第10話 表彰台の裏側 その2

文字数 5,087文字

「みんな、こっちにいるよ」

 不思議なことに式神は雪女の言うことを聞き入れてくれて、一緒に行動できた。

(紫電によれば、人間ではない霊魂から式神を作れるって話だけど……)

 今までにそういう話を聞いたことがないため、どういう原理なのかがわからない。でも今はそういうことはどうでもいい。

「ギギイ!」

 カブトガニ型の式神、[ゲッコウ]が叫んだ。同時にチカラを使って放水をした。

「くうおおおおお!」

 雪女たちの相手は、故神だ。一軒家のように大きな頭部に数本の腕が生えているという、形容しがたい外見。その故神が水を見て、雪女たちに注目した。

「はっ」

 目がこちらを捉えた瞬間、雪女は雪の氷柱をその目に向けて投げる。

「がっぎゃああああああ!」

 突き刺さり、大きな悲鳴を上げた。

「このまま押し切れれば……」

 しかしそう上手くいかない。故神の腕が伸び、雪女の首を掴もうと迫る。

「意外と自由自在だね……」

 すぐさま雪の結晶で防御。大丈夫、十分防げる攻撃力だ。だが腕は十数本あって、それがいちいち伸びてくるので油断がならない。

(面倒な……)

 近づいた場合、きっと防ぎ切れずに捕まるだろう。そうなったらお終いだ。だがこのまま防戦一方では勝ちが見えない。

(また、負けるなんて……)

 ここで雪女の中に、とある感情が渦巻いた。それは、悔しさである。岬に対し、手も足も出ずに負けた。そんな惨めな経験を繰り返したくない。その心を感じ取ってくれたのかイノシシ型の式神[ライデン]は、

「ウギ!」

 励まし、小さな炎を吐き出した。

「[ヒエン]はどう?」

 ツバメ型の式神である[ヒエン]のチカラは、風を操ること。雪女の問いかけに頷いて返す。

「じゃ、行くよ……」

 覚悟を決め、雪女と式神たちは前に進む。片目はもう潰してあるので、もう一方を攻撃してしまえば完全に視野を無くせる。

「援護して」

 攻撃はもちろん雪女の氷柱だ。それを通すために式神の水、炎、風がある。まず先に式神たちに攻撃させる。すると故神は、そっちに注意を向けるのだ。

「おあうう!」

 伸びる腕が迫るが、[ヒエン]は器用に飛んで避け、[ライデン]と[ゲッコウ]は直撃しても丈夫なおかげでそこまでダメージになっていない。

「あんな思いは、もうしない。私にだって熱はある……」

 氷柱をもう片方の目に撃ち込んだ。

「ぎょぎょらええええええっ!」

 両目を潰された故神は、もうめちゃくちゃな攻撃をする。とにかく自分の近くを腕で殴りつけるのだ。でもそれは完全にターゲットを見失った行動で、雪女どころか式神にも届かない。

「これで終わりだよ」

 大きめな氷柱を作ると雪女はそれを故神に放った。大きな顔面に深々と突き刺さり、

「うるじゃあああああああああっ!」

 断末魔を上げ、故神の体は空気に溶けて消えた。


「まったく、気持ち悪い見た目の幽霊だぜ……」

 紫電は害神と対峙していた。この幽霊の胴体は交通バスのように大きなカメのようである。そこから長い首が伸びており、頭は故神と同じく人間のそれである。口からは黄色い炎を吐き出すのだ。

「チッ! 厄介だぜ……」

 火炎による攻撃は、ダウジングロッドから出せる電霊放のバリアで防げる。だが火力が霊障よりも段違いに高く、防御していると前に進めない。

「早めに倒さねえと、霊界重合が広がっちまう…! だがコイツ、耐久力が高そうだ」

 胴体がリクガメみたいでその見た目に違わず、移動速度は遅い。しかし紫電はこの害神、それを補えるレベルにかなり丈夫な幽霊とみた。そうなると攻めるべき場所はあの頭部か。
 電磁波のバリアの内側から、紫電は電霊放を撃ってみた。

「どうだ? 通じるか?」

 上手く頭に命中したらしく、一瞬だが火炎放射が止んだ。

「効果あったか?」

 でも本当に一秒くらいの時間だ。またすぐに火を吐き出す。

「駄目なのか? コイツは厄魔よりも強い?」

 電池のストックは昨日の内に補充しておいたので、電力不足に困ることはない。だが紫電には相手が攻撃の手を止めたら攻めるという発想がない。

(逆だ! 俺の方から攻めて、手を止める!)

 バリアを片手に集中させる。ダウジングロッドの取っ手の部分だけを軽く握って回し、右手で電霊放を構えてチャージ。

(この火炎が吐き出されている場所が、アイツの口の中だ!)

 十分貯まったので、撃ち込む。

「くらええ!」

 青白い稲妻が、炎を貫きながら害神の頭部に着弾。その顔の半分を崩壊させた。

「ぎぎゃあああああああずううう!」

 今のはかなりの威力だったはずだ。しかし、

「ピンピンしてやがるじゃねえか……。どういうこった?」

 損傷した部分がすぐに再生し、今度は顔で体当たりをしてくる。単調な動きだったので横に飛べば避けれたが、コンクリート舗装を砕くほどの一撃。

「痛くはねえのか?」

 また顔が迫ってくる。どうやら火炎放射は通じないと理解し、物理的な攻撃に移行したらしい。首は結構伸びるために、何度も何度も顔で攻撃してくる。

「そらよっ!」

 彼はその体当たりを避け、顔に向けて電霊放を撃った。まともに当たれば幽霊なら、一発で消滅させられるが、

「そこまで痛くはなさそうだな……」

 地面にぶつかった衝撃に加え、紫電の電霊放が当たったのだ。にもかかわらず、この害神は平然とした表情。

(顔にダメージが入らない? いいや、そうじゃない。火炎放射や頭突きをしてるんだ、あの頭は重要なはず……じゃない!)

 ここで閃いた。害神の弱点はあの頭部ではない。紫電はダウジングロッドを、害神の本体に向ける。

「顔は! 攻撃するためだけにあるんだな、コイツ。痛くないとか我慢しているとかじゃなくて、そもそも顔にはダメージが入らねんだ」

 あり得ない話ではない。彼が以前戦った厄魔も、角以外の場所に攻撃しても意味がなかった。この害神はそれとは逆で、顔面への攻撃が意味がないのだ。

「ていっ!」

 たった一撃。その一発の電霊放にすら害神の胴体は耐えられず、塵と化した。


 緑祁と香恵は、コウモリのような翼を四枚巧みに羽ばたかせて飛んでいる救神を見ている。

「飛行能力が高い! 動きも素早いみたいだ! [メガロペント]みたいに!」

 試しに鬼火を撃ち込んでみたが、余裕で避けられる。

「しかしアレ、気持ち悪いわね……。見ているだけで不快になるわ」

 香恵がそう言うのも無理はない。救神は大きなスズメバチのような見た目だが、頭と足は人間のものである。これが不気味じゃないわけがない。

「こっちからの攻撃は届きそうにな……」

 言いかけたところで緑祁は飛び、香恵のことを抱えて地面に伏せた。

「み、見えたわ! 私にも……! アイツ、ハチの毒針みたいなのを飛ばした!」

 しかも一本だけではない。マシンガンのように連射してくるのだ。慌てた緑祁は香恵の腕を掴んで、塀の陰に隠れた。

「どうしよう? 厄介だよあの幽霊……。僕の霊障が通じにくいんじゃ……」
「いいえ、手はあるわ!」

 その作戦とは、

「緑祁、式神の札は持って来てる?」

 式神を召喚して戦ってもらうというものだ。ただこの大会では式神の使用は禁止だったために、持っていなければ成立しない。

「もちろんあるよ! 肌身離さずいつも持ち歩いてる。もう僕の体の一部みたいなものさ」

 懐から取り出した。[ライトニング]と[ダークネス]の札。

「でも……」

 だが召喚を渋る緑祁。相手を倒すには力を借りないという選択肢はないのだが、

「僕が勝ちたい……」

 岬に負けたことを引きずっている。幼い発想だが香恵は、

「なら、[ライトニング]たちと一緒に戦えばいいわ。緑祁にはそれができるはずよ。それに式神たちだけでは勝てないかもしれないわ…」
「わかった! 香恵はここで待ってて!」

 頷いたのを見たので、緑祁は陰から飛び出し、

「やい幽霊! お前なんて怖くはないぞ! 行け、[ライトニング]! 頼んだよ、[ダークネス]!」

 二体の式神が、翼を伸ばした。それぞれペガサスとグリフォンの姿をしている。

(彼女たちなら、勝てるはずだわ!)

 戦いを塀の裏から見守る香恵。
 まず、[ライトニング]が精霊光で攻めた。だがその眩くてわかりやすい攻撃は、やはりかわされる。

「[ダークネス]! 近づきながら堕天闇を!」

 肉弾戦なら[ダークネス]の方が得意なので彼女に指示を出した。鋭い爪で相手の脚を一本切り裂くと、

「にゅああああああああおおおおおっ!」

 金切り声のような叫びが。しかも表情も苦しんでいるようで、人間の顔だからそれが痛いほど伝わってくる。

(ううっ! でも霊界重合を止めるには、アイツを倒すしかないんだ!)

[ダークネス]が堕天闇をゼロ距離で使ったので、救神は頭上から地面に弾き飛ばされた。

「今だ、[ライトニング」! 精霊光を浴びせるんだ!]

 返事の代わりに撃ち出す[ライトニング」。救神はすぐに立ち上がって逃げようとしたが、[ライトニング]の狙いは胴体ではなく羽。相手の動きの読みを間違えた救神の羽は根元から破壊された。

「逃げ場が消えた! もうトドメだ! くらえ!」

 緑祁は火災旋風を繰り出した。残った脚で地面を蹴って逃げようとする救神だったが、[ダークネス]が放った堕天闇に弾かれそれも叶わない。

「おおおおおおおおおりいいいいいいいっ!」

 完全に灰になり、風に流され消失。

「やった!」


 故神、害神、救神の三体が負けたのはほぼ同じタイミング。だから消滅と同時に霊界重合も止まる。

「早めに止めれて良かったぜ。被害はそんなに出てなさそうだな……」
「…単語の意味はよくわからないけど、本当にマズい状態だったってことは理解できた。死人が歩いてたみたいだし……」

 紫電はまず雪女と合流し、その後に緑祁と香恵を探す。

「あ、こっちにいるぜ!」
「紫電、雪女! 大丈夫だった?」

 見た感じ怪我はなさそうだ。念のために香恵が二人に、慰療と薬束を使っておく。

「ありがとうね。気持ちだけでも十分」
「無事で何よりだわ」

 だがこれで事件は終わらない。

「紫電、さっきの男の人を探そう。あの人が放った霊のせいで、霊界重合が起きた……。ってことは、何かしらの目的があっての行動だったんだ」
「そうなるな。よし、捕まえて尋問だ。ついでに【神代】にも通報して……」

 ここで彼らはとある音が近くで鳴っていることに、今気づいた。

「サイレン? 警察? 霊界重合は一般人から見たら、そりゃあ大事だけど…」
「違う、これは救急車だな。よく聞くからわかるぜ」
「何で救急車を?」
「死人を見て勘違いした人がいたんじゃねえのか? いや、待てよ……」

 しかしそれはおかしい。緑祁が言ったように、大変な事態が起きたら警察を頼るべきだ。なのにここに駆け付けているのは救急車。

「もしかして、怪我人か!」

 すぐに車の方に走る。そこでは倒れている男性……豊次郎のところに救急隊員が駆け寄っており、脈や呼吸を確認していた。

「…ダメです。死亡してます」

 遺体は救急車が回収して行った。

「死んでた、だって……?」

 これに一番驚いたのは、緑祁だ。前に修練も同じようなことをしていたが、彼は死んだふりであって生きていた。だが今回の豊次郎は違う。本当に死亡したのだ。緑祁たちは一時間ほど付近を探し回ったが結局何も見つからず、ホテルに戻るとニュースでその死亡報告が流れていた。

「あの男の顔だよ、これ。名前は吉備豊次郎……。霊能力者ネットワークで検索したけど、どうやら霊能力者だったみたい」
「じゃあ、霊界重合で死んだ……と言うより、幽霊を解き放つために、自分を犠牲にした?」

 これでは目的がわからない。ただ、故神と害神と救神の封印を解くためには、人間一人分の命が必要だったのである。しかし豊次郎の命程度では、本来の力を発揮できずに終わってしまった。

「何か、覚えてることはないか?」
「う~ん……」

 全く印象に残ってない。何せ、出会った途端に霊界重合を起こすための行動に出たのだから。まともな会話ができたかどうかも怪しいぐらいだ。

「でも……」

 一つ、香恵には気になる点があった。

「あの男は、緑祁の名前を口にしてたわ」
「僕の、こと?」

 そうだ。緑祁も思い出す。あの時豊次郎は確かに、他の三人ではなく緑祁のことを見ていた。そして自分に向けて、

「他人を思いやることだけが優しさとは限らない。厳しさのない思いやりは他人の心を傷つけ台無しにするだけだ」

 とも言った。

(どういう意味なんだろう……?)

 今の緑祁には、その発言の意味がわからない。

 しかし、そう遠くない未来で彼はその言葉の意味を理解させられるのだった。
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