第6話 反撃の電閃 その2

文字数 3,115文字

「勘がいいじゃないのぉ、ジャップのくせに」
「あのさあ馬鹿にしてるの?」

 この発言、別に差別されたと思ったから言ったわけではない。

「ああぁ?」
「雨降らせて相手の居場所を把握するってのはいいよ。でも、地面を濡らせたら不利じゃない?」
「どういうことだい? 一向に話が見えてこないんだがぁ?」

 雪女は地面に手を突いた。するとそこから雪の氷柱が生じ、ゼブ目掛けて地面を走る。

「こういうことが私にできるようになるって、こと」
「ほほう! ギルからの情報にはなかったファントムフェノメノンだ。アンタはアイスニードルを使えるのかぁ! ということはアンタはシデンじゃなくてユキメか!」
「何カタカナ並べてるの?」

 もうあと少し雪女が氷柱の成長を促せば、もう届くという距離。にもかかわらずゼブは少しも焦っていない。

(ここから防ぐ手がある? 私と同じく雪の霊障を使えるみたいだけど……)

 そんな疑念が湧く中、彼女の氷柱がゼブを捉えたと思った瞬間、その姿が消えたのだ。

「……いない…?」

 この時雪女は瞬きすらしていない。なのに逃げる動きが見えなかった。

「こっちだよぉ? もっとよく狙わないと当たらないねぇ」

 既に後ろに回り込まれている。

「どうやったの? 地面は濡れて水溜りもあるのに、足音一つしなかったんだけど?」
「それはぁ、秘密!」

 どうやらまだ何か、ゼブは霊障を隠し持っているらしい。

(順当に考えれば当たり前か。最初の鉄砲玉のギルだって確か、鬼火に乱舞に礫岩を使えた。この女も何かあっても不思議じゃないよね。問題はそれが何なのか、だけど……)

 雨を降らせている点から、鉄砲水は確実。それとさっき攻撃を防がれたので、雪の結晶も決まった。もしもゼブの有する霊障の数がギルと同じなら、あと一つ何かしら持っていることに。それを見極めるのも雪女の仕事である。だから、

「わかるまで攻めるだけ、だけどね……」

 傘の柄から手を離し方で支え、両手の指と指の間に氷柱を挟んで腕を前で交差させ、構えた。そして腕を開いてこれらを一気にゼブ目掛けて撃ち込む。

「単純だぁ。そんなの当たらないよ?」

 しかしゼブ、雪の結晶で大きな盾を作って守った。雪女の氷柱が盾に負けて折れる。

(硬い……。私の氷柱では貫けない。でも勝負はそこで終わらない)

 折れた氷柱は足元に落ちる。そこで地面の湿気を吸って成長し、一気に地面から上に鋭く伸びた。

「はぁ!」

 それは盾を下にくぐってゼブに迫ったのだ。

(もらった……)

 確実に当たる間合いだ。

「……?」

 でも、当たった感触を掴めなかった。

「ど、どういう……?」

 よく見ると雪の結晶の向こう側に、ゼブの姿がない。反射的に後ろを向くと、

「危ないところだったぁ。でも当たらないねぇ」

 いた。

(今、風は吹いてなかった。私自身肌で感じなかったし、雨も下に向かって真っ直ぐ降ってる。旋風に乗って移動したわけではない……)

 次に雪女は移動した。さっきまでゼブがいた場所にだ。

(乱舞で強化した足で地面を蹴ったわけでもない。えぐれてないし、水溜りの音もしなかった。でもどういうわけか、この人は私の後ろを陣取っている……)

 その答えがわからないのだ。
 もう一度、雪の氷柱で攻撃してみる。

「無駄だよぉ! もうアンタの動きは見切った! ワタピには届かない!」

 だが今度の一斉攻撃は雪の結晶で防ぐことすらされない。前後左右に動いて避けられた。

「ぷっ」

 逆に鉄砲水をくらった。肌が吹くごと濡れ、一気に体が冷える。

「ジャップじゃ寒さに耐えられないだろぅ? 日露戦争だって、ロシア本土が舞台なら勝ってたんだぞ! 調子には乗らない方がいいねぇ」
「痛くないなら、意味ないよ?」

 雪女は濡れた部分を触って凍らせ、そこに生じた氷を叩いた。これで服は乾燥できる。

「う~む、面倒な女だねぇ……」
「それは、お互い様じゃない?」

 戦いの方法を考え直せないといけないのは、雪女だけではない。ゼブもである。鉄砲水が通じないとなると雪の氷柱で攻めるしかないのだが、雪女は結晶も作れるのでそれで防御されてしまう。

(だとしたら、選ぶべき手は一つ。三つ目の霊障を、見せる時……)

 雪女は期待していた。ゼブが第三の霊障を見せる瞬間を。だがその時が中々訪れない。

(慰療や薬束なのかな? 受け身な霊障なら見せることができないのも納得。でももっと、不思議なことがある)

 さっきから疑問に感じる点が一つ、あるのだ。

「さぁ! かかってきなよぉ!」

 それは、ゼブの方から全く攻めてこないこと。さきほど被弾した鉄砲水ぐらいではないだろうか? 雪の氷柱ができるはずなのに、それを撃ち込んでこない。だからこの戦いが停滞しているのだ。

(もういい。きみから来ないなら私がいく)

 しびれを切らした雪女は氷柱を握ると、それを短剣のように持ってゼブに近づいた。

「落ちれ……」

 そして彼女に対し、振り下ろしたのである。
 でもそれも空振りだ。

「………また手応えがない…」

 数メートル先にゼブがいる。また一瞬で移動したのだ。すかさず彼女は地面に手を当て、ここら一体の地面を一瞬で凍らせる。ゼブはこれすらも逃げる。瞬きするよりも速く離れた場所に移動できるのである。

(どうして? 私では見えないレベルで動ける? でもだったら、防げない速度で私に攻撃できるはずじゃん……? その身体能力を逃げることにしか使わないのは……)

 ここであることを閃いた雪女。

「身体能力じゃない、霊障だ……。この女、霊障を使っている。だから、あり得ない速度で動けるんだ。そしてその霊障の正体は………」

 結論を出した。

「蜃気楼…」

 わかったのだ。今まで戦っていたのは、全部幻覚。偽りのビジョンが相手だった。

「通りでまともに攻め込んでこないわけだね? 近距離戦を仕掛ければ、手応えがないのがバレる。遠距離戦も、多分狙いが正確じゃないんでしょう?」

 守ってばかりだったのは、一撃でもくらえば手応えのなさで、蜃気楼で見せている幻覚だと気づかれるため。最後まで騙し通すには、偽の姿であることを相手に悟られるわけにはいかないのだ。

「今きみの本物は、きっと離れた場所でここを見ている。それか雨で感じ取っている。違う?」

 するとゼブは拍手をし、

「あははぁ、正解だよぉ」

 と言った。

「ミラージュビューイングがバレるとはワタピも思ってなかったねぇ。でも別にバレても何も問題じゃないんだ。だってさ……」

 本物の居場所がわからない……つまり雪女がゼブ本体を攻撃できない状況には変わりない。

「そうかな?」

 しかし雪女も下がらない。ペットボトルくらいの大きさの氷柱を作り出すと、

「意味ないよぉ? それを撃ち込んでもこのワタピは、アンタの網膜に映し出された幻覚! ダメージは受けない」
「傷つけるためじゃないよ。きみの真似をするだけ」
「真似……?」

 雪女は、その雪の氷柱を空に向けて撃ち出した。

「ああっ! コイツ! まさか……!」

 そのまさかだ。今降っている雨を、雪で上書きしてしまうのだ。

「グウッ!」

 すぐに幻覚が上を向いて指を出し、鉄砲水で撃ち落とそうとした。でももう遅い。放水しても届かない距離だ。

「すぐには雪には変わらないとは思う。そこで私が取る行動は一つ。当ててみて?」
「……屋内に戻る! ワタピが幻覚であるとわかった以上、これ以上戦いを続ける必要がないから!」
「正解。ところできみは、自分の本物の体を安全な場所に移動させるべきじゃない?」
「………クソっ! 詰まらないことしてくれるねぇ! イライラしそうだ!」
「してるじゃん、実際に」

 雪女はすぐに海神寺の屋内に戻る。するとゼブの偽りのビジョンが消えた。
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