第4話 偽善者へ天罰 その3
文字数 4,893文字
「あんたのような仮面を被ったヤツはもう何度も見てきたよ。みんな、善人アピールがすごい。でも実際にはさ、そんなことはないんだ。この世に真に正しい人はいない! 偽善と欺瞞に満ちた社会だ」
秀一郎は自分の出生について、辻神に喋っていた。
「落胤ってヤツか……」
抱える闇は相当なものだろう。話を聞いていたら、同情心が湧き出るほどだ。
「だが……。それが、他人を攻撃してよい理由にはならない」
「そういうことを言うところが、偽善者なんだよ」
正しいことは誰にでも言える。それこそ悪魔のような人間にでも。
「あんたも本当は違うんだろう? 復讐したい、報復したい、反逆したい……。そういう欲を感じるぜ。でも理性で無理矢理抑え込んでる。本当の自分はどうだ? 見失ってないか?」
精神攻撃とも取れる言葉を、秀一郎は辻神にぶつけた。
「なあ、考えてみろよ? 自分の心に嘘を吐いてまで、【神代】のために働くのか? あんたの先祖はそんなことを望んで、死んでいったのかよ?」
「言いたいことはわかる。だがな小僧、自分を優先してはいけないのが社会ってものだ」
「フン! またそう言って、正しいフリをしやがるか!」
言葉による攻めが効かないと判断したら、霊障で攻撃だ。
「くらえ、鬼火!」
「素人だな……」
「んだと?」
火炎放射に対し、辻神はドライバーを向け電霊放を撃つ。すると炎がかき消される。
「な、何……? どういうことだ?」
「電気は炎に干渉し、中和し、そして無効化する! その鬼火は私には届かない」
「クソ! アイツ、肝心なことを教えなかったのか!」
「その……アイツ! とは、誰のことだ?」
「バーカ! 教えるワケないだろう、偽善者のあんたに!」
鬼火が通じないとわかるや否や、秀一郎は他の霊障を使うと決めた。
(毒厄ってのは強力なんだよな。決まればアイツぐらい、さっきの女みたいに一発で落とせる! さあ近づいて来いよ!)
しかしそれは辻神も同じこと。仲間に毒厄使いがいるためにその厄介さは把握済みだ。
(近づくのは危険だ。ここは電霊放で攻める! 秀一郎の霊障は、鬼火、鉄砲水、木綿、毒厄だ。合わさると面倒だな、ここは相手のテンポにさせない)
懐から電池を取り出し、電霊放を帯びさせて投げた。
「当たるかよ!」
しかし見えている上に予想が簡単な動き。余裕を持ってかわされる。
「さて……」
この時の秀一郎は、ポケットから植物の種を取り出そうとしていた。だが、
「どうだ!」
また、辻神が電池を投げてきたので避ける。
(また! 当たらないのに無意味なことを!)
十個も二十個も豆撒きのように投げつけられると、避けるので手いっぱいだ。
(そうか! コイツは当てる気がないんだ。俺に、木綿を使わせないために……)
思惑に気づいた瞬間、秀一郎は鉄砲水を繰り出した。
「………」
今度は辻神が回避をする番だ。濡れてしまうと自分の体に電気が逆流してしまう。
「今だ!」
種を一気に樹木に成長させ、辻神に向ける。彼は横に逃げてかわすが、直後に枝が鞭のように伸びて辻神の腕を捉えた。
「捕まえたぞ!」
「どうかな?」
ここは旋風を使う。植物の枝くらい簡単に切り裂ける風だ。
「こ、コイツ……! そう言えば使っていたな…!」
「くらいな……」
ドライバーを向けて電霊放を撃った。
「ぐわぁっううお!」
足に直撃。秀一郎が避けようとしたのではなく、最初から辻神が足を狙っていた。
(く、クソ! 電気風呂よりも痺れる! 足が思うように動かせない……)
麻痺のせいで膝が勝手に折れ曲がって地面に崩れ落ちる。
「勝負あったな、秀一郎……」
「まだ、終わっていない! この痺れが取れれば!」
再び動けるようになれば、勝負は振り出しだ。
「……とでも、言いたいのか? 動けないおまえは私にとって、的でしかない。まさかこのまま、見ているだけだと思うのか?」
「…!」
秀一郎を確保する。それは捕まえて【神代】の本部まで連れて行くことだ。その間に相手が暴れる可能性が高い。だから、気絶させる。
「もう一発、おまえに叩き込む。そうすればおまえはもう意識を保ってはいられまい。その足では、避けることすら叶わないだろうな」
「言ってくれるじゃないか、偉そうに!」
実はこの時、秀一郎には逃げる手段が一つだけあった。それは毒厄を自分に使うことだ。足が動かせないのは痺れのせい。毒厄を足に打ち込んで、感覚神経を一時的に鈍感にさせれば、麻痺を無視して強引に筋肉を動かすことが可能だ。
「うおおお!」
しかし今の彼には、それが思いつけない。逆に種を地面の上に置き、成長させる。
「む!」
その木のてっぺんに掴まって、上に逃げる。
(木の上で麻痺をやり過ごし、回復してから木々を伝って逃げる、というわけか…)
同時に秀一郎は鉄砲水を上から放水した。
(さっき、避けていた! …ってことはアイツにとって鉄砲水は、くらいたくない霊障ってことだ!)
その線は当たっている。辻神は水がかからないよう後ろに下がった。
「どうだ、馬鹿野郎! もうそろそろ足の自由が利くぜ! このまま逃げてやるさ!」
「おまえ……。まさかここから、脱出できると思ってないよな?」
「んあ?」
「上に逃げた時点で、おまえはもう詰んでいる」
「何を強がって……!」
ブラフではない。辻神からすれば、上に逃げた秀一郎はやはりただの的だ。
「よいしょっと!」
突然、地面の下から山姫が現れた。
「よくやったぞ、山姫! 私がさっき投げた電池を全部回収してくれたか!」
「電池……?」
さっきは帯電していた。今は山姫が持っているので、ごく普通の電池だ。
「まだわからないようだな? 私は電霊放と旋風が使える。そして電霊放は電池から稲妻を吐き出させることができるし、その風は電池程度なら容易に持ち上げられる」
「……まさか!」
霊障合体・風神雷神だ。これが決まればもう秀一郎に勝ち目はない。
「う、嘘だ! 俺が負ける……? 偽善者のお前に、敗北するなんてあり得ない!」
「ところで……おまえには矛盾していることがある。自分でも気づいてないみたいだが……」
「何だよ?」
辻神は言う。
「行方不明者になっているはずのおまえが霊能力者になっているということは、誰かが何かしらの方法を使っておまえに霊能力を与えたということ」
「それの何がおかしいってか?」
「でもおまえは、人のことを信じていないはずだ。さっきも言っていたじゃないか? そんなおまえが、誰かの指示で動いているのはどうしてだ?」
「……うっ!」
それは明らかに変。普通なら、秀一郎は正夫や豊次郎の提案に乗りもしないはずだ。
「違う! 俺が霊能力者になったのは、強さを求めたからだ!」
「何が違うと言うのだ? 事実、誰かの頼みでここに戻ったんだろう?」
「……」
反論できない秀一郎。さらに辻神は、
「しかもおまえ、自分は生まれてくることすら望まれなかった、と叫んでいた。だが本当にそうか?」
自分の意見を述べる。
「どんな生き物だって、生きているのには理由がある。生まれた直後に死んでも、天寿を全うしても、だ。生きる意味を探すのは当然のこと」
誰にだって、役割がある。そして生まれた生き物は、その役割を求め果たそうとしている。これは動植物関係ない。
「意味のない命など、この世には存在しない!」
「うるせえ! 勝手に説教垂れてんじゃねえ!」
「自分の出生を知って悲しむのは理解できる。だが、もしも私がおまえだったら……すぐに立ち直れたはずだ。今こうして自分という存在がいるんだ、だから何か、生きている間にできることを探す。望まれなかった命であったとしても、生きているのはその子供だ。どんな人生を歩もうが、自分で決めること。他の誰かに指示されることじゃない」
例え親がいなくても、将来は自分で描くべきだと彼は説く。
「それをおまえは……自分の不幸は全て出生のせいにして、生きる意味を探そうとしない! 言い換えるならおまえはまだ、生まれてこれていない!」
しかし秀一郎にはそれができていない。彼はさっき、自分の出生について辻神に言っていた。それは彼も非常に残念だと思うレベルの悲惨さだ。だが、それをバネに頑張れていない秀一郎は、精神的な産声すら上げれてない。
「黙れ、偽善者がぁっ!」
たまらず秀一郎が叫んだ。
「偽善者か……。それはおまえのことじゃないのか?」
「違うに決まっているだろ! 俺が偽善者? いいや、俺には偽りの善意なんて、ないんだよ!」
「いや、違う」
辻神は言った。
「周囲の人たちは、おまえのことを悪く言っていなかった。それはつまり……おまえは上っ面だけを取り繕って生活していたということ! その特殊な出生を知ってしまえば、配慮しようと誰もが考える。それをおまえは受け取っていたから、悪評がなかった。表面上は良いヤツだったんだろう?」
「ぐっ!」
図星である。
他人のことを信じられなくなった秀一郎だが、トラブルを起こさないためにも、いかにも自分は過去と真剣に向き合っている風を装っていた。そして孤児院の職員や他の子供たちから心配されれば、それを素直に受け入れる。
もし自分のことだけを本当に考えているのなら、周りからは自分勝手なヤツという評価が下されるだろう。そうではないということは、表面上の付き合いだけは最低限あったということだ。そしてそれは他の誰かのためではなく、自分のため。
「もう時間だ。山姫、電池を投げろ!」
「それっい!」
宙を舞った電池一つに辻神は電霊放を撃ち込む。そうすることで電池から他の電池に向かって電流が伸び、電気でできた金色の網目を構成。ここに旋風を混ぜて上に吹き飛ばす。
「霊障合体・風神雷神!」
山姫は礫岩を使って地面の中に逃げて安全を確保。風で上に上げられるので落ちず、辻神の方も安全。
「ぶわあああああああああああああぁああああっ!」
しかし、木の上にいた秀一郎に直撃。一撃くらった瞬間、彼の体は木から転げ落ちた。
「よし。山姫、もういいぞ。ロープをくれ、手足を縛る」
終わった。加減はしたので、命に危険はない。手足を縛られた秀一郎を後部座席に乗せ、辻神が運転席に、山姫が助手席に乗り込む。
「【神代】の本部に連れてくれば、誰が裏で糸を引いているのかすぐにわかるはず!」
「この分だと、行方不明……というより孤児院から脱走した子たちは、全員霊能力者になったってこと? そういう認識でいいんだよネ?」
「だな」
もう捜索の目的を、保護から確保に変えなければならない。
「まだ不明なこともたくさんあるんだ。まずはコイツを尋問し、暴く!」
だが、高速道路に入った時にそれは起きた。
突然、ドガッという音が後ろからしたのだ。
「な、何だ?」
「あっ!」
後ろを振り向いた山姫が気づいた。
秀一郎が、車内で木綿を使ったのだ。無理矢理木を伸ばしたので、それが車を突き破った音だったのである。
「ブレーキ、ブレーキ踏んで!」
「路肩に今、停める!」
焦ってしまい、ガードレールにぶつかる。それを確認すると秀一郎は、
(逃げるには今しかない!)
鬼火を使った。それで手足を縛るロープを焼き切ったのである。
「コイツ……!」
辻神は電霊放を撃ち込もうとしたが、できなかった。何故なら秀一郎が、車に点火したからだ。
「お、おい……」
「危ないワ、辻神!」
反射的に礫岩を使い、辻神を掴んでコンクリートを突き破って地面の下に潜る山姫。直後にガソリンに引火し自動車が爆ぜる。少し離れた場所から、地面の下から出て来ると、
「も、も、も、燃えている………。【神代】から借りた車が、コゲコゲコゲ……」
おまけに秀一郎の姿もない。多分、爆発に乗じて高速道路の外に逃げたのだろう。
「ぐぐ、しまった。油断した……。身体検査をしておくべきだったか!」
「仕方ないヨ。まさか種を持ち込んでいるとは、わからなかったもん」
満にこのことを謝りながら伝えると、
「そうか。それは残念だった。だが落ち込むんじゃない、収穫はあったんだろう? 一旦こっちに戻って来てくれ」
現状を整理するために戻って来るよう指示が出る。
秀一郎は自分の出生について、辻神に喋っていた。
「落胤ってヤツか……」
抱える闇は相当なものだろう。話を聞いていたら、同情心が湧き出るほどだ。
「だが……。それが、他人を攻撃してよい理由にはならない」
「そういうことを言うところが、偽善者なんだよ」
正しいことは誰にでも言える。それこそ悪魔のような人間にでも。
「あんたも本当は違うんだろう? 復讐したい、報復したい、反逆したい……。そういう欲を感じるぜ。でも理性で無理矢理抑え込んでる。本当の自分はどうだ? 見失ってないか?」
精神攻撃とも取れる言葉を、秀一郎は辻神にぶつけた。
「なあ、考えてみろよ? 自分の心に嘘を吐いてまで、【神代】のために働くのか? あんたの先祖はそんなことを望んで、死んでいったのかよ?」
「言いたいことはわかる。だがな小僧、自分を優先してはいけないのが社会ってものだ」
「フン! またそう言って、正しいフリをしやがるか!」
言葉による攻めが効かないと判断したら、霊障で攻撃だ。
「くらえ、鬼火!」
「素人だな……」
「んだと?」
火炎放射に対し、辻神はドライバーを向け電霊放を撃つ。すると炎がかき消される。
「な、何……? どういうことだ?」
「電気は炎に干渉し、中和し、そして無効化する! その鬼火は私には届かない」
「クソ! アイツ、肝心なことを教えなかったのか!」
「その……アイツ! とは、誰のことだ?」
「バーカ! 教えるワケないだろう、偽善者のあんたに!」
鬼火が通じないとわかるや否や、秀一郎は他の霊障を使うと決めた。
(毒厄ってのは強力なんだよな。決まればアイツぐらい、さっきの女みたいに一発で落とせる! さあ近づいて来いよ!)
しかしそれは辻神も同じこと。仲間に毒厄使いがいるためにその厄介さは把握済みだ。
(近づくのは危険だ。ここは電霊放で攻める! 秀一郎の霊障は、鬼火、鉄砲水、木綿、毒厄だ。合わさると面倒だな、ここは相手のテンポにさせない)
懐から電池を取り出し、電霊放を帯びさせて投げた。
「当たるかよ!」
しかし見えている上に予想が簡単な動き。余裕を持ってかわされる。
「さて……」
この時の秀一郎は、ポケットから植物の種を取り出そうとしていた。だが、
「どうだ!」
また、辻神が電池を投げてきたので避ける。
(また! 当たらないのに無意味なことを!)
十個も二十個も豆撒きのように投げつけられると、避けるので手いっぱいだ。
(そうか! コイツは当てる気がないんだ。俺に、木綿を使わせないために……)
思惑に気づいた瞬間、秀一郎は鉄砲水を繰り出した。
「………」
今度は辻神が回避をする番だ。濡れてしまうと自分の体に電気が逆流してしまう。
「今だ!」
種を一気に樹木に成長させ、辻神に向ける。彼は横に逃げてかわすが、直後に枝が鞭のように伸びて辻神の腕を捉えた。
「捕まえたぞ!」
「どうかな?」
ここは旋風を使う。植物の枝くらい簡単に切り裂ける風だ。
「こ、コイツ……! そう言えば使っていたな…!」
「くらいな……」
ドライバーを向けて電霊放を撃った。
「ぐわぁっううお!」
足に直撃。秀一郎が避けようとしたのではなく、最初から辻神が足を狙っていた。
(く、クソ! 電気風呂よりも痺れる! 足が思うように動かせない……)
麻痺のせいで膝が勝手に折れ曲がって地面に崩れ落ちる。
「勝負あったな、秀一郎……」
「まだ、終わっていない! この痺れが取れれば!」
再び動けるようになれば、勝負は振り出しだ。
「……とでも、言いたいのか? 動けないおまえは私にとって、的でしかない。まさかこのまま、見ているだけだと思うのか?」
「…!」
秀一郎を確保する。それは捕まえて【神代】の本部まで連れて行くことだ。その間に相手が暴れる可能性が高い。だから、気絶させる。
「もう一発、おまえに叩き込む。そうすればおまえはもう意識を保ってはいられまい。その足では、避けることすら叶わないだろうな」
「言ってくれるじゃないか、偉そうに!」
実はこの時、秀一郎には逃げる手段が一つだけあった。それは毒厄を自分に使うことだ。足が動かせないのは痺れのせい。毒厄を足に打ち込んで、感覚神経を一時的に鈍感にさせれば、麻痺を無視して強引に筋肉を動かすことが可能だ。
「うおおお!」
しかし今の彼には、それが思いつけない。逆に種を地面の上に置き、成長させる。
「む!」
その木のてっぺんに掴まって、上に逃げる。
(木の上で麻痺をやり過ごし、回復してから木々を伝って逃げる、というわけか…)
同時に秀一郎は鉄砲水を上から放水した。
(さっき、避けていた! …ってことはアイツにとって鉄砲水は、くらいたくない霊障ってことだ!)
その線は当たっている。辻神は水がかからないよう後ろに下がった。
「どうだ、馬鹿野郎! もうそろそろ足の自由が利くぜ! このまま逃げてやるさ!」
「おまえ……。まさかここから、脱出できると思ってないよな?」
「んあ?」
「上に逃げた時点で、おまえはもう詰んでいる」
「何を強がって……!」
ブラフではない。辻神からすれば、上に逃げた秀一郎はやはりただの的だ。
「よいしょっと!」
突然、地面の下から山姫が現れた。
「よくやったぞ、山姫! 私がさっき投げた電池を全部回収してくれたか!」
「電池……?」
さっきは帯電していた。今は山姫が持っているので、ごく普通の電池だ。
「まだわからないようだな? 私は電霊放と旋風が使える。そして電霊放は電池から稲妻を吐き出させることができるし、その風は電池程度なら容易に持ち上げられる」
「……まさか!」
霊障合体・風神雷神だ。これが決まればもう秀一郎に勝ち目はない。
「う、嘘だ! 俺が負ける……? 偽善者のお前に、敗北するなんてあり得ない!」
「ところで……おまえには矛盾していることがある。自分でも気づいてないみたいだが……」
「何だよ?」
辻神は言う。
「行方不明者になっているはずのおまえが霊能力者になっているということは、誰かが何かしらの方法を使っておまえに霊能力を与えたということ」
「それの何がおかしいってか?」
「でもおまえは、人のことを信じていないはずだ。さっきも言っていたじゃないか? そんなおまえが、誰かの指示で動いているのはどうしてだ?」
「……うっ!」
それは明らかに変。普通なら、秀一郎は正夫や豊次郎の提案に乗りもしないはずだ。
「違う! 俺が霊能力者になったのは、強さを求めたからだ!」
「何が違うと言うのだ? 事実、誰かの頼みでここに戻ったんだろう?」
「……」
反論できない秀一郎。さらに辻神は、
「しかもおまえ、自分は生まれてくることすら望まれなかった、と叫んでいた。だが本当にそうか?」
自分の意見を述べる。
「どんな生き物だって、生きているのには理由がある。生まれた直後に死んでも、天寿を全うしても、だ。生きる意味を探すのは当然のこと」
誰にだって、役割がある。そして生まれた生き物は、その役割を求め果たそうとしている。これは動植物関係ない。
「意味のない命など、この世には存在しない!」
「うるせえ! 勝手に説教垂れてんじゃねえ!」
「自分の出生を知って悲しむのは理解できる。だが、もしも私がおまえだったら……すぐに立ち直れたはずだ。今こうして自分という存在がいるんだ、だから何か、生きている間にできることを探す。望まれなかった命であったとしても、生きているのはその子供だ。どんな人生を歩もうが、自分で決めること。他の誰かに指示されることじゃない」
例え親がいなくても、将来は自分で描くべきだと彼は説く。
「それをおまえは……自分の不幸は全て出生のせいにして、生きる意味を探そうとしない! 言い換えるならおまえはまだ、生まれてこれていない!」
しかし秀一郎にはそれができていない。彼はさっき、自分の出生について辻神に言っていた。それは彼も非常に残念だと思うレベルの悲惨さだ。だが、それをバネに頑張れていない秀一郎は、精神的な産声すら上げれてない。
「黙れ、偽善者がぁっ!」
たまらず秀一郎が叫んだ。
「偽善者か……。それはおまえのことじゃないのか?」
「違うに決まっているだろ! 俺が偽善者? いいや、俺には偽りの善意なんて、ないんだよ!」
「いや、違う」
辻神は言った。
「周囲の人たちは、おまえのことを悪く言っていなかった。それはつまり……おまえは上っ面だけを取り繕って生活していたということ! その特殊な出生を知ってしまえば、配慮しようと誰もが考える。それをおまえは受け取っていたから、悪評がなかった。表面上は良いヤツだったんだろう?」
「ぐっ!」
図星である。
他人のことを信じられなくなった秀一郎だが、トラブルを起こさないためにも、いかにも自分は過去と真剣に向き合っている風を装っていた。そして孤児院の職員や他の子供たちから心配されれば、それを素直に受け入れる。
もし自分のことだけを本当に考えているのなら、周りからは自分勝手なヤツという評価が下されるだろう。そうではないということは、表面上の付き合いだけは最低限あったということだ。そしてそれは他の誰かのためではなく、自分のため。
「もう時間だ。山姫、電池を投げろ!」
「それっい!」
宙を舞った電池一つに辻神は電霊放を撃ち込む。そうすることで電池から他の電池に向かって電流が伸び、電気でできた金色の網目を構成。ここに旋風を混ぜて上に吹き飛ばす。
「霊障合体・風神雷神!」
山姫は礫岩を使って地面の中に逃げて安全を確保。風で上に上げられるので落ちず、辻神の方も安全。
「ぶわあああああああああああああぁああああっ!」
しかし、木の上にいた秀一郎に直撃。一撃くらった瞬間、彼の体は木から転げ落ちた。
「よし。山姫、もういいぞ。ロープをくれ、手足を縛る」
終わった。加減はしたので、命に危険はない。手足を縛られた秀一郎を後部座席に乗せ、辻神が運転席に、山姫が助手席に乗り込む。
「【神代】の本部に連れてくれば、誰が裏で糸を引いているのかすぐにわかるはず!」
「この分だと、行方不明……というより孤児院から脱走した子たちは、全員霊能力者になったってこと? そういう認識でいいんだよネ?」
「だな」
もう捜索の目的を、保護から確保に変えなければならない。
「まだ不明なこともたくさんあるんだ。まずはコイツを尋問し、暴く!」
だが、高速道路に入った時にそれは起きた。
突然、ドガッという音が後ろからしたのだ。
「な、何だ?」
「あっ!」
後ろを振り向いた山姫が気づいた。
秀一郎が、車内で木綿を使ったのだ。無理矢理木を伸ばしたので、それが車を突き破った音だったのである。
「ブレーキ、ブレーキ踏んで!」
「路肩に今、停める!」
焦ってしまい、ガードレールにぶつかる。それを確認すると秀一郎は、
(逃げるには今しかない!)
鬼火を使った。それで手足を縛るロープを焼き切ったのである。
「コイツ……!」
辻神は電霊放を撃ち込もうとしたが、できなかった。何故なら秀一郎が、車に点火したからだ。
「お、おい……」
「危ないワ、辻神!」
反射的に礫岩を使い、辻神を掴んでコンクリートを突き破って地面の下に潜る山姫。直後にガソリンに引火し自動車が爆ぜる。少し離れた場所から、地面の下から出て来ると、
「も、も、も、燃えている………。【神代】から借りた車が、コゲコゲコゲ……」
おまけに秀一郎の姿もない。多分、爆発に乗じて高速道路の外に逃げたのだろう。
「ぐぐ、しまった。油断した……。身体検査をしておくべきだったか!」
「仕方ないヨ。まさか種を持ち込んでいるとは、わからなかったもん」
満にこのことを謝りながら伝えると、
「そうか。それは残念だった。だが落ち込むんじゃない、収穫はあったんだろう? 一旦こっちに戻って来てくれ」
現状を整理するために戻って来るよう指示が出る。