第4話 補充要員 その2
文字数 3,410文字
広場に位置した二人。向かい合う緑祁と刹那の間には、遮蔽物はない。
「先手、必勝――」
先に動いたのは刹那だった。腕をクロスして風を起こした。
「うわっ?」
勢いのある空気の動きが、緑祁の体を押し出した。
「と、突風 が!」
さらに追撃だ。強い風が緑祁を飲み込む。吹き飛ばされそうになった彼は、抵抗して旋風を送り出した。だが、それは突風に弾かれて明後日の方向に散った。
(ヤバい…。こういう霊能力が、彼女にはあるんだ……! こんなに風が強いと、鬼火も無駄だ…。でも、鉄砲水は?)
旋風が通じないことはもうわかった。そして鬼火もかき消されるだろう。だが水なら、相手に届く可能性がある。それにかけ、緑祁は右手の指で銃を作りその先端から放水した。
「荒れ狂う嵐は、雨を横殴りにする。水の動きは、風には抗えない――」
しかし刹那の言う通り、突風が吹けば鉄砲水は軌道を変えられ、彼女には届かない。
「なるほど……」
鉄砲水も通じない。これは非常にマズい状況である。だが緑祁は勝負を諦めない。
(何事であれ、諦めなければ必ずゴールにたどり着ける。例えそれがイバラの道でもだ。ここで刹那に負けるようじゃ、僕は香恵を守れないし修練にも勝てない!)
彼の使える霊障は、たったの三つ。鬼火か旋風か鉄砲水か。それら全てが、刹那の放つ突風に阻まれるというのに、他の活路を見い出そうとしているのだ。
「長引かせるのは、愚策。戦いの一幕は短く簡潔に。それこそ刹那の一瞬であることが望ましい――」
状況が長引けば、相手は逆転の一手を見つけ出すかもしれないということは、刹那も考えている。だから彼女はリードしている今がチャンスと考える。
風は、刹那の前にのみ吹き荒れるとは限らない。追い風を後ろに吹かせ、風に乗って距離を縮め、そのまま勢いよく緑祁を投げ飛ばす。勝利の方程式を導き出した瞬間には、既に刹那は動き出していた。
(これだ…!)
その動きを見た瞬間、緑祁も閃いた。何と後ろに向けて、鉄砲水を手のひらから繰り出したのである。指先の時とは威力が違い、足が持って行かれそうなほどだ。そして自分から足元を崩した。
「――!」
刹那はこれを見て、緑祁の企みを看破した。勢いのある体当たりだ。正面からぶつかろうとしているのだ。
これが、動いていない状況で仕掛けられたのなら何かしら対策ができただろう。だがもう刹那は風に突き動かされている。自分の足では止まれない。だから向かい風を繰り出した。
「今だ!」
その風に、緑祁は乗る。鉄砲水の反動もあって、速い。
「うおおっ!」
刹那は立ち止まることができたが、直後に緑祁の体が突っ込んできた。受け止めることはできず、彼女の体は地面に倒れた。
「ふ、不覚……。自ら育てた犬に噛まれるとは、このことか――」
自分が起こした風のせいで、余計な力がこれに加わってしまった。
「よ、よし!」
一転し、有利になった緑祁。彼は上手く着地できたので、刹那を見下ろす感じだ。
「じゃあ、羽根をもらうよ。僕の勝ちだ」
「勝利は譲らない。我に敗北は訪れない。ここで負けるさだめではないのだ――」
往生際の悪いことに、刹那は自分の肩の羽根を突風で天高く飛ばした。当然緑祁が背伸びしても届かない。
「今のは、卑怯じゃないの?」
緑祁は絵美の方を見た。すると、
「自分のを引っこ抜いちゃダメってルールは特に設けてないわね……。安全地帯に移動させる……いい一手だわ!」
衝撃的な解答が。
「………」
呆れて何も言えない緑祁だった。
「敗北という闇に飲まれるのは、汝……。我の勝利は動かせぬ、この世の理に決められたこと――」
立ち上がると同時に、刹那は緑祁の羽根に手を伸ばす。
「だったら、僕にも考えがあるよ」
その手を掴んで止め、もう片方の手で自分の羽根を握ると緑祁は、それを燃やした。
「――?」
鬼火だ。手で覆えば風に邪魔されないので、簡単に燃やすことができた。
「これで、僕の敗北も消えた…! そっちが奪うはずの羽根は、もう焼け落ちて灰に変わったんだ。こういうことをしてはいけない、とは言われてないよ?」
屁理屈に対し、難癖で返す緑祁。だが、
「上手い機転だわ」
香恵はその発想を褒めた。彼女の隣にいた絵美は、文句を言えない。さっき自分で、特に問題ないことを宣言してしまったためだ。
「……小賢しいことしちゃって! なら、仕切り直しだわ! 新ルールで違う勝負にしましょうね!」
その発言を聞き、
「予期せぬ結末。故に逆らえぬ。我らの勝負は次に持ち越され、そこで雌雄が決する――」
刹那は腕を下ろし後ろに下がった。
が、
「その必要はないよ?」
緑祁は言った。
「はあ? だって刹那の羽根は天に昇ってるし、あんたのは燃やしちゃったでしょう? この勝負を続けることはもう不可能な……?」
すると緑祁、上空を飛ぶ羽根目掛けて鉄砲水を放つ。小粒の水だったが、羽根を濡らすには十分だ。そして水に濡れた羽根は、重くなって徐々に落ちてくる。数秒後には、緑祁の手に着地した。
「どうだい? 僕がそっちの羽根を先に取ったよ?」
「な、な? え、でも……?」
突然の出来事に理解が追いついてないのか、絵美は言い訳を探している。
「これは、もう勝負あったわね」
させずと、香恵が言う。
「ええ? でも、今のは…?」
「ルール上、問題ないわ。緑祁の勝利よ。違うかしら?」
言い負かされた絵美は、渋々頷いた。刹那も素直に負けを認めた。
「協力する、ですって?」
絵美と刹那が言われたこと、それは共闘だ。
「そちらも戦力として申し分ないことは十分わかったわ。四人でかかれば修練を倒すことぐらいできるはずよ」
そもそも二人は、緑祁と香恵だけでは問題を解決できないと判断した【神代】が寄越した人員。だから一緒に事に当たるのは、変な話ではない。
だが、
「遠慮させてもらうわ」
絵美はその話を断った。刹那も、
「我らに味方は必要。しかし、我らが一方的に勝つ結果が欲しい。協力することは勝利に近づく近道。しかし偉人は言う、急がば回れ。遠回りも時には有効だ、と――」
同じ意見である。
これは、先ほどの勝負に負けたからその腹いせに拒否しているのではない。人数が多い方が有利であることは、二人も十分理解している。
「【神代】の中で名前を大きくしたいのは、誰しもが思っていることよ? 四人よりも二人、の方が評価が高くなるわ。加えて、【神代】は私と刹那だけで十分って判断したのよ?」
それに、プライドの問題でもある。絵美も刹那も、自分たちだけで修練を捕まえることができると考えているし、そうすべきとも思っている。だから断るのだ。
「そう……。それは残念ね」
彼女らの意志は固い。だから香恵の方が折れた。
「お互い、求めるものは同じでしょう? 修練を捉えることがゴール。となると、行き着く先も一緒だわ」
力を合わせることには至らなかったものの、緑祁と香恵、絵美と刹那の目的は同じだ。
「僕も、その方がいいと思う」
ここで緑祁も意見する。
「修練は、僕と香恵のことを狙っている……蒼の話が本当ならね。そうなると僕らは修練に睨まれて動けなくなることも起こり得るよ。その時、絵美と刹那が一緒だったら意味がないんだ。逆に別行動をしていれば、僕らの状態に関係なく動ける……」
要は、注意を引きつける役目であるのだから、前情報のない絵美たちがその隙を突くことができるということ。
「なら、決まりね」
香恵が決断を下した。
結局、絵美と刹那は緑祁たちから詳しい情報を聞いただけでホテルに戻った。
「これで、良かったのかな?」
「そういう意味かしら?」
二人の背中を見ていて緑祁が言い、香恵が反応した。
「やっぱり、力を合わせるべきだったかもって。後悔することになるかもしれないんだよ?」
彼の心配は十分理解できる。だが香恵は、
「大丈夫よ。彼女たちは仲間。それがハッキリしただけでも十分な収穫だわ」
彼の心のモヤを取り除いてやる言葉をかけた。
これから、修練はどう動くのか。配下の霊能力者が何人いて、それがどう仕掛けてくるのか。わからないことだが、緑祁には戦う理由も、勝つ自信もあった。
「僕は負けないよ。修練が僕と香恵を狙うって言うのなら、必ず勝ってみせる。香恵を守ってみせる!」
そう言うと香恵はニッコリ笑って、
「ありがとう。見かけによらず頼もしいわね、緑祁…」
と言い、優しく肩を叩いた。
「先手、必勝――」
先に動いたのは刹那だった。腕をクロスして風を起こした。
「うわっ?」
勢いのある空気の動きが、緑祁の体を押し出した。
「と、
さらに追撃だ。強い風が緑祁を飲み込む。吹き飛ばされそうになった彼は、抵抗して旋風を送り出した。だが、それは突風に弾かれて明後日の方向に散った。
(ヤバい…。こういう霊能力が、彼女にはあるんだ……! こんなに風が強いと、鬼火も無駄だ…。でも、鉄砲水は?)
旋風が通じないことはもうわかった。そして鬼火もかき消されるだろう。だが水なら、相手に届く可能性がある。それにかけ、緑祁は右手の指で銃を作りその先端から放水した。
「荒れ狂う嵐は、雨を横殴りにする。水の動きは、風には抗えない――」
しかし刹那の言う通り、突風が吹けば鉄砲水は軌道を変えられ、彼女には届かない。
「なるほど……」
鉄砲水も通じない。これは非常にマズい状況である。だが緑祁は勝負を諦めない。
(何事であれ、諦めなければ必ずゴールにたどり着ける。例えそれがイバラの道でもだ。ここで刹那に負けるようじゃ、僕は香恵を守れないし修練にも勝てない!)
彼の使える霊障は、たったの三つ。鬼火か旋風か鉄砲水か。それら全てが、刹那の放つ突風に阻まれるというのに、他の活路を見い出そうとしているのだ。
「長引かせるのは、愚策。戦いの一幕は短く簡潔に。それこそ刹那の一瞬であることが望ましい――」
状況が長引けば、相手は逆転の一手を見つけ出すかもしれないということは、刹那も考えている。だから彼女はリードしている今がチャンスと考える。
風は、刹那の前にのみ吹き荒れるとは限らない。追い風を後ろに吹かせ、風に乗って距離を縮め、そのまま勢いよく緑祁を投げ飛ばす。勝利の方程式を導き出した瞬間には、既に刹那は動き出していた。
(これだ…!)
その動きを見た瞬間、緑祁も閃いた。何と後ろに向けて、鉄砲水を手のひらから繰り出したのである。指先の時とは威力が違い、足が持って行かれそうなほどだ。そして自分から足元を崩した。
「――!」
刹那はこれを見て、緑祁の企みを看破した。勢いのある体当たりだ。正面からぶつかろうとしているのだ。
これが、動いていない状況で仕掛けられたのなら何かしら対策ができただろう。だがもう刹那は風に突き動かされている。自分の足では止まれない。だから向かい風を繰り出した。
「今だ!」
その風に、緑祁は乗る。鉄砲水の反動もあって、速い。
「うおおっ!」
刹那は立ち止まることができたが、直後に緑祁の体が突っ込んできた。受け止めることはできず、彼女の体は地面に倒れた。
「ふ、不覚……。自ら育てた犬に噛まれるとは、このことか――」
自分が起こした風のせいで、余計な力がこれに加わってしまった。
「よ、よし!」
一転し、有利になった緑祁。彼は上手く着地できたので、刹那を見下ろす感じだ。
「じゃあ、羽根をもらうよ。僕の勝ちだ」
「勝利は譲らない。我に敗北は訪れない。ここで負けるさだめではないのだ――」
往生際の悪いことに、刹那は自分の肩の羽根を突風で天高く飛ばした。当然緑祁が背伸びしても届かない。
「今のは、卑怯じゃないの?」
緑祁は絵美の方を見た。すると、
「自分のを引っこ抜いちゃダメってルールは特に設けてないわね……。安全地帯に移動させる……いい一手だわ!」
衝撃的な解答が。
「………」
呆れて何も言えない緑祁だった。
「敗北という闇に飲まれるのは、汝……。我の勝利は動かせぬ、この世の理に決められたこと――」
立ち上がると同時に、刹那は緑祁の羽根に手を伸ばす。
「だったら、僕にも考えがあるよ」
その手を掴んで止め、もう片方の手で自分の羽根を握ると緑祁は、それを燃やした。
「――?」
鬼火だ。手で覆えば風に邪魔されないので、簡単に燃やすことができた。
「これで、僕の敗北も消えた…! そっちが奪うはずの羽根は、もう焼け落ちて灰に変わったんだ。こういうことをしてはいけない、とは言われてないよ?」
屁理屈に対し、難癖で返す緑祁。だが、
「上手い機転だわ」
香恵はその発想を褒めた。彼女の隣にいた絵美は、文句を言えない。さっき自分で、特に問題ないことを宣言してしまったためだ。
「……小賢しいことしちゃって! なら、仕切り直しだわ! 新ルールで違う勝負にしましょうね!」
その発言を聞き、
「予期せぬ結末。故に逆らえぬ。我らの勝負は次に持ち越され、そこで雌雄が決する――」
刹那は腕を下ろし後ろに下がった。
が、
「その必要はないよ?」
緑祁は言った。
「はあ? だって刹那の羽根は天に昇ってるし、あんたのは燃やしちゃったでしょう? この勝負を続けることはもう不可能な……?」
すると緑祁、上空を飛ぶ羽根目掛けて鉄砲水を放つ。小粒の水だったが、羽根を濡らすには十分だ。そして水に濡れた羽根は、重くなって徐々に落ちてくる。数秒後には、緑祁の手に着地した。
「どうだい? 僕がそっちの羽根を先に取ったよ?」
「な、な? え、でも……?」
突然の出来事に理解が追いついてないのか、絵美は言い訳を探している。
「これは、もう勝負あったわね」
させずと、香恵が言う。
「ええ? でも、今のは…?」
「ルール上、問題ないわ。緑祁の勝利よ。違うかしら?」
言い負かされた絵美は、渋々頷いた。刹那も素直に負けを認めた。
「協力する、ですって?」
絵美と刹那が言われたこと、それは共闘だ。
「そちらも戦力として申し分ないことは十分わかったわ。四人でかかれば修練を倒すことぐらいできるはずよ」
そもそも二人は、緑祁と香恵だけでは問題を解決できないと判断した【神代】が寄越した人員。だから一緒に事に当たるのは、変な話ではない。
だが、
「遠慮させてもらうわ」
絵美はその話を断った。刹那も、
「我らに味方は必要。しかし、我らが一方的に勝つ結果が欲しい。協力することは勝利に近づく近道。しかし偉人は言う、急がば回れ。遠回りも時には有効だ、と――」
同じ意見である。
これは、先ほどの勝負に負けたからその腹いせに拒否しているのではない。人数が多い方が有利であることは、二人も十分理解している。
「【神代】の中で名前を大きくしたいのは、誰しもが思っていることよ? 四人よりも二人、の方が評価が高くなるわ。加えて、【神代】は私と刹那だけで十分って判断したのよ?」
それに、プライドの問題でもある。絵美も刹那も、自分たちだけで修練を捕まえることができると考えているし、そうすべきとも思っている。だから断るのだ。
「そう……。それは残念ね」
彼女らの意志は固い。だから香恵の方が折れた。
「お互い、求めるものは同じでしょう? 修練を捉えることがゴール。となると、行き着く先も一緒だわ」
力を合わせることには至らなかったものの、緑祁と香恵、絵美と刹那の目的は同じだ。
「僕も、その方がいいと思う」
ここで緑祁も意見する。
「修練は、僕と香恵のことを狙っている……蒼の話が本当ならね。そうなると僕らは修練に睨まれて動けなくなることも起こり得るよ。その時、絵美と刹那が一緒だったら意味がないんだ。逆に別行動をしていれば、僕らの状態に関係なく動ける……」
要は、注意を引きつける役目であるのだから、前情報のない絵美たちがその隙を突くことができるということ。
「なら、決まりね」
香恵が決断を下した。
結局、絵美と刹那は緑祁たちから詳しい情報を聞いただけでホテルに戻った。
「これで、良かったのかな?」
「そういう意味かしら?」
二人の背中を見ていて緑祁が言い、香恵が反応した。
「やっぱり、力を合わせるべきだったかもって。後悔することになるかもしれないんだよ?」
彼の心配は十分理解できる。だが香恵は、
「大丈夫よ。彼女たちは仲間。それがハッキリしただけでも十分な収穫だわ」
彼の心のモヤを取り除いてやる言葉をかけた。
これから、修練はどう動くのか。配下の霊能力者が何人いて、それがどう仕掛けてくるのか。わからないことだが、緑祁には戦う理由も、勝つ自信もあった。
「僕は負けないよ。修練が僕と香恵を狙うって言うのなら、必ず勝ってみせる。香恵を守ってみせる!」
そう言うと香恵はニッコリ笑って、
「ありがとう。見かけによらず頼もしいわね、緑祁…」
と言い、優しく肩を叩いた。