第9話 二輪の抵抗 その1
文字数 3,571文字
「大丈夫だったか、緑祁!」
辻神と彭侯が緑祁に駆け寄った。
「一時はどうなるかと思ったが……。仲間たちが間に合ってくれたぜ! オレたちの勝利だ! 邪産神は消滅した! 任務完了だ!」
周囲のみんなはそんな感じで、歓声を上げている。しかし緑祁の表情はかなり焦り気味で、汗がかなり流れ出ていた。
「まだだヨ、辻神、彭侯…」
「ン? どういうことだ?」
山姫の視線は話相手の彭侯ではなく、緑祁が持っている札に向いている。
「この中に、邪産神が逃げ込んだの……。しかも、親玉だと思うヤツが!」
「なぬ! だったら、その札、貸せ!」
「待て彭侯! それは駄目だ。緑祁、その二枚の札は……」
辻神にはわかる。式神の札だ。それを破くことはできない。
「どうすればいいんだ、僕は………」
ずっと、汗ばんだ手で握っているだけ。念じても召喚できない状態だ。かなり悪いことが起きていると思うのに、何も手出しができない。それが悔しい。
「新しい札に式神を移すのはどうだ?」
予備の和紙と筆ペンを取り出し、緑祁に差し出す紫電。しかしそれすらも札は受け付けない様子だ。
「駄目か……!」
「【神代】に相談しましょう、緑祁。そうすれば何か、打開策を考えてくれるかもしれないわ」
香恵がそう提案した。緑祁も、
「……それしかない……。とにかく、札が壊れないようにしないと……」
まずは連絡だ。香恵はスマートフォンを取り出し、緑祁の代わりに【神代】に連絡を入れようとした。その時、誰かが近づいてきた。
「誰……?」
女性だ。緑祁と同じくらいの年齢。霊魂や式神の札とは違う札を両手に持っている。
「ねえあなた、その札を貸して」
緑祁の手を指差してそう言った。
「その札に、逃げ込んだでしょう? 見ていたわ、私は。邪産神はまだ、消滅していない! その札の中に逃げた! 任務を完遂するためにも、その札は切らないといけないわ」
「誰だコイツは!」
彭侯が割って入った。だがその女性は緑祁のことを見て、
「早くしないと手遅れになってしまうわよ。フェリーで聞いたでしょう? 邪産神の再生能力は凄まじい。でも今の内なら、簡単に倒し切れるわ」
「ま、待ってくれ……! そもそも誰なんだ、そっちは?」
すると、
「里見可憐よ。長治郎さんの命令で、この島に一緒に上陸したわ」
「さ、里見可憐……? 嘘でしょ………」
「マジか……! 本当に、可憐なのか?」
自己紹介に香恵と紫電は衝撃を覚えた。つまりは二人にとって可憐は知っている人間なのだ。
「誰なんだい、香恵?」
「緑祁……。霊怪戦争が【神代】の勝利で終わったのは知っているわよね? でも【神代】が勝つには、条件があった……」
「それは、一体?」
『月見の会』の集落に遠距離攻撃をする際に幻霊砲の発射を妨害されないこと、反撃されないこと。だから【神代】は何重にも防衛線を張った。その防衛を担当した内の一人が、可憐だった。
彼女が守ったのは、砲撃隊と『月見の会』の集落との最短ルート……つまりは敵の攻撃が一番激しいだろうポイントだ。それも一人でその場所に赴いた。
可憐は任務をしっかりとこなした。戦況を変え得る敵のエースを作戦が終わるまで足止めし、見事に生還したのである。
「俺も勝利の祝賀会には出たが、その時にトップに就いたばかりの富嶽さん直々に表彰される可憐のことを見た。一目見ただけでわかった……俺では絶対に勝てない強者。もしも対峙したら、電霊放を撃ち込む前に切られて終わると確信させられた……」
紫電は見ただけで足が震えたのを思い出した。
「どうする気よ? あなた?」
「え?」
緑祁に尋ねる可憐。彼女は彼の態度から、札が大切な物であることをすぐに悟ったのである。だから相手の言い分を聞かずに一方的に切り裂くことはしない。
「その札の中から追い出せるのなら、私が邪産神を切り潰す。トドメは誰にも譲れない」
でも、切る気が満々で札扇をバサッと広げた。
「どうすればいいのか、わからないんだ……! 式神が召喚できない! 邪産神が入り込んだのはわかっているし、倒すべきなのも理解している! でも……。でも、[ライトニング]と[ダークネス]は僕の大切な仲間なんだ!」
「あなたの仲間を奪うつもりはないわ。問題はタイミング。邪産神が飛び出たら、そこを私が切る! 重要なのはその最後なの。追い出せる?」
「僕にそれをしろって、言うのかい……?」
「あなたじゃない。それ、式神の札でしょう? だったら札の中の式神が、抵抗しているはず。なのに何であなたは勝手にナーバスになっているの?」
「え………?」
言われて初めて、緑祁は意識が自分に向いていることに気づいた。改めて札を握る。すると、
「温かい……?」
「やはりね。邪産神が札に入り込んだから、式神も必死に追い出そうとしているわけよ。こうして手をかざせば……」
札扇を左手に移し、右手を緑祁の札に伸ばす可憐。
「感じる……。この熱さが、式神の免疫力みたいなもの。こちらから霊力を送れば、応援できる。札を乗っ取られないようにするためにも、そうするべきよ」
「……わかったよ! みんな、協力してくれ!」
緑祁だけではない。香恵や紫電や雪女、辻神に山姫と彭侯。最後に可憐。緑祁の近くにいた人たちが、[ライトニング]と[ダークネス]の札に触れて念を送る。
「まだ終わっていないらしい。あの可憐がここにいるということはそういうことだ。僕たちも力を貸すぞ!」
聖閃や勝雅たちも駆け寄って、緑祁たちの腕に触れた。みんなが[ライトニング]と[ダークネス]のために、大切な力を貸してくれている。
「ククク、人間! 詰めが甘かったな……!」
札の中に逃げ込んだ邪産神は、ピンピンしていた。ここはどこか、暗い空間だ。誰かが札に触れているからだろう、人間の温もりを感じる。しかし、この空間が壊れないということは、札が破壊されていないということ。
「これは好都合だ」
その理由は邪産神にはわからないが、自分にとってはむしろ良いことだ。ここで今まで以上に力をつけて、札を飛び出して人間に強襲を仕掛ける。
「だが……」
一方で、不思議に思うこともあった。これは幽霊とは違う式神の札の中なのだが、その姿が見えない。[ライトニング]はペガサス型、[ダークネス]はグリフォン型だったのだが、どこにもいないのだ。これでは式神のチカラ……精霊光と堕天闇が手に入らない。
「どこにいやがる? さっさと俺の栄養分になってしまえ!」
邪産神は前に進み始めた。すると、
「そこまでだ」
人の声が後ろから聞こえた。
「人間か! この空間にまで、追ってきたのか!」
振り返る邪産神。するとそこには、二人の女性の姿が。
「誰だお前たちは! ここで何をしている!」
「それはわたくしたちのセリフです」
二人に睨みつけられた。でも邪産神にとっては恐怖ではなく、むしろ不思議であり、
「ここは式神の空間なはずだ。どうして人間がいる?」
「それは、あたしたちにもよくわからないんだよな……」
かなり特殊なケースなのだろう。
鹿子花織と並星久実子。二人は緑祁がいる世界とは違うところからやって来た霊能力者だ。本来霊能力者は、人間の魂から式神を作ることはできない。
「この中にいる分には、元の姿のままでいられる。まあ式神の姿の方が便利なこと、不便なこともあるが」
久実子にはわからないこと。でも元の思考や経験などを失わずに持ち込めたので、それはそれで良しとしている。花織も、
「札伝いではありますが、久実子と一緒にいられるのは嬉しいことですよ」
理屈で理解しようとはせず、起こってしまったことを受け入れている。この札は緑祁が持っていて大切にしてくれているので、二人は安全にずっと一緒にいられるのならそれでいい。
「だが……」
ここで再び久実子が邪産神を睨む。
「あんたは、違う。ここにいてはいけない存在だろう? 緑祁や他の霊能力者たちがこぞって除霊しようとしていた、幽霊! ここに逃げ込んだんだよな?」
緑祁たちと敵対していたのは、彼女たちも知っている。何ならさっきまで式神の姿で一緒に戦っていた。
「貴方をここから追い出せば、緑祁たちがトドメを刺してくれるはずです! 久実子、やりましょう! わたくしと貴方で、この幽霊……邪産神を!」
「当たり前だ! 行くぞ、花織!」
二人に闘志が湧きてきた。
「…………いいだろう、人間モドキども! この場を支配するに相応しいのは、この俺だ! 逆に消滅させて、俺の養分にしてやる! お前たちの霊障を、奪ってやろう!」
邪産神もやる気満々だ。早速霊障を展開する。
「死ぬがいい!」
火災旋風と台風と霊障合体・鎌鼬を繰り出してくる。当たれば強力な攻撃だ。
(コイツは全ての霊障を使える! それはわかっている!)
久実子が横に、花織は後ろに下がった。
辻神と彭侯が緑祁に駆け寄った。
「一時はどうなるかと思ったが……。仲間たちが間に合ってくれたぜ! オレたちの勝利だ! 邪産神は消滅した! 任務完了だ!」
周囲のみんなはそんな感じで、歓声を上げている。しかし緑祁の表情はかなり焦り気味で、汗がかなり流れ出ていた。
「まだだヨ、辻神、彭侯…」
「ン? どういうことだ?」
山姫の視線は話相手の彭侯ではなく、緑祁が持っている札に向いている。
「この中に、邪産神が逃げ込んだの……。しかも、親玉だと思うヤツが!」
「なぬ! だったら、その札、貸せ!」
「待て彭侯! それは駄目だ。緑祁、その二枚の札は……」
辻神にはわかる。式神の札だ。それを破くことはできない。
「どうすればいいんだ、僕は………」
ずっと、汗ばんだ手で握っているだけ。念じても召喚できない状態だ。かなり悪いことが起きていると思うのに、何も手出しができない。それが悔しい。
「新しい札に式神を移すのはどうだ?」
予備の和紙と筆ペンを取り出し、緑祁に差し出す紫電。しかしそれすらも札は受け付けない様子だ。
「駄目か……!」
「【神代】に相談しましょう、緑祁。そうすれば何か、打開策を考えてくれるかもしれないわ」
香恵がそう提案した。緑祁も、
「……それしかない……。とにかく、札が壊れないようにしないと……」
まずは連絡だ。香恵はスマートフォンを取り出し、緑祁の代わりに【神代】に連絡を入れようとした。その時、誰かが近づいてきた。
「誰……?」
女性だ。緑祁と同じくらいの年齢。霊魂や式神の札とは違う札を両手に持っている。
「ねえあなた、その札を貸して」
緑祁の手を指差してそう言った。
「その札に、逃げ込んだでしょう? 見ていたわ、私は。邪産神はまだ、消滅していない! その札の中に逃げた! 任務を完遂するためにも、その札は切らないといけないわ」
「誰だコイツは!」
彭侯が割って入った。だがその女性は緑祁のことを見て、
「早くしないと手遅れになってしまうわよ。フェリーで聞いたでしょう? 邪産神の再生能力は凄まじい。でも今の内なら、簡単に倒し切れるわ」
「ま、待ってくれ……! そもそも誰なんだ、そっちは?」
すると、
「里見可憐よ。長治郎さんの命令で、この島に一緒に上陸したわ」
「さ、里見可憐……? 嘘でしょ………」
「マジか……! 本当に、可憐なのか?」
自己紹介に香恵と紫電は衝撃を覚えた。つまりは二人にとって可憐は知っている人間なのだ。
「誰なんだい、香恵?」
「緑祁……。霊怪戦争が【神代】の勝利で終わったのは知っているわよね? でも【神代】が勝つには、条件があった……」
「それは、一体?」
『月見の会』の集落に遠距離攻撃をする際に幻霊砲の発射を妨害されないこと、反撃されないこと。だから【神代】は何重にも防衛線を張った。その防衛を担当した内の一人が、可憐だった。
彼女が守ったのは、砲撃隊と『月見の会』の集落との最短ルート……つまりは敵の攻撃が一番激しいだろうポイントだ。それも一人でその場所に赴いた。
可憐は任務をしっかりとこなした。戦況を変え得る敵のエースを作戦が終わるまで足止めし、見事に生還したのである。
「俺も勝利の祝賀会には出たが、その時にトップに就いたばかりの富嶽さん直々に表彰される可憐のことを見た。一目見ただけでわかった……俺では絶対に勝てない強者。もしも対峙したら、電霊放を撃ち込む前に切られて終わると確信させられた……」
紫電は見ただけで足が震えたのを思い出した。
「どうする気よ? あなた?」
「え?」
緑祁に尋ねる可憐。彼女は彼の態度から、札が大切な物であることをすぐに悟ったのである。だから相手の言い分を聞かずに一方的に切り裂くことはしない。
「その札の中から追い出せるのなら、私が邪産神を切り潰す。トドメは誰にも譲れない」
でも、切る気が満々で札扇をバサッと広げた。
「どうすればいいのか、わからないんだ……! 式神が召喚できない! 邪産神が入り込んだのはわかっているし、倒すべきなのも理解している! でも……。でも、[ライトニング]と[ダークネス]は僕の大切な仲間なんだ!」
「あなたの仲間を奪うつもりはないわ。問題はタイミング。邪産神が飛び出たら、そこを私が切る! 重要なのはその最後なの。追い出せる?」
「僕にそれをしろって、言うのかい……?」
「あなたじゃない。それ、式神の札でしょう? だったら札の中の式神が、抵抗しているはず。なのに何であなたは勝手にナーバスになっているの?」
「え………?」
言われて初めて、緑祁は意識が自分に向いていることに気づいた。改めて札を握る。すると、
「温かい……?」
「やはりね。邪産神が札に入り込んだから、式神も必死に追い出そうとしているわけよ。こうして手をかざせば……」
札扇を左手に移し、右手を緑祁の札に伸ばす可憐。
「感じる……。この熱さが、式神の免疫力みたいなもの。こちらから霊力を送れば、応援できる。札を乗っ取られないようにするためにも、そうするべきよ」
「……わかったよ! みんな、協力してくれ!」
緑祁だけではない。香恵や紫電や雪女、辻神に山姫と彭侯。最後に可憐。緑祁の近くにいた人たちが、[ライトニング]と[ダークネス]の札に触れて念を送る。
「まだ終わっていないらしい。あの可憐がここにいるということはそういうことだ。僕たちも力を貸すぞ!」
聖閃や勝雅たちも駆け寄って、緑祁たちの腕に触れた。みんなが[ライトニング]と[ダークネス]のために、大切な力を貸してくれている。
「ククク、人間! 詰めが甘かったな……!」
札の中に逃げ込んだ邪産神は、ピンピンしていた。ここはどこか、暗い空間だ。誰かが札に触れているからだろう、人間の温もりを感じる。しかし、この空間が壊れないということは、札が破壊されていないということ。
「これは好都合だ」
その理由は邪産神にはわからないが、自分にとってはむしろ良いことだ。ここで今まで以上に力をつけて、札を飛び出して人間に強襲を仕掛ける。
「だが……」
一方で、不思議に思うこともあった。これは幽霊とは違う式神の札の中なのだが、その姿が見えない。[ライトニング]はペガサス型、[ダークネス]はグリフォン型だったのだが、どこにもいないのだ。これでは式神のチカラ……精霊光と堕天闇が手に入らない。
「どこにいやがる? さっさと俺の栄養分になってしまえ!」
邪産神は前に進み始めた。すると、
「そこまでだ」
人の声が後ろから聞こえた。
「人間か! この空間にまで、追ってきたのか!」
振り返る邪産神。するとそこには、二人の女性の姿が。
「誰だお前たちは! ここで何をしている!」
「それはわたくしたちのセリフです」
二人に睨みつけられた。でも邪産神にとっては恐怖ではなく、むしろ不思議であり、
「ここは式神の空間なはずだ。どうして人間がいる?」
「それは、あたしたちにもよくわからないんだよな……」
かなり特殊なケースなのだろう。
鹿子花織と並星久実子。二人は緑祁がいる世界とは違うところからやって来た霊能力者だ。本来霊能力者は、人間の魂から式神を作ることはできない。
「この中にいる分には、元の姿のままでいられる。まあ式神の姿の方が便利なこと、不便なこともあるが」
久実子にはわからないこと。でも元の思考や経験などを失わずに持ち込めたので、それはそれで良しとしている。花織も、
「札伝いではありますが、久実子と一緒にいられるのは嬉しいことですよ」
理屈で理解しようとはせず、起こってしまったことを受け入れている。この札は緑祁が持っていて大切にしてくれているので、二人は安全にずっと一緒にいられるのならそれでいい。
「だが……」
ここで再び久実子が邪産神を睨む。
「あんたは、違う。ここにいてはいけない存在だろう? 緑祁や他の霊能力者たちがこぞって除霊しようとしていた、幽霊! ここに逃げ込んだんだよな?」
緑祁たちと敵対していたのは、彼女たちも知っている。何ならさっきまで式神の姿で一緒に戦っていた。
「貴方をここから追い出せば、緑祁たちがトドメを刺してくれるはずです! 久実子、やりましょう! わたくしと貴方で、この幽霊……邪産神を!」
「当たり前だ! 行くぞ、花織!」
二人に闘志が湧きてきた。
「…………いいだろう、人間モドキども! この場を支配するに相応しいのは、この俺だ! 逆に消滅させて、俺の養分にしてやる! お前たちの霊障を、奪ってやろう!」
邪産神もやる気満々だ。早速霊障を展開する。
「死ぬがいい!」
火災旋風と台風と霊障合体・鎌鼬を繰り出してくる。当たれば強力な攻撃だ。
(コイツは全ての霊障を使える! それはわかっている!)
久実子が横に、花織は後ろに下がった。