には、屍亡者は死体か幼子しか襲わないという知識があり、それ故に自分は安全という先入観に支配されていたから。
 突如屍亡者が尻尾を大きく振った。それに紫電は当たり、吹っ飛ばされた。

「ぐわわぁぁ?」

 ブロック塀に叩きつけられ、地面に落ちる。

「な、何で、だ?」

 抱いたのは、疑問。それはどうして二十歳の自分が襲われるのか、である。しかも屍亡者の目は、起き上がろうとする紫電のことを睨んでいる。完全に敵意を向けられているのだ。

「それを操るのが、修練の一派ってことか。そうじゃないと歯車が回らねえぜ! その秘術を編み出したからこそ、【神代】を裏切ったんだな?」
「正解だよ。でもね、ちょっと違うんだ」

 緑は語り出した。

「修練様は、【神代】にとって代わろうとしているんだよ。全国、いや全世界の霊能力者を配下に置く。それが修練様、私の主の野望! 素敵だと思わない?」
「ああ。くだらな過ぎて吐き気すら感じないぜ」

 短いが熱のこもった言葉を、紫電は切り捨てる。

「そんなことよりもだ、紅の話を俺は聞いている。修練は大規模な霊界重合(れいかいじゅうごう)を起こすつもり……。それが目的じゃないのか?」

 これを聞いた緑の表情に紫電は驚きを隠せない。彼女は、そんなことは知らない、と言わんばかりの顔だ。

(計画の全工程を教えてないわけか……。全てを知っているのは、修練だけ! 配下の霊能力者が捕まった時のことを考えていやがるな。しかもソイツらが捕まったとしても、知らなかったで通せちまう)

 決して部下を信頼していないのではない。【神代】の恐ろしさを熟知しているからこそ、漏らせないのだ。

「で、それがどうかした? 目的のための手段なんて、どうでもいいじゃん」
「いいや、見過ごせねえ。霊界重合は危険だ! 俺が止めてみせるぜ!」

 まずは屍亡者をどうにか対処する。前腕だけがあるヘビのような体は、普通の屍亡者よりも素早い動きを可能にしている。

「だが、俺は……! 狙った的は必ず射抜く!」

 ダウジングロッドを構えた。そしてその二本の金属棒の間に電流が走る。

「シ…ヌ…ガ…イ…イ…」

 屍亡者はまた、尻尾を振った。

「二度目はないぜ?」

 その尻尾が振り下ろされるよりも速く、電霊放が閃いた。放たれた電撃は、屍亡者の尻尾の付け根を的確に撃ち抜いたのだ。

「グ…ワ…ア…ア…」

 バランスを崩し、今度は屍亡者の方が倒れる番だ。

「上手だね」
「あたぼうよ!」

 紫電は他の霊障を、全く扱うことができない。唯一できることが、電霊放を撃つことなのだ。

「人は言うぜ、様々な事象を扱える方が魅力的だ、ってな。でも俺はそうは思わねえ! 俺にはこれしかないからだ!」

 電霊放の鍛錬は誰にも迷惑をかけない。だから彼は徹底的に行った。その結果、【神代】でも有名になったのだ。だがそんなことはどうでもよく、更なるランクアップを目指すだけ。

「ゼネラリストよりも、スペシャリスト! それが俺の信条だ!」

 屍亡者が起き上がる前に、追撃を撃ち込んだ。これには耐え切れず、屍亡者の奪ってきた体のパーツが飛び散り、そして存在自体がこの世から消える。

「さあ、今度はお前を狙うぜ? 降参するなら今の内だな」
「降参? バカ言わないでよ。これからヒーヒー嘆くのはあんたの方!」

 戦闘に引きずり出された緑。だが彼女にも何か策がある様子。札を取り出すと、

「これでもくらえば?」

 投げつけた。

「何だ?」

 反応した紫電はその札を電霊放で撃ち落としたのだが、直後に札が爆発した。

「うお? これは…!」

 電霊放の電力が過剰だったためではない。札の方に爆発する性質があったのだ。

「ただの紙じゃねえ! あれはお前の武器か」
「今更それ言う?」

 さらにもう一枚、札を取り出す。

「さ~て」

 同時に筆ペンも手に握る。そして緑は札に文字を書いた。

「これでどう?」

 投げ飛ばされた札。紫電の放つ電霊放が直撃したが、何ともない。

「な…?」

 驚いてしまったが故に避けるのが遅れ、札が肩に突き刺さった。慌ててそれを引っこ抜き、書かれている文字列を確認する。絶縁体、の三文字だ。

(そうかアイツは、言霊信仰のようなことを行える! 札に文字を書きこめば、その通りの性質を与えることができるんだ! さっきの爆発も、爆発物とか書いていたんだろう…。絶縁体では電霊放は通じないわけだ)

 カラクリがわかれば攻略は簡単に見えるが、そうではない。緑の記入スピードは速い。もう新しい札に何かを書いている。そしてそのひらひらの札を紫電に向けると、何と札が火を噴いた。

「焼け焦げろ!」

 火炎放射が紫電に迫るが、彼は逃げようとしない。

「それで勝ったつもりなら、後悔するがいいぜ!」

 ただ、ダウジングロッドを広げて電霊放を放つ。電気のバリアが展開された。そしてそのバリアは、火炎を熱ごと遮断した。

「火力が足りてない? なら…!」

 文字を追加する。多分、燃料倍増か温度上昇と書いているのだろう。相手のバリアが耐え切れなくなればそれでいいという当たり前の発想だ。
 しかしながら、いくら手を加えても紫電を覆う網目のような電霊放を炎が越えることはなかった。

「どうして? もう、太陽よりも熱いはずなのに! 今頃あんたは溶けてなきゃおかしい!」
「炎は、電気的な現象と言われてるぜ?」

 この時、ダウジングロッドから放たれ続けているのはただの電霊放ではない。電磁波レベルの電気だ。それが炎を中和し無効化しているのだ。だから待てど暮らせど、紫電には届かない。
 原理がわからなくても緑は、これ以上炎や火炎による攻撃は無意味であることを悟り、その札を破いた。

「でも、勝った気になるのはまだ早いよ? 私はこれから何でもするからね」
「そうかよ?」

 戦いはまだ、始まったばかりである。
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