第5話 刃の鋭さ その1
文字数 3,089文字
「僕に任せてくれれば、メール上でも二割は上げれたね」
雛臥は自信満々にそう言うのだが、
「ほざけ馬鹿、値切られて減らされるの間違いだろう! お前未だにミスタイプばっかじゃないか!」
骸はその意見を否定した。
予定の時間までまだ暇なので、ホテルで待機している。その間雛臥はゲームをしていた。
「たまごっちすら反抗期で殺す癖に、どうしてデジモンワールドが最後までプレイできると思うんだ……?」
そんな彼の横で骸は緑祁に電話を入れる。
「もしもし? 俺だ、骸だ。実は依頼が入って、俺たちもしばらくは千葉にいることになったぜ。ボディーガードの依頼だ」
それを伝えるとなんと、
「奇遇だね、僕らもだよ」
もとより緑祁は千葉に滞在しているのだが、偶然にも同じ内容の依頼を頼まれているのだ。
「そうなのか? じゃあお前らも今日、駅前カフェに集合?」
「骸もなの?」
どうやら保護対象は異なっていても、同じ人物から話を聞くことになっているようだ。
代表して緑祁と骸が、そのカフェに向かった。
「どうもこんにちは。俺は、山県高師。こっちの女性は吉池文与だ、よろしく」
「こんにちは。早速で申し訳ないんだが、どういう用件なんだ?」
メールでは詳細を聞いてないので、ここで骸が尋ねる。
「ボディーガード? って聞いたが、そんなに危ないことをする職業じゃないよな、あんた? 霊能力は副業にしていて本業が別にあるみたいだが、それも普通の会社員。危ない橋を渡るようには見えん。そっちの女性もだ」
二人のことは、霊能力があることを除いてしまえばごく普通の一般人に見える。
(除霊を頼まれて、応援が欲しいんだと思ったけど……。それなら最初から強い人に頼めばいいことだよね? 僕や骸が出る必要はない。それとも、良からぬ霊に取り憑かれたとか? いいや、それだったらやっぱり【神代】に依頼するべきであって、個人に頼むことじゃない!)
緑祁はこの待ち合わせの前に骸と話していたことを思い出した。
この依頼は詳細を教えてもらわなければ、断ることにしている。そしてそのことは、この場では口にしないつもりだ。
高師と文与は一度お互いに顔を合わせて目を見て、
「実は、先日千葉にある病棟で火災があったんだ。そのことは知ってる?」
「……?」
知らない。それは緑祁たちが千葉に来る前の出来事なので、二人の耳には入っていない。それに勘付いた高師は、
「【神代】の所有する病院でね、牢屋のような使われ方をしているんだ。そこが火事になって、誰かが脱走した。そしてその人物は、俺たちのことを恨んでいる」
「だから、守って欲しい、ってことですか?」
「そうなの。お願いできない?」
女性にそう頼まれると断りづらい。ので緑祁は骸の方を向いて彼の意見を待った。
「何故、恨まれている? 怒りを買っている自覚がある? 復讐されると言える?」
その問いに対し、高師は、
「その人物は、とある罪で病棟に収監されていた。その罪を暴いたのが、俺たちなんだ」
「放り込まれたことへの逆恨みってことですか?」
「そうなる」
その他にも詳しい事情を高師は説明した。
「彼とは、友人だった。でも彼は霊能力を悪用し、罪を犯した。しかし君たちも知っているように、霊能力は日本の法律では裁けない。警察も深く捜査しない。だから俺と文与、他のメンバーが協力して彼を止めたかった。んだが、そうするには病棟送りにするしかなかった…」
これは嘘である。昨日、ホテルで思い返した内容と全然違う。だが【神代】にはそれが事実として記録されているため、ある意味では本当のことを言っているのだ。
「逃げ出したのと復讐するのは、結びつかない気がしますけど……」
「いいや、そうじゃない。実はその時の友人が一人、最近死んだ。警察の捜査では事件性はないとのことだが、俺たちはそうじゃないって知っている。これは彼が動き出した、何よりの証拠なんだ」
新聞記事を開き、その詳細を教えた。
「この、佐倉神奈は俺たちの知人だ。そして彼の罪を暴いた人物の一人。信頼できる人でもある。そんな彼女がある日突然、階段を踏み外した? 俺はそんなこと信じられない。確実に彼に殺されたんだ」
「断言するからには、それ相応の証拠があるんだろうな?」
「ああ。その神社に行ってみたんだが、霊紋は彼のものだった」
息するように嘘を吐く高師。
「もちろん【神代】に報告したが、聞き入れてくれなくてね。だから自分たちの身を守るために、君たちの力が必要なんだ……」
これも偽りの言葉。本当は過去のことを再調査されたくないので、一言も疑いの可能性を言っていない。
「その、件の彼とは、どういう人物なんですか?」
「相当の実力者、と認識してもらいたい。こうして君たちに依頼しているんだ、おそらく…いや絶対、俺や文与では勝てない相手」
きっと、嘘と本当のことがごっちゃになっているために、吐いても罪悪感がないのだろう。
「なら任せな! こう見えて緑祁は強い! それは保証するぜ!」
骸は緑祁の背中を叩きながら言った。
「こう見えて、って…。骸には僕はどう見えてるの?」
「細かいことを気にしていてはいい男にはなれんぞ?」
「………」
今度は文与が喋る。
「あの、いい?」
「何が、です?」
「ちゃんと守ってくれるんだよね?」
「そういう依頼ですし、まあ……」
「ヤイバのこと、倒せるんだよね?」
「ヤイバ? それが彼のことですか?」
霊能力者ネットワークを広げた緑祁。下の名前で検索すると、一件ヒットする。
「ありました。深山ヤイバ……。八年前に事件を起こし、【神代】の第二病棟に収監……。火事のことは更新されてないですね」
この時、高師の肝が実は冷えた。
(危ない。やはり起きたことについては真実を言って正解だった! もし嘘を吹き込んでいたら、間違いなく今、責められていた!)
他にもヤイバについて緑祁は調べようとしたが、活動記録は八年前でプッツリ切れていたので不可能だ。
「俺たちは、彼にこれ以上間違った道を歩んで欲しくないんだ。だから代わりに、止めて欲しい! かなり厳しいことを言うんだが、彼を病棟に戻して欲しいんだ! そうしないと彼はまた、罪を重ねてしまう!」
この綺麗ごとが、決定打となった。
「わかった。では表示された金額で契約しよう。俺と雛臥は、あんた……高師を守る。緑祁と香恵は、文与の方」
高師の持参した書類に署名し、ハンコも押す。これで契約は成立だ。
「いつから?」
「今から。そして彼が捕まるまで」
となると、ヤイバが行方不明のままならずっと。逆に今日にでも捕まれば、明日には任務から解放されることになる。
ここで文与が、
「ヤイバの言葉に耳を傾けないでね」
と、意味深なことを緑祁に言った。それが聞き逃されるわけもなく、
「どういう意味ですか?」
聞かれる。
(馬鹿! 口を滑らせるなよ、文与! 確かにヤイバが事実を言ってこの二人の説得を試みるかもしれないが、今それを言ってしまうのは不自然だろう!)
骸もその声を拾っており、テーブルの上にある書類に手を置いて、高師の回収を邪魔する。
「失礼。今、変な話を聞いたんだが?」
目の色が変わった。これは明らかに疑いの眼差しだ。
「……彼は話術にも優れるってことだ。俺も過去、危ないことに誘われたが、あと少しで頷いてしまうところだったんだ」
「つまり言いくるめられて、ヤイバの手先に俺たちが変わる可能性があると?」
そういうこと、と緑祁と骸は納得する。指をテーブルから離した。
(ナイスアドリブだ、俺……!)
これ以上話していると、文与がボロを出しそうなので解散した。
雛臥は自信満々にそう言うのだが、
「ほざけ馬鹿、値切られて減らされるの間違いだろう! お前未だにミスタイプばっかじゃないか!」
骸はその意見を否定した。
予定の時間までまだ暇なので、ホテルで待機している。その間雛臥はゲームをしていた。
「たまごっちすら反抗期で殺す癖に、どうしてデジモンワールドが最後までプレイできると思うんだ……?」
そんな彼の横で骸は緑祁に電話を入れる。
「もしもし? 俺だ、骸だ。実は依頼が入って、俺たちもしばらくは千葉にいることになったぜ。ボディーガードの依頼だ」
それを伝えるとなんと、
「奇遇だね、僕らもだよ」
もとより緑祁は千葉に滞在しているのだが、偶然にも同じ内容の依頼を頼まれているのだ。
「そうなのか? じゃあお前らも今日、駅前カフェに集合?」
「骸もなの?」
どうやら保護対象は異なっていても、同じ人物から話を聞くことになっているようだ。
代表して緑祁と骸が、そのカフェに向かった。
「どうもこんにちは。俺は、山県高師。こっちの女性は吉池文与だ、よろしく」
「こんにちは。早速で申し訳ないんだが、どういう用件なんだ?」
メールでは詳細を聞いてないので、ここで骸が尋ねる。
「ボディーガード? って聞いたが、そんなに危ないことをする職業じゃないよな、あんた? 霊能力は副業にしていて本業が別にあるみたいだが、それも普通の会社員。危ない橋を渡るようには見えん。そっちの女性もだ」
二人のことは、霊能力があることを除いてしまえばごく普通の一般人に見える。
(除霊を頼まれて、応援が欲しいんだと思ったけど……。それなら最初から強い人に頼めばいいことだよね? 僕や骸が出る必要はない。それとも、良からぬ霊に取り憑かれたとか? いいや、それだったらやっぱり【神代】に依頼するべきであって、個人に頼むことじゃない!)
緑祁はこの待ち合わせの前に骸と話していたことを思い出した。
この依頼は詳細を教えてもらわなければ、断ることにしている。そしてそのことは、この場では口にしないつもりだ。
高師と文与は一度お互いに顔を合わせて目を見て、
「実は、先日千葉にある病棟で火災があったんだ。そのことは知ってる?」
「……?」
知らない。それは緑祁たちが千葉に来る前の出来事なので、二人の耳には入っていない。それに勘付いた高師は、
「【神代】の所有する病院でね、牢屋のような使われ方をしているんだ。そこが火事になって、誰かが脱走した。そしてその人物は、俺たちのことを恨んでいる」
「だから、守って欲しい、ってことですか?」
「そうなの。お願いできない?」
女性にそう頼まれると断りづらい。ので緑祁は骸の方を向いて彼の意見を待った。
「何故、恨まれている? 怒りを買っている自覚がある? 復讐されると言える?」
その問いに対し、高師は、
「その人物は、とある罪で病棟に収監されていた。その罪を暴いたのが、俺たちなんだ」
「放り込まれたことへの逆恨みってことですか?」
「そうなる」
その他にも詳しい事情を高師は説明した。
「彼とは、友人だった。でも彼は霊能力を悪用し、罪を犯した。しかし君たちも知っているように、霊能力は日本の法律では裁けない。警察も深く捜査しない。だから俺と文与、他のメンバーが協力して彼を止めたかった。んだが、そうするには病棟送りにするしかなかった…」
これは嘘である。昨日、ホテルで思い返した内容と全然違う。だが【神代】にはそれが事実として記録されているため、ある意味では本当のことを言っているのだ。
「逃げ出したのと復讐するのは、結びつかない気がしますけど……」
「いいや、そうじゃない。実はその時の友人が一人、最近死んだ。警察の捜査では事件性はないとのことだが、俺たちはそうじゃないって知っている。これは彼が動き出した、何よりの証拠なんだ」
新聞記事を開き、その詳細を教えた。
「この、佐倉神奈は俺たちの知人だ。そして彼の罪を暴いた人物の一人。信頼できる人でもある。そんな彼女がある日突然、階段を踏み外した? 俺はそんなこと信じられない。確実に彼に殺されたんだ」
「断言するからには、それ相応の証拠があるんだろうな?」
「ああ。その神社に行ってみたんだが、霊紋は彼のものだった」
息するように嘘を吐く高師。
「もちろん【神代】に報告したが、聞き入れてくれなくてね。だから自分たちの身を守るために、君たちの力が必要なんだ……」
これも偽りの言葉。本当は過去のことを再調査されたくないので、一言も疑いの可能性を言っていない。
「その、件の彼とは、どういう人物なんですか?」
「相当の実力者、と認識してもらいたい。こうして君たちに依頼しているんだ、おそらく…いや絶対、俺や文与では勝てない相手」
きっと、嘘と本当のことがごっちゃになっているために、吐いても罪悪感がないのだろう。
「なら任せな! こう見えて緑祁は強い! それは保証するぜ!」
骸は緑祁の背中を叩きながら言った。
「こう見えて、って…。骸には僕はどう見えてるの?」
「細かいことを気にしていてはいい男にはなれんぞ?」
「………」
今度は文与が喋る。
「あの、いい?」
「何が、です?」
「ちゃんと守ってくれるんだよね?」
「そういう依頼ですし、まあ……」
「ヤイバのこと、倒せるんだよね?」
「ヤイバ? それが彼のことですか?」
霊能力者ネットワークを広げた緑祁。下の名前で検索すると、一件ヒットする。
「ありました。深山ヤイバ……。八年前に事件を起こし、【神代】の第二病棟に収監……。火事のことは更新されてないですね」
この時、高師の肝が実は冷えた。
(危ない。やはり起きたことについては真実を言って正解だった! もし嘘を吹き込んでいたら、間違いなく今、責められていた!)
他にもヤイバについて緑祁は調べようとしたが、活動記録は八年前でプッツリ切れていたので不可能だ。
「俺たちは、彼にこれ以上間違った道を歩んで欲しくないんだ。だから代わりに、止めて欲しい! かなり厳しいことを言うんだが、彼を病棟に戻して欲しいんだ! そうしないと彼はまた、罪を重ねてしまう!」
この綺麗ごとが、決定打となった。
「わかった。では表示された金額で契約しよう。俺と雛臥は、あんた……高師を守る。緑祁と香恵は、文与の方」
高師の持参した書類に署名し、ハンコも押す。これで契約は成立だ。
「いつから?」
「今から。そして彼が捕まるまで」
となると、ヤイバが行方不明のままならずっと。逆に今日にでも捕まれば、明日には任務から解放されることになる。
ここで文与が、
「ヤイバの言葉に耳を傾けないでね」
と、意味深なことを緑祁に言った。それが聞き逃されるわけもなく、
「どういう意味ですか?」
聞かれる。
(馬鹿! 口を滑らせるなよ、文与! 確かにヤイバが事実を言ってこの二人の説得を試みるかもしれないが、今それを言ってしまうのは不自然だろう!)
骸もその声を拾っており、テーブルの上にある書類に手を置いて、高師の回収を邪魔する。
「失礼。今、変な話を聞いたんだが?」
目の色が変わった。これは明らかに疑いの眼差しだ。
「……彼は話術にも優れるってことだ。俺も過去、危ないことに誘われたが、あと少しで頷いてしまうところだったんだ」
「つまり言いくるめられて、ヤイバの手先に俺たちが変わる可能性があると?」
そういうこと、と緑祁と骸は納得する。指をテーブルから離した。
(ナイスアドリブだ、俺……!)
これ以上話していると、文与がボロを出しそうなので解散した。