第1話 戦う相手は その2
文字数 2,623文字
「駄目だろ、殺しちゃ!」
紫電は自分の頭を自分で殴る。
彼は今、自室の椅子に座っている。机には自分と緑祁の特徴がレポート用紙に書き込まれており、さらにダウジングロッドのメンテナンスもしている最中だ。
「いいか、命を奪わないで勝つ方法を考えろ、俺! 殺人は俺も負けだぞ…?」
シャーペンを握って、今想像した通りのことをさらに紙に記載する。
実を言うと、彼も緑祁もサッカースタジアムには行っていない。戦ってもいない。殺してもいない。先ほどまでの勝負の経緯は、全て紫電の頭の中の妄想……脳内シミュレーションに過ぎないのだ。
「いかに、命を奪わずに緑祁に勝つか! できるはずだ俺に」
考えた結果が、先ほどの結末である。でもその通りに事が運ぶと、緑祁は落雷に撃たれて死ぬことに。
「だからそれじゃあ駄目なんだ!」
用紙をクシャクシャに丸めて捨てた。
九月に入ってから紫電はこんな調子である。
ライバルである緑祁に勝ちたいという欲がある。だから戦いを予想する。でもその全てのシミュレーション内で紫電は勝利する。それは自分が彼よりも優れているからではない。
「……だあ! 駄目だ!」
邪魔をしているのは、主観である。予想の結果は紫電の思考回路により算出されるので、そこには彼の主観がどうしても入り込んでしまう。ライバルである緑祁よりも優れていると思いたい、彼の願望が。それを計算式に入れてしまうと、どうしても紫電の勝利に終わる…どころか、彼にとって都合のいいようにバトルが進んでしまうのだ。
さっきの予想図にもそれが表れている。あの一戦、緑祁の方からは一切仕掛けて来ていない。彼の行動は全て、先に動いたと思いたい紫電に対する動き、受けの姿勢。自分よりも先に相手の方が動くことを、彼は想像できていないのである。
「クッソー。これじゃあ駄目だ。それはわかってるんだぜ。でも……」
ベッドの上で大の字になって寝転がる。こんな自分勝手の結果に満足できるわけがない。寧ろ緑祁は紫電の予想の斜め上を行くはずだ。
「紫電様、時間ですよ」
コンコンとドアがノックされたので、紫電は執事を部屋に通した。彼が住むこの小岩井家の豪邸には、使用人が何人かいるのだ。
「またですか?」
「そうなんだ」
この家の中で紫電が霊能力者であることは、全員が知っている。そして同い年の緑祁を敵視していることも。だからこの執事は一目で、
「シミュレーションが上手くいかないのですか?」
見抜いた。
「駄目だ。どうしても、俺が勝つ以外の結果が思い描けねえ……」
それでいいではないですか、と執事は言う。紫電のご機嫌を取っているのではなく、彼自身自分が仕えている者が優れていると考えているからだ。
「駄目に決まってるだろう!」
紫電は怒鳴った。
「……ああ、いきなり大声出して済まねえ。確かに勝利の予想はできてる。でもよ、それじゃあ成長できない」
「成長、と言いますと?」
「人は挫けた時に一番成長するんだ。骨が折れた後の方が強くなるってよく聞くだろう? それと同じだ。だが俺の想像では、俺は負けれてない。自分の弱点を客観的に見れてない証拠だ。だからこそ、いつも勝っちまう」
この戦闘シミュレーションをしている理由は、勝利の余韻に浸りたいからではない。
「俺は知りてえんだよ。自分の弱点と限界を。そうすれば、もっと成長して強くなれる。だから、今のままじゃ駄目なんだ」
彼は、感じているのだ。成長できているのは自分ではなく緑祁の方である、と。
最初に会った時は、自分と同程度の実力の持ち主だと感じた。だからこそ、自分のライバルのポジションに収まるに相応しいと思ったのだ。
でも今は、どうだ?
緑祁はというと、天王寺修練を捕まえた。彼が解き放ったという故霊をあの世に送り返した。それだけではない。隣接世界からやって来た霊能力者も最終的に、緑祁が倒した。聞く話によれば、強力な式神も手に入れたらしい。長崎にいた偽者の緑祁も、本人が討伐した。
だが自分はどうだ? 何かしたか?
修練の時は霊界重合の悪影響を抑えようと立ち回ったが、その程度。
隣接世界からの使者とは手合わせすらできていない。せいぜい式神を破壊した程度だ。
偽緑祁については、本物が現れたことに気を取られて不意打ちをくらってしまった。
「かませ犬か俺は……?」
「しかし紫電様には、悪事を働いていた霊能力者を捕まえた実績があるではないですか!」
「ああ、それな…」
先月のことである。日影皐を捕まえたのは、紫電だ。
「だがよ……」
否定的に彼は話を始める。
「皐を捕えたはいいが、深山ヤイバ? の方には結局逃げられた。それにあの女の過去を暴いたのは、俺じゃねえ。緑祁の方だぜ…」
【神代】のデータベースにアクセスした際、皐が秘密裏に指名手配されていることを知って、彼は捕まえる役割を買って出た。その時にどんな事情があるのかを皇の四つ子と【神代】の処刑人から説明されたが、過去の悪事を暴き捕まえるキッカケを作ったのは、緑祁だ。
「アイツは常に、俺が進む道の先にいやがる! どうやっても前に出れねえ……」
【神代】から紫電は評価された。
「君のおかげで、過去を正せたよ。皐の今までの悪事は全部暴かれたし、彼女を第三病棟に入れることができた」
でも全然嬉しくなかった。
(こんなの、緑祁がやるべきことを横取りしただけじゃねえかよ。それに皐の確保なんて、あの状態だったら誰にでもできることだった)
自信が芽生えないのだ。だから喜ぶことも不可能。
一人、取り残された気分を紫電は味わった。
「紫電様……」
執事は励ます言葉を探したが、中々見つからない。
「下がっていいぜ」
一人になりたいのでそう言う。
「いえ、予定をお忘れですか?」
「ん、何かあったっけか………? あ!」
今日は午後から、大学の友人に誘われて久しぶりにボウリングに行くのだ。どうやら他の学科の人たちと勝負になったらしく、勝てる人を連れてくることになって、紫電に白羽の矢が立ったから。人数合わせの意味もあるらしい。
「いっけねえ、忘れてた! 良かったぜ、あんたにアラーム頼んでおいて!」
急いで準備をし、家を出る。執事は一人部屋に残されたので、掃除を始めた。その時、ゴミ箱に入っている紙を拾い上げて開いた。
「紫電様……。これほどの努力がどうして実らないのか。私には不思議でございますよ。ここまで熱くなれる方なら、絶対に勝利を掴めると思うのですが…」
紫電は自分の頭を自分で殴る。
彼は今、自室の椅子に座っている。机には自分と緑祁の特徴がレポート用紙に書き込まれており、さらにダウジングロッドのメンテナンスもしている最中だ。
「いいか、命を奪わないで勝つ方法を考えろ、俺! 殺人は俺も負けだぞ…?」
シャーペンを握って、今想像した通りのことをさらに紙に記載する。
実を言うと、彼も緑祁もサッカースタジアムには行っていない。戦ってもいない。殺してもいない。先ほどまでの勝負の経緯は、全て紫電の頭の中の妄想……脳内シミュレーションに過ぎないのだ。
「いかに、命を奪わずに緑祁に勝つか! できるはずだ俺に」
考えた結果が、先ほどの結末である。でもその通りに事が運ぶと、緑祁は落雷に撃たれて死ぬことに。
「だからそれじゃあ駄目なんだ!」
用紙をクシャクシャに丸めて捨てた。
九月に入ってから紫電はこんな調子である。
ライバルである緑祁に勝ちたいという欲がある。だから戦いを予想する。でもその全てのシミュレーション内で紫電は勝利する。それは自分が彼よりも優れているからではない。
「……だあ! 駄目だ!」
邪魔をしているのは、主観である。予想の結果は紫電の思考回路により算出されるので、そこには彼の主観がどうしても入り込んでしまう。ライバルである緑祁よりも優れていると思いたい、彼の願望が。それを計算式に入れてしまうと、どうしても紫電の勝利に終わる…どころか、彼にとって都合のいいようにバトルが進んでしまうのだ。
さっきの予想図にもそれが表れている。あの一戦、緑祁の方からは一切仕掛けて来ていない。彼の行動は全て、先に動いたと思いたい紫電に対する動き、受けの姿勢。自分よりも先に相手の方が動くことを、彼は想像できていないのである。
「クッソー。これじゃあ駄目だ。それはわかってるんだぜ。でも……」
ベッドの上で大の字になって寝転がる。こんな自分勝手の結果に満足できるわけがない。寧ろ緑祁は紫電の予想の斜め上を行くはずだ。
「紫電様、時間ですよ」
コンコンとドアがノックされたので、紫電は執事を部屋に通した。彼が住むこの小岩井家の豪邸には、使用人が何人かいるのだ。
「またですか?」
「そうなんだ」
この家の中で紫電が霊能力者であることは、全員が知っている。そして同い年の緑祁を敵視していることも。だからこの執事は一目で、
「シミュレーションが上手くいかないのですか?」
見抜いた。
「駄目だ。どうしても、俺が勝つ以外の結果が思い描けねえ……」
それでいいではないですか、と執事は言う。紫電のご機嫌を取っているのではなく、彼自身自分が仕えている者が優れていると考えているからだ。
「駄目に決まってるだろう!」
紫電は怒鳴った。
「……ああ、いきなり大声出して済まねえ。確かに勝利の予想はできてる。でもよ、それじゃあ成長できない」
「成長、と言いますと?」
「人は挫けた時に一番成長するんだ。骨が折れた後の方が強くなるってよく聞くだろう? それと同じだ。だが俺の想像では、俺は負けれてない。自分の弱点を客観的に見れてない証拠だ。だからこそ、いつも勝っちまう」
この戦闘シミュレーションをしている理由は、勝利の余韻に浸りたいからではない。
「俺は知りてえんだよ。自分の弱点と限界を。そうすれば、もっと成長して強くなれる。だから、今のままじゃ駄目なんだ」
彼は、感じているのだ。成長できているのは自分ではなく緑祁の方である、と。
最初に会った時は、自分と同程度の実力の持ち主だと感じた。だからこそ、自分のライバルのポジションに収まるに相応しいと思ったのだ。
でも今は、どうだ?
緑祁はというと、天王寺修練を捕まえた。彼が解き放ったという故霊をあの世に送り返した。それだけではない。隣接世界からやって来た霊能力者も最終的に、緑祁が倒した。聞く話によれば、強力な式神も手に入れたらしい。長崎にいた偽者の緑祁も、本人が討伐した。
だが自分はどうだ? 何かしたか?
修練の時は霊界重合の悪影響を抑えようと立ち回ったが、その程度。
隣接世界からの使者とは手合わせすらできていない。せいぜい式神を破壊した程度だ。
偽緑祁については、本物が現れたことに気を取られて不意打ちをくらってしまった。
「かませ犬か俺は……?」
「しかし紫電様には、悪事を働いていた霊能力者を捕まえた実績があるではないですか!」
「ああ、それな…」
先月のことである。日影皐を捕まえたのは、紫電だ。
「だがよ……」
否定的に彼は話を始める。
「皐を捕えたはいいが、深山ヤイバ? の方には結局逃げられた。それにあの女の過去を暴いたのは、俺じゃねえ。緑祁の方だぜ…」
【神代】のデータベースにアクセスした際、皐が秘密裏に指名手配されていることを知って、彼は捕まえる役割を買って出た。その時にどんな事情があるのかを皇の四つ子と【神代】の処刑人から説明されたが、過去の悪事を暴き捕まえるキッカケを作ったのは、緑祁だ。
「アイツは常に、俺が進む道の先にいやがる! どうやっても前に出れねえ……」
【神代】から紫電は評価された。
「君のおかげで、過去を正せたよ。皐の今までの悪事は全部暴かれたし、彼女を第三病棟に入れることができた」
でも全然嬉しくなかった。
(こんなの、緑祁がやるべきことを横取りしただけじゃねえかよ。それに皐の確保なんて、あの状態だったら誰にでもできることだった)
自信が芽生えないのだ。だから喜ぶことも不可能。
一人、取り残された気分を紫電は味わった。
「紫電様……」
執事は励ます言葉を探したが、中々見つからない。
「下がっていいぜ」
一人になりたいのでそう言う。
「いえ、予定をお忘れですか?」
「ん、何かあったっけか………? あ!」
今日は午後から、大学の友人に誘われて久しぶりにボウリングに行くのだ。どうやら他の学科の人たちと勝負になったらしく、勝てる人を連れてくることになって、紫電に白羽の矢が立ったから。人数合わせの意味もあるらしい。
「いっけねえ、忘れてた! 良かったぜ、あんたにアラーム頼んでおいて!」
急いで準備をし、家を出る。執事は一人部屋に残されたので、掃除を始めた。その時、ゴミ箱に入っている紙を拾い上げて開いた。
「紫電様……。これほどの努力がどうして実らないのか。私には不思議でございますよ。ここまで熱くなれる方なら、絶対に勝利を掴めると思うのですが…」