第2話 闇に染まる その3
文字数 3,197文字
すぐに緑祁の姿が炎の中から現れる。
「そこか!」
すかさず水酸震霆を撃ち込む由李。周囲の炎をかき消しながら迫る、電気を帯びた放水。
「やはりな!」
これを緑祁は待っていた。
「霊障合体・水蒸気爆発!」
自分に向かって来る水を、爆風を利用して弾き返す。どんなに勢いのある水流であっても、爆発によって生じた風には勝てなかった。
「そ、そんな……!」
「これって!」
逃げる暇がない。霊障を解くか? それをしたら、緑祁が攻撃してきた時に備えられない。
(いいや! 一人だけなら庇える!)
由李は考える、自分が盾になれば、育未か絢萌は免れるはずだ。彼女が選んだのは、
「え、ちょ……由李?」
育未だった。
「うぶっ!」
「く……!」
水を被った瞬間に、電流が自分たちの体に流された。おまけに緑祁は追撃と称して、台風と火災旋風まで投げつけていた。由李と絢萌はそれに吹き飛ばされてしまう。
「そんな! 一瞬で……。しかも、水蒸気爆発だけでこんなこと……!」
弱い方向に気持ちが流れそうになる。だが育未は、
(駄目よ、ワタクシ! 今はそんなことを考えている暇ではありませんわ! 由李と絢萌がワタクシに託してくれたチャンスを、無駄にしては駄目!)
すぐに思い直し、緑祁に向き合う。
「アナタ、後悔させてあげますわ!」
「僕に勝てると言いたいわけ? 調子に乗るなよ」
まだ、勝機はある。深緑万雷が突破されたわけではないのだから。今、育未の意思で深緑万雷を止めているが、
(ワタクシの方はもう温まってしまっているのですわよ?)
既に周囲の草木は帯電している。彼女の任意のタイミングで放電が可能だ。仮に草木が狙われたとしても、電気を吐き出させれば鬼火か鉄砲水なら防げる。旋風の場合は電霊放に干渉できないので、直接緑祁を狙う。
(さあ、どう動きますの?)
由李と絢萌の傷は無駄にはできない。先ほどの水蒸気爆発で育未は、緑祁の得意戦術を看破した。
(カウンターですわね? でしたらワタクシの方から仕掛けるのは、危険……)
だから、相手の動きを待つ。一方の緑祁もまた、育未の出方を伺っている。
隣の本殿を焼く炎はますます強くなるばかりだ。それでも育未はひたすら、緑祁の行動を待った。
だが、緑祁が待っているものは育未の攻撃ではなかった。
「え……!」
本殿の火の手がかなり大きく揺らいだ。それが育未たちの方にも伸びる。
「まさか、これを……!」
この火災は緑祁が起こしたもの。だから火事はある程度なら、緑祁が鬼火で操れる。今、それを強めたのだ。そして燃える建物をこちら側に崩したのである。
しかも彼の狙いは、育未ですらなかった。
「……!」
「うっ」
地面に伏している由李と絢萌だ。恐ろしいことに緑祁は、二人を火災に巻き込もうとしているのだ。そうなれば当然育未の行動は限られる。仲間の命を見捨てることなどできない。
「卑怯ですわ、こんなの……! 動けない相手を狙うだなんて……!」
育未は深緑万雷を使った。二人に迫りくる炎を一時的にも消すためだ。だがそれは、緑祁にとっては絶好の攻撃の隙。
「もらったよ」
火災旋風を育未に向けて放つ緑祁。
「し、深緑万雷で……!」
炎は電気でかき消すことができる。だが、残った風は無理だ。
「ひゃああああああ!」
風に吹き飛ばされる育未。しかも器用にその風は、由李と絢萌も巻き込んで火災の方に押し出しているのである。
「魂ごと、骨髄まで燃え尽きろ! この世に残すのは灰だけにしておきな!」
勝利を確信し、叫ぶ緑祁。だが一矢報いようと育未は植物の種を緑祁に向けて飛ばした。それは成長せず、かわりに電気を放出している。
「無意味なことを。霊障合体・水蒸気爆発!」
そのわずかな希望すら、爆風で弾き返してしまう。
しばらくすれば三人の体が炎に包まれていく。
「終わったね。ここには香恵はいないみたいだし、どこにいるんだろう?」
緑祁はすぐに反転し、夜の仙台の町に向かった。
だが、育未たちは死んではいない。
「頑張って、絢萌!」
「お前だけが頼りだ……!」
何とか炎の中で極光を使い、ドーム状の空間を作った。かなりギリギリだが、それで炎を遮断している。
(いつまでも息が持ちませんわ……)
だがそれもすぐに限界が来そうだ。熱までは遮れないし、換気もできない。早くこの状況から脱出しなければいけない。
ここで育未が、植物の種を地面に植える。そこから伸びる根っこを掴み、
「由李も絢萌も、これに捕まって!」
反対側……火事ではない方にも根を伸ばし、そっちに引っ張ってもらう。木綿を利用して一気に移動だ。
(でも、行き先に緑祁がいたら……)
その場合は本当に諦めなければいけないかもしれない。だが、この賭けに三人は勝った。火炎から抜け出た先に、緑祁はいなかったのだ。
「ふ、ふう……。育未、絢萌、生きてる?」
「何とかね。育未、大丈夫?」
「アナタたちこそ、無事で何よりですわ……」
肌は煤だらけで、服は一部焦げている。そんなボロボロの状態だが、何とか生き延びることができた。
岩苔大社は一晩中燃えていた。朝になってようやく消火が完了したが、本殿は全焼してしまった。不幸中の幸いか、死者は出なかった様子だ。
「育未に由李に絢萌! だ、大丈夫?」
近くの公園に避難していた香恵は、難を逃れることができた。彼女は三人と合流し、
「怪我はない? 火傷とか……。私、慰療が使えるから、治せるわ」
念のために三人の体を撫でて目に見えなかったり自覚がなかったりする怪我を治す。
「ありがとうございますわ、香恵さん」
「お礼なんていらないわ」
香恵は、育未の感謝の言葉を素直に受け取った。
「謝らないといけないことがあるよ……」
由李が言う。
「な、何を……?」
「緑祁のことだよ。あたしたち、彼を止められなかったんだ……」
「え?」
一瞬、香恵の動作が全て止まる。
「昨日の火事で、う、嘘……? 緑祁が巻き込まれてしまったの……?」
「そうじゃないわ。そもそも火事を起こしたのが、緑祁でしたわ」
「……ん? どういうこと?」
香恵は絢萌に緑祁のことを言われた際、真っ先に、
「三人を助けるために緑祁が本殿に残ってしまった、というわけではないのね?」
そういう勘違いをしていたのだ。
「じゃあ、緑祁は無事なのね?」
「そうでもない……」
詳しく説明をする。それは香恵にとってはかなり衝撃的な内容だった。
「信じられないわ……。緑祁が、放火した……?」
嘘であって欲しいと思う。だが話を横で聞いていた翔気が、
「火の手は、緑祁の客間の近くから出ていた。それにこれが霊障による放火なら、霊紋を見れば犯人がわかる」
と言う。
消防士や警察官の目を盗んで、彼は規制線の中に入った。そこで炭に変わった木片を一つ取り、
「これで調べよう。俺は緑祁の霊紋は知らないから、【神代】に問い合わせて照合してもらえばわかる……」
「ま、待って!」
しかし香恵がそれを止める。もし本当に緑祁が火をつけたのだとしたら、彼が【神代】に指名手配されてしまうからだ。
「でもよ、こんだけの被害が出てるのに……。それに肝心の緑祁はどこに行ったんだ?」
「それは、知らないわ……」
それに、庇おうにも遅いのかもしれない。一台の車が、彼女たちの前に停まった。
「大丈夫ですか?」
【神代】の人員だ。誰かが【神代】に通報し、駆け付けたのだ。
「火災現場はあっちです。これは、あそこで採取した木片だった物。霊紋が取れると思うので、提出します」
「ありがとうございます。すぐにデータベースで照合します」
事情聴取をするために、近くの予備校に香恵たちは同行することになる。
「あの馬鹿……。私の岩苔大社を消し炭にしやがって!」
「酷いよ! 結構な値段がする仏像や掛け軸があったのに!」
別の場所に逃げていた雉美と峰子は、緑祁の悪口を言いながら、【神代】の人員とは合流せずに逃げる。
「そこか!」
すかさず水酸震霆を撃ち込む由李。周囲の炎をかき消しながら迫る、電気を帯びた放水。
「やはりな!」
これを緑祁は待っていた。
「霊障合体・水蒸気爆発!」
自分に向かって来る水を、爆風を利用して弾き返す。どんなに勢いのある水流であっても、爆発によって生じた風には勝てなかった。
「そ、そんな……!」
「これって!」
逃げる暇がない。霊障を解くか? それをしたら、緑祁が攻撃してきた時に備えられない。
(いいや! 一人だけなら庇える!)
由李は考える、自分が盾になれば、育未か絢萌は免れるはずだ。彼女が選んだのは、
「え、ちょ……由李?」
育未だった。
「うぶっ!」
「く……!」
水を被った瞬間に、電流が自分たちの体に流された。おまけに緑祁は追撃と称して、台風と火災旋風まで投げつけていた。由李と絢萌はそれに吹き飛ばされてしまう。
「そんな! 一瞬で……。しかも、水蒸気爆発だけでこんなこと……!」
弱い方向に気持ちが流れそうになる。だが育未は、
(駄目よ、ワタクシ! 今はそんなことを考えている暇ではありませんわ! 由李と絢萌がワタクシに託してくれたチャンスを、無駄にしては駄目!)
すぐに思い直し、緑祁に向き合う。
「アナタ、後悔させてあげますわ!」
「僕に勝てると言いたいわけ? 調子に乗るなよ」
まだ、勝機はある。深緑万雷が突破されたわけではないのだから。今、育未の意思で深緑万雷を止めているが、
(ワタクシの方はもう温まってしまっているのですわよ?)
既に周囲の草木は帯電している。彼女の任意のタイミングで放電が可能だ。仮に草木が狙われたとしても、電気を吐き出させれば鬼火か鉄砲水なら防げる。旋風の場合は電霊放に干渉できないので、直接緑祁を狙う。
(さあ、どう動きますの?)
由李と絢萌の傷は無駄にはできない。先ほどの水蒸気爆発で育未は、緑祁の得意戦術を看破した。
(カウンターですわね? でしたらワタクシの方から仕掛けるのは、危険……)
だから、相手の動きを待つ。一方の緑祁もまた、育未の出方を伺っている。
隣の本殿を焼く炎はますます強くなるばかりだ。それでも育未はひたすら、緑祁の行動を待った。
だが、緑祁が待っているものは育未の攻撃ではなかった。
「え……!」
本殿の火の手がかなり大きく揺らいだ。それが育未たちの方にも伸びる。
「まさか、これを……!」
この火災は緑祁が起こしたもの。だから火事はある程度なら、緑祁が鬼火で操れる。今、それを強めたのだ。そして燃える建物をこちら側に崩したのである。
しかも彼の狙いは、育未ですらなかった。
「……!」
「うっ」
地面に伏している由李と絢萌だ。恐ろしいことに緑祁は、二人を火災に巻き込もうとしているのだ。そうなれば当然育未の行動は限られる。仲間の命を見捨てることなどできない。
「卑怯ですわ、こんなの……! 動けない相手を狙うだなんて……!」
育未は深緑万雷を使った。二人に迫りくる炎を一時的にも消すためだ。だがそれは、緑祁にとっては絶好の攻撃の隙。
「もらったよ」
火災旋風を育未に向けて放つ緑祁。
「し、深緑万雷で……!」
炎は電気でかき消すことができる。だが、残った風は無理だ。
「ひゃああああああ!」
風に吹き飛ばされる育未。しかも器用にその風は、由李と絢萌も巻き込んで火災の方に押し出しているのである。
「魂ごと、骨髄まで燃え尽きろ! この世に残すのは灰だけにしておきな!」
勝利を確信し、叫ぶ緑祁。だが一矢報いようと育未は植物の種を緑祁に向けて飛ばした。それは成長せず、かわりに電気を放出している。
「無意味なことを。霊障合体・水蒸気爆発!」
そのわずかな希望すら、爆風で弾き返してしまう。
しばらくすれば三人の体が炎に包まれていく。
「終わったね。ここには香恵はいないみたいだし、どこにいるんだろう?」
緑祁はすぐに反転し、夜の仙台の町に向かった。
だが、育未たちは死んではいない。
「頑張って、絢萌!」
「お前だけが頼りだ……!」
何とか炎の中で極光を使い、ドーム状の空間を作った。かなりギリギリだが、それで炎を遮断している。
(いつまでも息が持ちませんわ……)
だがそれもすぐに限界が来そうだ。熱までは遮れないし、換気もできない。早くこの状況から脱出しなければいけない。
ここで育未が、植物の種を地面に植える。そこから伸びる根っこを掴み、
「由李も絢萌も、これに捕まって!」
反対側……火事ではない方にも根を伸ばし、そっちに引っ張ってもらう。木綿を利用して一気に移動だ。
(でも、行き先に緑祁がいたら……)
その場合は本当に諦めなければいけないかもしれない。だが、この賭けに三人は勝った。火炎から抜け出た先に、緑祁はいなかったのだ。
「ふ、ふう……。育未、絢萌、生きてる?」
「何とかね。育未、大丈夫?」
「アナタたちこそ、無事で何よりですわ……」
肌は煤だらけで、服は一部焦げている。そんなボロボロの状態だが、何とか生き延びることができた。
岩苔大社は一晩中燃えていた。朝になってようやく消火が完了したが、本殿は全焼してしまった。不幸中の幸いか、死者は出なかった様子だ。
「育未に由李に絢萌! だ、大丈夫?」
近くの公園に避難していた香恵は、難を逃れることができた。彼女は三人と合流し、
「怪我はない? 火傷とか……。私、慰療が使えるから、治せるわ」
念のために三人の体を撫でて目に見えなかったり自覚がなかったりする怪我を治す。
「ありがとうございますわ、香恵さん」
「お礼なんていらないわ」
香恵は、育未の感謝の言葉を素直に受け取った。
「謝らないといけないことがあるよ……」
由李が言う。
「な、何を……?」
「緑祁のことだよ。あたしたち、彼を止められなかったんだ……」
「え?」
一瞬、香恵の動作が全て止まる。
「昨日の火事で、う、嘘……? 緑祁が巻き込まれてしまったの……?」
「そうじゃないわ。そもそも火事を起こしたのが、緑祁でしたわ」
「……ん? どういうこと?」
香恵は絢萌に緑祁のことを言われた際、真っ先に、
「三人を助けるために緑祁が本殿に残ってしまった、というわけではないのね?」
そういう勘違いをしていたのだ。
「じゃあ、緑祁は無事なのね?」
「そうでもない……」
詳しく説明をする。それは香恵にとってはかなり衝撃的な内容だった。
「信じられないわ……。緑祁が、放火した……?」
嘘であって欲しいと思う。だが話を横で聞いていた翔気が、
「火の手は、緑祁の客間の近くから出ていた。それにこれが霊障による放火なら、霊紋を見れば犯人がわかる」
と言う。
消防士や警察官の目を盗んで、彼は規制線の中に入った。そこで炭に変わった木片を一つ取り、
「これで調べよう。俺は緑祁の霊紋は知らないから、【神代】に問い合わせて照合してもらえばわかる……」
「ま、待って!」
しかし香恵がそれを止める。もし本当に緑祁が火をつけたのだとしたら、彼が【神代】に指名手配されてしまうからだ。
「でもよ、こんだけの被害が出てるのに……。それに肝心の緑祁はどこに行ったんだ?」
「それは、知らないわ……」
それに、庇おうにも遅いのかもしれない。一台の車が、彼女たちの前に停まった。
「大丈夫ですか?」
【神代】の人員だ。誰かが【神代】に通報し、駆け付けたのだ。
「火災現場はあっちです。これは、あそこで採取した木片だった物。霊紋が取れると思うので、提出します」
「ありがとうございます。すぐにデータベースで照合します」
事情聴取をするために、近くの予備校に香恵たちは同行することになる。
「あの馬鹿……。私の岩苔大社を消し炭にしやがって!」
「酷いよ! 結構な値段がする仏像や掛け軸があったのに!」
別の場所に逃げていた雉美と峰子は、緑祁の悪口を言いながら、【神代】の人員とは合流せずに逃げる。