第16話 逆襲の追複曲 その3

文字数 4,330文字

 当初は事件が沈静化するまで福島の孤児院に戻ることにしていたが、八戸から来た辻神に連れられ、新青森まで来た。

「洋次……」

 洋次たちは何と、緑祁にそこの【神代】の予備校に呼び出されたのだ。

「……嫌味か?」

 それは批判の始まりを意味している、と彼らは感じた。一年前に二度も、自分らと緑祁たちの間では小競り合いがあった。そして今回も。これでは反省の色なしと判断されても文句は言えない。
 だが緑祁の口から出た言葉は全然違った。

「…………怒っているのかい、洋次?」

 彼らのことを気にしていた。

「どういう意味だ?」
「修練たちにどんな思惑があったのかは、まだわからない。でも洋次たちは利用されただけだ」

 行為に罪がない、とまでは言えない。しかし、できることがある。

「逆に修練たちを捕まえよう! 洋次たちが手を貸してくれれば、できる!」
「わたしたちが、きさまらに? 協力だと?」

 苦笑いすら起きず、呆れた。でも緑祁の目の輝きは本物で、嘘は言っていないとわかる。

「復讐するチャンス、ということか」
「そうじゃない」
「では、どうだと?」

 緑祁は言う。復讐のためには行動しないで欲しい、と。

「洋次たち四人の名誉を守るためにも、やってしまったことへの償いのためにも! 前に僕も実は、精神的な動揺からあり得ないことをしでかしてしまったことがあった……」

 しかしその時、仲間が自分を支えてくれた。結果、自分を惑わした人物を捕まえることで、心が闇に染まっていないことを証明できた。同じことが、洋次たちに対してもできるはず。そしてその時に支えになるべきなのは自分だと思ったから、今こうして語り掛けている。

(確かに蒼や紅たちを捕まえて、それで重い罰則を逃れられるのなら、やってみる価値はあるかもしれない)

 この時の洋次の心にはまだ、自分たちを騙し利用した峻や蒼たちを許せないという感情があった。だがそれは、緑祁の次の言葉で吹き飛んだ。

「みんなのために、できることをしようよ!」
(みんなのために……)

 今まであまり考えたことがなかったフレーズだ。自分さえよければそれで良かった洋次は人生において、その言葉に本気になったことはなかった。

「みんなのためになることを、どうしてわたしたちに懇願する?」
「それは、みんな仲間だからだよ。洋次も寛輔も結も秀一郎も! みんな、霊能力を持つ【神代】の一員じゃないか!」

 そこには恨みや憎しみといった感情はない。かと言って偽善の精神でもない。たとえ自分を犠牲にしてでも誰かの助けとなることをするということが、まさしく手を取り合って生きるということなのだろう。
 数秒考える洋次。チラリと寛輔や結、秀一郎の顔を見る。

(できるのか、わたしに? 緑祁はわたしが頷くことを期待して……いいや確信しているのか?)

 洋次にとって誰かのためにすべきこと。それは間違いなく修練たちを捕まえることだ。起きてしまった一連の事件を解決させることが今、求められているのだ。

(ならば……!)

 決心を済ませた洋次は緑祁に向き合い、

「わかった……! 緑祁、是非ともわたしたちにやらせてくれ。その先に待っているのが敗北だったとしても、もう後悔しない。流した血や涙や汗が誰かの勝利の糧になると言うのなら!」

 彼がそう言うと仲間たちも頷いてくれた。
 この会話を少し離れたところで聞いていた香恵は、心の中で彼らに拍手を送った。
 修練たちと戦う。それが決まったとしても、今更洋次たちの前には彼の部下ですら出て来ないだろう。向こうには自分たちと戦う理由がないからだ。

「だがよ、それを【UON】は解決してくれたんだぜ」

 彭侯がそう言いながら、四人に布袋を渡す。握ってみると中には何か硬くて歪な丸みの物が入っている。

「これは何だ?」

 秀一郎が聞く。結はもう取り出した。さらに小さなビニール袋に包まれている。手のひらに現れたのは、黒ずんだ赤い塊。

「何ですか、これは?」
「死返の石、のレプリカだ。オレが急ごしらえで、飴で作った。見た目も味も結構自信作だぜ? それに欺くためにも、霊気を念じて怪しい雰囲気も醸し出せている」

 寛輔の問いに答える彭侯。誰を蘇らせ何をしたいのかは不明だが、相手はこの石を取り返したくてたまらないのだ。

「なるほど」

 それで渡された意図を理解する洋次。偽物の石を持っていれば、向こうから接触があるということ。

「手に取ってジックリ見られれば飴細工ってバレるだろうけど、遠くから数秒見せつけるだけなら、確実に騙せる! 【神代】のデータベースにさ、石を運んで壊すって情報を上げれば、ヤツらの内の誰かは真偽を確かめるために近づいて来るだろうよ」

 上手い具合に作戦はまとまった。

(その作戦、本来なら彭侯たちが行う予定だったのだろう。だがこれをわたしたちに託すということは、それだけ期待してくれているということだ。ならば絶対に、その思いに答えてみせる!)

 決意と覚悟を胸に、死返の石を運ぶ任務と称して南下。鶴ヶ城に向かった。


「まあ、いいさ別に! 僕が有利であることには変わりない! ここから僕はいくらでも勝てるんだ!」
「………やはりか」

 ボソッと洋次が呟いた。その小さな声に峻は反応し、

「何だ? 何が言いたい?」
「思う壺、だったというわけだ」

 何故、洋次は勝負の最後をこの橋の上に選んだのか。それは礫岩を使わせないため、だけではない。
 油断を誘うためだ。峻は自分のことを吹っ飛ばすだろう。橋の上からなら、堀の下に。そうして空の勝利を掴ませ、隙を作らせる。そこに落としたはずの洋次が這い上がってきたら、動揺する。そうしたらさらに隙が生まれる。こうして勝負の流れを変え、もう一度主導権を握るのが、洋次が思い描いた展開だった。
 結果としてこの作戦は途中までしか成功しなかったが、それだけでも方程式を解くには十分過ぎた。
 ブーンと、頭上から虫が迫っていることに峻は気づけていない。一気に彼の顔……それも目に向かって急降下する。

「あっ!」

 気づいた時には既に遅い。
 飛んでいるのは二匹のアシナガバチで、それらの脚が掴んでいるのはアリだ。だがそのアリは、腹部が異常に膨らんでいる。

「ミツツボアリを知っているか? 原産地ではごちそうらしいが、今のきさまにとってはどうかな?」

 本来、膨らんだ腹部には蜜がため込んである。だが今のミツツボアリは洋次が堀の下に落ちている間に、蚊取閃光で生み出したもの。蜜ではなく電気がそこにはたんまりと入っている。

「ぶわっ!」

 そのため込まれた電気が、峻の眼球に炸裂した。両目に爆撃したのだ。

「ぎいいいいいいいいいいいいいあああああああああああ!」

 静かな夜を切り裂く叫び声からするに、想像を絶する激痛なのだろう。頭で判断するよりも手が動き、目を覆った。
 これでも洋次は、相手を選んだ。慰療が使えない相手には、こんなむごいことはしない。

(だが、慰療は傷を治せても、傷みまでは取れない! きさまの目は潰れたも同然だ)

 事実峻が瞼を触っただけで、怪我自体は治せた。しかし痛みとそれに伴う痺れ、筋肉の痙攣のせいで目が開けない。

「うぐうううう! だ、だが! 忘れたのか? 目で見えなくても、僕には旋風がある! 風の動きで位置はわかるんだっ! それに僕は耳も鼻も利く!」

 視界は真っ暗だが、峻の脳内では洋次が立っている場所がわかる。そこまで離れていないし、動きも単純で容易に想像できる。

「バラバラにしてやるぞ、洋次ぃいいいいい! 霊障合体・鎌鼬! 頸動脈、大動脈、肺静脈! 全部、断ち切ってやるぅう! お前の体で人体の標本でも作ってやらぁあああ!」

 機傀で生み出した丸ノコの刃、釘、カッターの刃、針など全てを旋風で飛ばし、相手を切り刻む。これが全て当たれば傷だらけ血だらけどこでは済まされない。耳や指、場合によっては腕や足、最悪の場合には胴体が切断されるだろう。しかも近距離なので、避けられるわけがない。
 カンカンッ、という音がした。

「な、何だ? おかしいぞ?」

 肉体に当たったのなら、そんな音はしない。手応えからして、岩…それも石垣にぶつかった音だ。

(どうして……? 洋次は目と鼻の先! 外す方が難しいだろ、今は!)

 答えは簡単だ。

「あんたさ、オレたちがいることを忘れてんじゃないの?」
「なっ……!」

 今ここにいるのは峻と洋次だけじゃない。寛輔や秀一郎、結がいる。

「旋風なら、私だって使えるわよ?」

 おまけに結は風をコントロールし、自分たちの位置情報を誤魔化すことに成功している。目で見てみれば一発でバレる隠蔽工作だが、瞼を動かせない今の峻には致命的な一手だ。

「行くぞ、みんな!」
「おう!」
「任せて!」
「ええ、いいわ!」

 この、相手が動揺している時こそ、勝負を終わらせるに一番相応しい状況だ。仲間全員で霊障合体を叩き込む。

「くらえ、蚊取閃光!」
「今までコケにしやがって! お返しだ! 汚染濁流!」
「少し痛いよ、氷斬刀だ!」
「鎌鼬はこうやって使うのよ!」

 一気に四つの霊障合体を撃ち込まれた峻。

「ぐぶがあああああああああああああああああ………」

 当然、立っていることなどできないダメージ。意識を失ってその場に倒れ込んだ。


「脈はある」

 洋次はすぐさま彼に駆け寄ると首元に手を当て、命を確認する。同時に慰療で体を治した。それでも立ち上がってこないことから察するに、やはり戦える状態ではない。

「勝ったぞ、わたしたちが!」

 素早く秀一郎が木綿を用いて種を成長させ、峻の手足を縛った。

「これで【神代】にコイツを持って行く! これなら文句は言えないはずだぜ!」
「ざまあみろって感じだわ! 舐めてかかっているから、足元をすくわれるのよ!」
「峻には悪いけど、でも、罰は受けて欲しい……」

 三人は峻を捕まえることができたことに一安心している。一方洋次はポケットから死返の石のレプリカを取り出し、自分の口に放り込む。

「………確かに美味い」

 飴を舐めながら、勝利の余韻に浸った。
 四人は峻から鍵を拝借すると彼の車に乗り込み、走り出す。目的地は自分たちの孤児院だ。そこで待っている【神代】の人員に、峻の身柄を引き渡すのだ。秀一郎が毒厄を使って、目が覚めない程度に峻の意識を制御しているので、車内で暴れられる心配も霊障を使って無理矢理車を止められる可能性もない。
 洋次たちは峻に勝利したわけだが、それで心がスッキリしたわけじゃない。モヤモヤするものがある。それは、この一連の事件がまだ解決していないからだ。言い換えれば、復讐のための戦いではなかったということ。【神代】の霊能力者の一員としての自覚が、彼らの中に芽生えている証拠だ。
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