第10話 因果応報の結果 その3

文字数 3,270文字

「大丈夫なの、骸!」

 息も絶え絶えだが、希望を捨ててはいない瞳をしている。

「起こす相手が、違うぜ……! 朱雀だ、朱雀の慰療……!」

 言われてハッとなる絵美と雛臥。既に刹那は行動に移しており、何とか朱雀の意識を取り戻させた。

「んん、なんじゃ? って、ええええええ? 何が起きておった?」

 敦子が消えたので、必然的に魂械も効力が消える。だから範造の肩と雛臥の胸に正体不明の傷があるように感じたのだ。

「すぐに治すべし! 命危うし、特に骸!」
「わかった。ではすぐ!」

 何とか重症化しない内に傷を治せたようだ。

「しかしじゃ、疲労までは回復できんぞ……?」

 朱雀は範造や雛菊の傷も治すと、姉たちの手当てもした。でも感じた痛みや失ったエネルギーは戻って来ない。慰療で治せるのは損傷だけで、それこそ形を元通りにするだけなのだ。

「これでいいぜ。あとはこの部屋! ここに蛭児が、いる!」

 十人はそのドアの前に並んだ。すると絵美が、

「範造と緋寒たちは、手を出さないでくれる?」
「何故じゃ? みんなで行けば確実であろう?」
「俺たちが原因を作ったんだ。俺たちだけでケリをつけたい!」

 感情論が返事だった。でも緋寒は、文句なし。ここまで来たのは彼ら四人の気高き覚悟と、相手を捕まえる執念のおかげだ。自分たちがトリを取ってしまっては、事件を解決できても納得できないだろう。蛭児を直接捕まえる役は、絵美たち四人が一番相応しい。

「よいぞ。ただし、逃がすな!」

 廊下を塞ぐように、範造と雛菊が立った。そしてドアを囲むように皇の四つ子が立つ。

「では、行くのじゃ! 今のそなたたちなら、この扉の向こうのどんな困難にも立ち向かえる!」

 激励を送ると、絵美がウインクして答える。

「開ける……わよ!」

 そして扉を勢いよく開いた。
 結構広い部屋の中には、いた。蛭児が。それともう一人、雰囲気から察するに死者がいる。

「まさか、襲撃者は君たちだったとはね。驚いた。【神代】に拘束されていると思ったが、そうじゃなかったのかやはり……」

 言葉の抑揚に、罪悪感はまるでない。だから、

「よくも騙したな、蛭児ぉおおおお!」

 骸が雄叫びを上げてキレた。

 全てがこの男のせい。そう言うと責任転嫁しているように聞こえなくもないが、事実なのだ。蛭児が嘘の依頼を出さなければ、蜃気楼を使って騙さなければ、骸たちは慰霊碑を破壊することはなかった。それがなければ蛭児も禁霊術を犯すこともなかったはず。そうなると、死者を穢すことにも繋がらなかったことになるし、浄化された呪いの谷に悪の瘴気を漂わせることも起こらない。

「懺悔……詫びる覚悟は決まってんだろうな、蛭児!」
「おいおいそう怒鳴るなよ、うるさいじゃないか」

 蛭児と一緒にいるもう一人…國好が喋った。

「誰だい君は? 僕らの問題に入って来ないでくれ!」
「そう言うな。お前たちは【神代】だろう? だったら、俺も怒鳴りたいんだが」

 國好の怒りは計り知れない。何故なら彼は、『ヤミカガミ』を作った内の一人で、創設者だからだ。自分が作った組織を潰した【神代】が憎いに決まっている。

「よくもやってくれたよな? 俺の子供たちの血を、断ち切ってくれたな?」

 ここで、骸は自分の口に手を当てる。

(焦るな! これはコイツの作戦……! ワザと俺たちを煽ることで、攻撃を仕掛けさせようとしているんだ。となると霊障は、カウンターができる呪縛か? なら、呪いの依り代はどこだ?)

 それを探す。依り代さえ叩き落としてしまえば、呪縛は怖くも何ともないのだ。しかしそれが見つからないし、國好も取り出すような動きをしない。

「問答、無用――!」

 しびれを切らした刹那が、突風を彼にけしかけた。國好は後ろにのけ反ったが、体が吹っ飛んだのは彼女の方だった。

「何……? 呪縛じゃないのか…?」

 雛臥も骸と同じ推理をしていたが、困惑する。今の國好は、手ぶらだ。なのに刹那の攻撃を跳ね返したのである。

「ひょっとしてこれ……。噂に聞く、呪怨(じゅおん)……?」

 それは呪いの中でもかなり悪質な霊障。呪縛の上位互換である。普通は人を呪う時、依り代を用意する。しかし呪怨ならいらない。自分の体がそれに代わるからだ。だから國好への攻撃は、そのまま自分への呪い攻撃になる。

「【神代】ではそんな名前をつけているらしいじゃんか。気に食わない……。でもいいか、俺の時代では、名前はなかったんだし」

 國好が自分の腕を爪で引っ掻く。するとそれが絵美、骸、刹那、雛臥にも反映される。痛みが腕に走った。

「これが、呪怨……!」

 避けようがない霊障だ。同時に攻撃の仕掛けようもない。もしも重傷を負わせることになったら、それがそのままこちらに降り注ぐ。

「さあどうした? 詠山の息がかかった者、その末裔たちよ? 俺を倒す意気込みはどこに飛んで行ったのだ? さっきまでのやる気は? おいおい、どうしたんだ?」
「やってくれるじゃないの…!」

 確かに呪怨は厄介だ。でも必ず突破口はある。攻撃を呪いで跳ね返すとは言っても、ダメージからは逃れられないのだ。だから損傷を与えればちゃんと傷つく。

(問題。それはこの死者をあの世へ送り返すには、死なせなければいけない。にも関わらず、それをすれば誰かの命が呪怨で奪われてしまう点である――)

 國好を倒した時、それは呪怨でダメージが跳ね返され、手を下した者も死ぬ時。
 だから呪怨は厄介極まりないのだ。

「どうする、雛臥? お前の業火、使うな! お前まで焼け死んでしまう……」
「わかってるけど、どうやって攻略するんだいこれは?」

 与える攻撃が強ければ強いほど、その分跳ね返るダメージも大きい。だから四人は手が止まる。

「なんだよ。この世を牛耳っている【神代】というのに、俺に手も足も出せないのか? 随分と弱くなったんだな、霊能力者も時代の流れで」
「うるさいぞ、お前! 呪怨を使って卑怯な攻撃するくせに!」
「ヒキョウ? 聞いて呆れる。卑怯なのは【神代】だろう? 言うことを聞け、さもなければ殺す。詠山が確かに言ったらしいぞ? 自分が中心となる組織を作りたいがために、反対意見は皆殺し。これがいやらしくなくて、何て言う?」

 國好は自分の霊障を正当化した。それは正しい。悪い霊障なぞ、誰にも決められない。霊障は霊能力者に与えられた個性。だから間違っている霊障は、この世にもあの世にも存在しない。

「だから、何よ?」

 絵美は怒った声で言った。

「ほう?」
「蘇らせてもらった、過去の人間のくせに! 今を生きる人を侮辱するの? 生き残れなかったのは【神代】に滅ぼされたんじゃなくて、負ける程度の実力しかないのに【神代】に従わなかったから……時代の変化についていけなかったからでしょう? そういう組織を作ったのが、あなたよ!」
「俺がおかしい、と? はあ、答えに期待はしてなかったが、ここまでとはな……。生きるだけしか能がないお前たちと違って、俺たちは」

 絵美と國好の会話はこれ以上なされない。それぞれの持つ思考や価値観が違うせいで、かみ合わない。それに絵美は別のことに時間を費やしたかった。

(どうにか呪怨を突破する方法を考えないと……)

 皇の四つ子や範造に協力してもらうか? いいや駄目だ。彼女らがいても相手の霊障を突破できるとは限らないし、だいいちこの死者を倒し蛭児を捕まえることは自分たちだけでやると決めた、その覚悟にも反する。
 相手の弱点をどう探ろうかと思った時だ。突然、足に痛みが走った。

「呪怨に勝てるわけがない。國好、少し我慢してくれ」
「【神代】を滅ぼすためならどんな痛みにだって耐えられる」

 蛭児が國好にボールペンを貸すと、彼はそれで自分の足を刺したのだ。その痛みが四人に来る。

(自分で傷つける場合は、私たち四人に反映される! でも、誰かが危害を加えた場合はそうじゃないわ! さっき刹那が突風をしたけど、吹き飛ばされたのは刹那だけだった!)

 だから、仮に絵美が國好を攻撃しても刹那にダメージは行かない。自分へだけだ。それが突破口になるか?
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