第6話 科学は敵 その2

文字数 3,544文字

[クウシン]の相手は[メガロペント]だ。空中を縦横無尽に飛び回る二体の式神は、戦いの場を空に決めた。

「ウルルルル……」

 風は[クウシン]の味方をしてくれる。そして[メガロペント」の高周波は式神には通じない。だから任せて大丈夫という信頼があった。現に既に上空には竜巻が発生しており、相手を飲み込もうと動いているのだ。

「キウィイイイイ………」

 それを理解した[メガロペント]は、とにかく逃げることを選ぶ。素のスピードで上回っているので、普通なら追いつかれることはまずない。だが、[クウシン]には風がある。自身には追い風を、相手には向かい風を生み出すことで、無理矢理肉弾戦に巻き込むのだ。

「ウルウルウウウ…!」

 ここで[クウシン]、隠し持っていた鋭い爪で切り裂こうとする。が、[メガロペント]の強靭な顎には敵わない。逆に捕まった。

(チャンスだ…!)

 空を見上げていた骸は思わずニヤリとした。

(捕まった? 違うぞ! 自分を中心に竜巻を起こせば、相手の式神だけをバラバラにできる! やれ、[クウシン]!)

 風が向きを変え始めた。

「キ?」

 それで勘付く[メガロペント]だったが、今度は逆に[クウシン]が腕を掴んでいる。逃げられないのだ。

「もらった! まずは一体目!」

 確信し、叫ぶ骸。

 だが信じられないことが起きたのである。
 なんと[メガロペント]の口の中が突然光りだし、光線を吐き出したのだ。[クウシン]の体はそれに撃ち抜かれ、吹っ飛ぶ。

「ば、馬鹿な? 式神のチカラは一体につき一つだけのはず! あの式神のチカラは高周波……。それだけじゃないのか!」
「それがこちらの式神の決まりですか?」

 花織が冷酷な事実を告げる。

「わたくしたちの世界の式神は、チカラを二つ持っているのですが?」
「んだとっ!」

 驚いている暇はない。[メガロペント]が二発目を繰り出した。

「く、[クウシン]…!」

 避けることは容易い。だが[メガロペント]の狙いは初めから[クウシン]の体ではないのだ。光線を出せば、相手は逃げるような動きをする。その隙が欲しかったのである。光線を吐き出しながら[メガロペント]は一気に距離を詰めて、吐き終えると大顎で[クウシン]の体を挟んだ。

「ウ、ウブブ……!」

 もはや抵抗する力すら残されていない[クウシン]に、抜け出すことはできなかった。そのまま真っ二つに切られてしまったのである。同時に骸が握る三枚の札の内、一枚がボロボロに崩れる。これは、式神が破壊されたことを意味している。

「こ、こんな……。はずは……!」

 こんなにあっさりと、式神が負けたのである。

「き、気を抜くな、[キンコウ]、[ジョウド]!」

[キンコウ]は[デストルア]と対峙している。[デストルア]の吐き出す息に触れたら、生物だろうが物体だろうが、式神だろうが幽霊だろうが問答無用で破壊される。当然それを理解して[キンコウ]は振る舞う。
 大きな鉄の塊を繰り出し投げつける[キンコウ]。これを避けるために[デストルア]は後ろにジャンプした。

「オオウ!」

 その隙に[キンコウ]は後ろに回り込んで、[デストルア]の背中に殴り掛かった。が、拳は地面にぶつかった。

「ウ?」

 それは[デストルア]が第二のチカラを使ったためだ。周りに、小さくなった[デストルア]が何体もいる。危険を感じると、分裂できるのだ。そして分裂後も破壊の息は健在で、[キンコウ]を取り囲んで一気に吹きかける。

「オオオオ……」

 バラバラに砕け散っていく[キンコウ]の体。

「もう二体も失っている! あんたらに残されたのはそのデカブツだけだ!」

 久実子が言う。その通りである。骸の手には札が一枚だけで、周りにも式神は一体のみ。

「対してあたしたちの式神は三体とも健在だ。これをどうやってひっくり返す? 無理に決まっているだろう?」
「決めつけんな! まだ勝負はついてないんだぜ?」

 強がる骸。

「みっともないな、その見え透いたやせ我慢は。負けを認めた方が楽になれるってのに、頑なに認めないって……」

 しかし、骸は本気で勝負を諦めてはいない。

「いいか[ジョウド]……」

 作戦を耳打ちする。

「さあ、[メガロペント]、[デストルア]、[マグナルトン]! アイツとその式神をこの世から葬り去ってしまえ!」

 久実子が叫んだ。その時、

「待ってください久実子! 一人足りません」
「何?」

 改めて相手を見る。[ジョウド]の腰元に骸が一人。

「あ、あの炎を操る小僧がいないぞ?」

 そう。雛臥の姿がないのだ。だが彼は逃げたのではない。

(いなくなったことに気がついたか…!)

 今、花織と久実子の後ろにいる。木の陰に隠れて様子を伺っている。

(ゼロ距離で業火を使えば札も二人も焼き払える。でも今から動くと距離があって間に合わない! ここは骸が動いてくれれば……!)

 それを察知した骸は[ジョウド」に命じ、氷で攻撃を行わせる。

「ガガガッ!」

 氷柱を真正面から撃ち込んだ。

「甘いです」

 当然見え見えの動きだ。だから難なくかわされる。

(かかった! 今だ、雛臥!)

 しかし、ワザと前から放ったのだ。攻撃を行えば絶対にそっちに注目が行く。後ろから狙っている輩がいるとは思わないはず。

(行くよ……)

 足音を出さずにひっそりと近づく。そして手を広げて二人の背中に向ける。念じればいつでも業火を放射できる状態だ。もう少し近づく。

 が、

「っぶわ!」

 何もない空間から、何かが雛臥にぶつかった。

「後ろでしたか」

 花織が振り向いて指を向ける。その指先には精霊光が。

「ど、どうして……?」
「作戦はいい。相手の裏をかくのは常套手段だからな。だが、あたしの堕天闇のことを忘れていたのは落第点だ」
「な、何……?」

 何故彼の動きが発覚したのか。理由は久実子が、自分を中心に堕天闇を展開していたためだ。夜であるために影がハッキリと見えず、それに雛臥は当たってしまったのだ。

「でも、こんなところで負けてたまるか!」

 だが距離は十分。ここで雛臥は勝負に出る。両手に業火を宿し。その炎の勢いを一気に上げると、二人目掛けて放つ。

(精霊光は僕の炎には干渉しない。だから防げない! それは前に学んだ! ここで焼き払ってやる!)

 火力は十分だ。実際に行ったことはないものの、雛臥は今の威力なら人間の二、三人は一瞬で燃やせると確信している。

「でいやああああ!」

 火炎が二人を飲み込んだ。

(やった!)

 そう思ったその矢先、花織も久実子も炎を切り裂いて雛臥の目の前に現れたのだ。

「ば、馬鹿な……? この業火の中を突っ切って来るなんて……! そんなことを実行しようと思うはずが……」

 花織は精霊光を、久実子は堕天闇をそれぞれ撃ち出し、雛臥の体を十数メートル飛ばした。

「う、うぐ……」

 車にぶつかって倒れる雛臥。

「これで邪魔者はいなくなりましたね。では久実子、あっちの式神を倒してしまいましょう。……とは言っても、既に終わっている様子ですが」

 三対一ではいくらチカラがあっても敵わない。[ジョウド]は[メガロペント]、[デストルア]、[マグナルオン]の機動力に翻弄されそして、解体されてしまったのだ。

「く、くう…!」

 もはやここまで。そんな骸に二人が迫る。


「決めました」

 骸の出した金を拾いながら、宣言する花織。

「何を、一体?」
「わたくしたち、こちらの世界を変えます。科学に汚染された人間は排除して、信仰と呪術の世界を築きます」
「何を言ってるんだ、お前ら?」
「簡単なことだろう? あたしたちは科学のせいで死にかけた。そんな科学が、この世界の基本になっている。これは恐怖でしかない。あたしたちの世界はそのせいで終わりの見えない戦争が始まったんだ。この世界もいつか、終焉の時を迎えてしまうだろう」

 それは、自分勝手ではあるが彼女らなりの善意である。
 自分たちの世界が辿った道筋と同じ運命を、この世界に歩んで欲しくないのだ。ぶつかり合う思想や事象はいつか、争いを生む。それはもう避けて通ることができない決定事項。

「そんなことができると思うか! 俺たちは霊能力者ではあるが、科学の恩恵を受けている! こっちの世界の全員が同じだ! それにそんなこと、させないぞ!」
「どの口が言う? そのザマであたしたちを止められるとでも?」

 減らず口を無理矢理閉じるために久実子が堕天闇を使おうとした。

(く、ここまで……か!)

 覚悟を決めて目を瞑る骸。
 しかし、そのトドメの一撃が来ない。

「コイツ……。まだ何か隠し持っているのか!」
「えっ?」

 目を開けると、さっきまで目と鼻の先にいた二人が距離を取って、周囲を見回している。

「式神ではないですね……。多分霊能力者です」

 その時、夜空に稲妻が走った。
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