第14話 外来の奏鳴曲 その3

文字数 5,190文字

 修練は今、逃げ道を確保するために雷撃砲弾に対し、鬼火と電霊放の合わせ技・極光を使っている。放電する邪魔な物体を、膜状の光で破壊しているのだ。逃げる準備を整えているように見える。

(もう勝った気でいるな……?)

 まだ終わっていないと思っているのは、ハイドラとシザースだけ。それが、決定的な事態を引き起こす。

「ん?」

 突然、違和感に襲われる修練。足の裏が蠢いているような感覚だ。しかし地震ではない。

(何だ? 追っ手はあの外国人の二人以外にもいるのか? それとも最初に電霊放で吹っ飛ばした男と女が、意識を取り戻した?)

 可能性を考える。だがそんな暇を与えないと言わんばかりに、足元の地面が膨らみ出す。

「これは……?」

 横にジャンプし逃げる。その直後、地面を破って大量の虫が出現した。ケラや甲虫の幼虫など、地中を移動できる種類だ。

(そうか……。ハイドラじゃない方のヤツは、応声虫が使えた。これは、それか)

 しかもシザースは、第二、第三部隊の虫たちを既に生み出し、土の中を移動させている。いくら観察力に優れる修練であっても、目が届かないところまでは守備範囲外だ。

「ぬう?」

 着地点の地面も盛り上がり、虫が飛び出す。もちろん、蚊取閃光で生み出された帯電している虫だ。

「………」

 一瞬対処に遅れた修練は、転んだ。即座に極光を叩き込んで虫たちを破壊し、姿勢を整える。

(おや………?)

 一見すると、普通の動きだ。だがハイドラは彼の動作に不自然な点を見い出した。咄嗟に修練は手を伸ばしたのだが、それは地面ではなく自分のズボンの右ポケットに向かってだ。

(スマートフォンを守ろうとした? いいや、それはアイツがまだ右手で持っている。では、何故だ? 転んで土を被ることよりも……怪我する危険性を潰すことより、ポケットの中身が大切なのか?)

 想像もつかない何かを、彼が身につけている。
 この勝負、勝てないにしても負けることにもならないかもしれない。相打ちに持っていける可能性が、まだある。

「おおおおおおおおおおおおおおおおうううううううううう!」

 雄叫びと共にハイドラが立ち上がった。もはや痛みや痺れは、頭で感じていない。出せるだけの力を振り絞り、走り出す。鈍いスピードだ。

(その程度の気合いの入れようで、私に勝てるとでも?)

 その様子を見ていた修練は、そう思った。もう声に出すのも呆れるくらいなので、無言でスマートフォンを彼に向け、電霊放を撃ち出す。

「ッぐ!」

 右膝に直撃。だがハイドラは止まらない。寧ろ逆に歩みを速めた。

(何だと……?)

 今の一撃は、結構威力を高めたはずだ。それなのに倒れなかったことが、意外である。

「行くぞ、シュレン!」

 また一歩近づいて来るハイドラ。ここまでの姿を見せつけられれば誰でも、根性で動いているわけではないことがわかる。事実修練にも伝わった。だから、

「かかってこい、ハイドラ! 確実に返り討ちにしてやろう……」

 敬意を持って相手をする。こちらからも歩み寄るのだ。

「ズオオオオオオオリィイイイアアア!」

 手に持った札から、霊魂を一気に解き放つ。狙いは出鱈目で完全にガムシャラだ。だがそれのランダムな動きがかえって、観察眼を持つ修練に対処を難しくさせた。

「無駄な足掻きだ……!」

 霊魂の処理は極光でできている。破壊力はこちらの方が上なので、遅れは取らないはずだ。

(ワタシの狙いは! 勝つことではない………)

 ハイドラはわかっていた。今の自分では、修練には敵わない。あちらが本気を出せば、ろくな抵抗もできず簡単に自分はこの世から抹消されるだろう。それくらいの実力差がある。いかなる信念を持っていても、水蛇では巨象を倒せない。強靭な毒を持っていたとしても、踏み潰されて終わりだ。
 だが、そうだとは言っても引き下がれない。【神代】の期待に応える義務を彼は背負っているのだ。
 そう考えると、自分がすべきことが自然と理解できた。

「くらえ!」

 電霊放を放つ。至近距離だ。加えて修練の意識は霊魂に向けてある。

「まだ、撃ち出せるだけの電源と気力があるか!」

 防御も回避も間に合わない。修練は左肩に、ハイドラの電霊放を受けた。

「ぐく……!」

 痺れる。だが、それだけだ。痛みは激しくないので、腕を動かし反撃ができる。ちょうど左手には万歩計を握っているので、これをハイドラに向け、逆に電霊放で撃ち抜くのだ。

「………?」

 しかし、動きが鈍い。急に腕が思うように動かなくなった。

「こ、これは……?」

 痛覚に異常はないが、見た目以上に傷ついてしまっているのか? 少なくとも脳で感じられるほどのダメージではないはずだ。

「切り札はな、最後まで残しておくんだ。勝負を決める、その時まで! 見せないことが、重要だ……」

 次にハイドラは修練の首を掴んだ。それほど強くない握力腕力なのに、振りほどけない。これは何故だ? 

「そうか、これは……。君は、毒厄が使える、ということか………!」
「コレクトアンサー、シュレン!」

 左肩に当たったのはただの電霊放ではなかった。毒厄が合わさった、嫌害霹靂。そしてハイドラの毒厄の効果はどうやら、運動神経をかなり鈍くさせる。

(しかし、それで勝ったつもりなら拍子抜けだ)

 最初に向き合った時にハイドラは、修練を捕まえる、と言った。まだ修練の仲間が電車の中に控えているこの状況で、男を一人担いで立ち去ることが簡単にできようか。

(ゆっくりとなら、動かせる。私の思考力を乱すことすらできないその毒厄の貧弱さを後悔するんだな、ハイドラ!)

 亀が動くよりも遅くだが、腕が徐々にハイドラの方に曲げられるようになった。両手の電子機器から電霊放で、弾き飛ばす。修練も追っ手を退けられるのならそれでいい。この場でそれ以上の要求はない。

(くらえ…………)

 だが、この一瞬に違和感があった。それは視線だ。修練はハイドラの顔を見ているのに、彼の目と自分の目が合わない。ハイドラは、やや下の方を見ている。

(まさかっ!)

 次の瞬間、ハイドラは修練のズボンのポケットに手を突っ込み、中身を掴むと強引に引っ張り出した。

(石ころ、か? 歪な形で、大きさに比べて少し重い。だが、シュレンにとってはとても大事なものには違いない!)

 やや遅れて、修練の電霊放が炸裂。黒い稲妻がハイドラの体を数メートル吹っ飛ばした。
 急いでポケットに手を入れる修練。

(……ない! 今、やはりハイドラに盗られた…!)

 ここまで冷静だった修練が初めて、焦りから冷や汗をかいた。動揺のせいで心臓の鼓動が早まり、ドクンドクンという音が体の内側から鼓膜を何度も突く。
 死返の石を奪われた。でもすぐに取り戻せばいいだけの話だ。ちょうどハイドラは電霊放のせいで、地面に倒れてまだ立ち上がれそうにないが、自分は毒厄の直流しから解放されたので素早く動ける。

「動くな、ハイドラ! 私は君を必要以上に傷つけたいとは思わない。だが、それを返さないというのなら、話は別になる……」
「それ? どれのあれだよ? これか?」

 地面に転がりながら、両手を開いてみせるハイドラ。そこにはあるはずの石がない。

「落としたのか? なら拾ってこっちに持って来い!」

 そう叫んだ修練だったが、ハイドラの周囲に石は落ちていない。彼の近くには誰もいないので、拾った人はいないはずなのだが、

「しまった、もう一人の外国人のヤツか!」

 シザースが応声虫を使っていたのだ。地中を進むケラか、空を飛ぶトンボか、そのどちらかはわからないが、石を虫に運ばせた。

「…………!」

 修練は慌ててシザースの姿を探した。だが、見えない。もう十分に動ける程度には回復しているはずだ。

(だとしたら……?)

 この場から、既に遠ざかっている可能性がある。
 ここで修練の心は揺れた。今シザースを追えば、最終的には石を取り返せるかもしれない。しかし【神代】の追っ手がどれくらい潜んでいるのかわからないので、探しに向かっている間に峻や緑たちが捕まるかもしれない。最悪の場合、自分の姿を【神代】にさらけ出すことにも繋がる。
 仲間の安全を第一に考えるのなら、ここは引くべきだ。でもそれは死返の石から遠ざかることを意味する。

(捕まってしまえば、全て無駄になる……。石が奪われても、目的を果たせなくなる……)

 苦しい判断を下さなければいけない。それも今ここで。腸を断ち切るほどの思いだ。
 修練は、電車の方に向かって走り出した。紅や蒼たちに現状を教え、今すぐにここから立ち去らなければいけない。

(石はすぐに取り戻す! それに蛭児から聞いた話じゃ、死返の石は他にもあるらしい。最悪、あの石に拘る必要もない。【神代】はどこかに他の石を保管しているだろうからな、それを奪えば……)

 乱れる心にそう言い聞かせながら、急いだ。


「……もういいぞ、シザース! シュレンは去った。隠れ家にしていたあの電車から、シュレンとその仲間たちがどこかに行った」

 これ以上戦える状態ではないハイドラとシザース。当然、逃げる間際の修練たちに遭遇すれば追い打ちをくらうだろう。だからこそ、隠れた。でもそれは木や電信柱の後ろではない。

「了解です」

 シザースの合図で、虫が動き出す。コノハムシやコノハチョウ、カレハカマキリが一斉に。擬態能力がある虫を応声虫で大量に生み出し、自分たちの体に被せたのだ。周囲に溶け込むことで隠れるこの方法なら、障害物がなくても欺ける。暗い夜なら人間の目でも判別不能なのでなおさらだ。

「立てるか?」
「一応は」

 肩を貸し、一緒に立ち上がる。

「ハンゾウとヒナギクは?」
「あそこに」

 指差す先の木陰に、二人はいた。

「すまん、俺が早とちりしたばっかりに……。任務、失敗か…」
「気を落とすな。それにしくじってはいないぞ?」
「何?」

 ハイドラが手を開いた。すると上からテイオウムカシヤンマがそこに降りてくる。六本ある脚には、何かが握られている。

「シュレンにとって、これは非常に大切な物であるらしい。それを奪ってやったんだ」

 黒ずんだ赤い石だ。

「何だかわかるか? ワタシ的には、賢者の石のように見えるが…?」
「ああ、シっているわ。マエにミたことあるのと、カタチやオオきさはチガうけど」

 間違いなく、死返の石だ。雛菊はそう断言した。

「……捕まった蛭児は、石を持っていなかった。アイツは今まで何も語ってはいねえが、修練が預かっていたということか!」

 この石は、ある一つのことしかできない。それが禁霊術『帰』だ。これを修練が持っていたということは、どこかで使うつもりがあったということ。

「誰を蘇らせたいんだ?」

 直近で死亡した皐だろうか? それとも別の誰か……蛭児のように戦力になる過去の人材か? 
 わからないことだらけではあるが、

「あの慌てぶりから、何かしらの目的のためにこれが絶対に必要だとわかった。これをキミたち【神代】に託そう。シュレンはこれを取り返したくて仕方がないはずだ」

 だから、この任務は失敗じゃない。重要なアイテムをこちらが確保している以上、向こうから何らかの形で接触がある。その時に改めて捕まえれば良いのだ。

「これは吉報だぞ!」

 結果として修練一味には逃げられた。だがハイドラとシザースは、修練たちを捕まえることに繋がる可能性を、掴み取ってくれたのだ。


 二時間後、ハイドラは電話をかけた。相手はもちろんマスター・ハイフーンだ。今夜の結果を報告しなければいけない。

「ハロー?」

【神代】は、彼とシザースの働きを褒めてくれた。だが彼らの上司であるハイフーンは何を言うか? 普通に考えれば作戦に失敗したので、確実に叱られるはずだ。だからハイドラは連絡係をシザースには任せなかった。

「どうしたかね?」
「実は……」

 言いにくいが、口を開かなければいけない。噓偽りを一切混ぜず、起こったことを伝えた。

「そうだったのかね……」

 そう一言を言うと、ハイフーンは一呼吸おいて、

「とりあえず、ご苦労だったね」

 労いの言葉を与えた。

「ペナルティを、是非お課しください、マスター・ハイフーン」
「それはできないね」

 期待に応えられなかったことはとても悔しい。だからこそ、

「罰を与えてはくれないのですか?」
「確かに、普通に考えれば誰でも激昂するだろうね? でもミーは違うね。ベストな結果ではなかったらしいがね、でも、【神代】に貢献することができたのなら、誇るべきだね」

 ただ単に部下を擁護しているわけではない。きっとハイフーンは、長い目で見ているのだろう。さっきの敗北だけでは、評価できないのだ。この負けが明日の勝利の糧になる……そう信じている。

「ハイドラ、シザースと一緒に今はゆっくり休むね。ユーは良い仕事をした、何も悩む必要なないからね。フガクには、ミーの方から話をしておくね」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み