第8話 二つの魂 その4

文字数 2,828文字

 日が、暮れようとしている。それほど温かくはない夕焼けが、この呪いの谷を照らし出していた。あれだけいた死者は、もう影も形もない。

「ふう。何とか片付いたぜ……」

 満身創痍の範造と雛菊。相当の数の死者をあの世に送り返したに違いない。

「ご苦労じゃな」

 対する皇の四つ子は、それほど負傷してない。理由は誰かがダメージを負ったらすぐに、朱雀が慰療で治してしまったからである。

「労いの気持ち、心して受け取れ……」

 その彼女が、範造と雛菊の怪我を治す。

「ありがとよ」

 こういう時までいがみ合う理由はない。だから二人も素直に受け取る。

「では、最後の仕事じゃ!」

 もうこの六人の目には、絵美たちの姿が映っている。何やら二人の死者と対面していた。苦戦しているのかもしれないので、すぐに加勢する。

「おーい、大丈夫か!」

 だが、そうではない。彼らは話し合っているのだ。

「気づけたようだな、その様子じゃあ」
「ええ。でも言われるまで気づけなかったのは恥ずかしいわね……」

 一連の事件の責任、その場所。蛭児だけが悪いのではない。【神代】がいくら何を言っても、自分たちにも慰霊碑の破壊を実行してしまった非がある。もしそれができなかったら、蛭児も禁霊術に手を出せず、諦めていると思うのだ。

「なら、さっさとその成長結果を見せてもらおうか!」

 群主が言う。

「何が起こっておる?」

 後からここに駆け付けた皇の四つ子たちには、話が見えていない。ただ、

「俺たちが介入するべきことじゃあなさそうだぜ」

 それだけは理解できた。

 絵美と刹那は群主と、骸と雛臥は大刃と対面する。最初と同じ組み合わせだ。

「覚悟はいいな? 今度は言っておくが、手加減はしねえぜ? 俺たちは殺す気でやる! だからお前たちも、俺たちをあの世へ返す気でかかって来い!」
「言われなくてもそのつもりよ!」

 絵美たちも既に覚悟は済ませた。『帰』で蘇った人がこの世に残っていいわけがないのだ。だから本気で二人を、祓う。
 皇の四つ子と範造たちが見守る中、その戦いは始まった。

「それぇいいぁああ!」

 最初に動いたのは、雛臥。手に入れたばかりの青い鬼火を展開した。

(いいぜ、雛臥! ちゃんと習得してくれてるじゃねえか!)

 大刃が感心するほどの威力もある。彼が放った鬼火が、負けたからだ。

「俺の番だぜ!」

 次に骸が狂い咲きを披露する。

「うおお! 狂い咲け、花よ草木よ!」

 枯れた大地に緑が生い茂る。生えた草木が大刃の体を掴んだ。動けないように足元を固定する。大刃の木綿は、芽生えていない。骸の狂い咲きに負けて、芽を伸ばせないのだ。

「今だ、雛臥!」
「いっけぇえええ!」

 大刃に迫る、青い鬼火。高温度の炎にその身を焦がされた彼の体は、一瞬で燃え尽きた。

(合格だぜ、二人とも………)

 燃え盛る炎のせいで相手の顔がよく見えなかったのだが、大刃の表情は恐怖や怒りに囚われていない。寧ろ清々しいまでに安らかだった。

(これでやっと、あの世に戻れるんだ………)

 一方の絵美と刹那も、善戦している。

「我が眩暈風を見せてやろう――!」

 風圧は突風の比ではない。群主が一歩も前に踏み出せないほどだ。

「絵美! 追撃をしかけるなら今しかない! やれ――!」
「ええ、わかったわ!」

 その風に乗るように、踊り水を使う。ただでさえ強い風に、自分の意思を持ったかのような水。軌道は全く読めない。

(ほう! これほどまでに成長するとは驚き……いや、当たり前か…)

 群主も何も抵抗していないわけではなく、ちゃんと霊障を使っている。だが絵美と刹那の方が同じ霊障なら強いために、押し返せないのである。
 踊り水は細長く、まるで紐のように伸びる。それがすごい勢いで群主にぶつかると、彼の体をバラバラに切り裂いた。

「か、勝ったわ……!」

 勝利した。でも悲しい。その理由、四人はわかっていた。

「大刃も群主も、もうこの世にいてはいけない人。でも、私たちが成長するキッカケを作ってくれた恩人……」

 その恩に応えることが、相手をもう一度亡き者に変えることだったからだ。
 二人の体は崩れ始めた。他の死者と同じく、死に至るダメージを受ければ肉体すらもこの世から消える。

「ありがとう……。大刃、群主…」

 涙を流した絵美。二人は、もっと一緒にいたいと思える人だった。きっと生きていたのなら、自分たちよりもずっと強い霊能力者になれたであろう。そして人としても優しく厳しくなれたのだろう。
 その目から零れた涙が地面に落ちた時、そこが濡れ広がった。渇いている地面に模様が描かれていくのだ。

「これは……!」

 それは、地図に見える。県境があって、川や山も書き込まれている。涙だけで描いたとは思えないほど精密だ。

「二人は言ってたわ。自分たちに勝てたら蛭児の居場所を教えてくれる、って。きっとこれが、そうなのよ」

 そして、とある一点……その部分だけが、小さな鬼火で燃えている。

「すると、シンハンニンはここに?」

 雛菊がタブレット端末を取り出し、位置を重ねた。ちょうど、富山と岐阜の県境を示している。すぐにその場で検索をすると、心霊スポットである廃墟ホテルが出てきた。

「ここにいるのか、蛭児が?」
「自宅にいないとなると、場所を移した可能性は十分に高い。行ってみる価値はある……」

 全員、体に溜まっている疲労を忘れていた。この地図が示す場所に行けば、この事件を解決できると思うと、逆に力がみなぎる。

「行くわよ、今すぐに! 死者への冒涜をした蛭児を、捕まえに!」

 絵美の言葉にみんなが頷く。車に戻ってエンジンをかけ、この谷から出るのだ。

「んむむ、変じゃな?」
「何がじゃ、緋寒?」

 違和感を抱いた緋寒。聞かれると、

「ここに最初に来た時、かなりの寒気がした。この場所が放つ呪いの瘴気を感じた。じゃがそれが、まるで無くなっておる」
「当たり前じゃないの」

 絵美が答える。

「ここは確かに呪いの谷だったらしいわ。でも一旦祓われた。その後に蛭児が汚したけど、私たちが、再び祓った! だからもう穢れてない神聖な場所なのよ」
「そう……なのか」

 事情は説明されてもあまり実感がない。しかし彼女はそれで納得した。絵美の目が、輝いているのを見たからだ。

(呪いの谷に行き着いた邪悪な念が、根幹から消えたんじゃな)

 動き出す車。ふと絵美が後ろを向くと、リアガラスに手を振っている二人の人影が見えた。それは、笑っている大刃と群主だった。彼らもここの番人としての役目を、ここに残ってこれからも全うするのだろう。二人の魂は呪いの谷に蛭児が放った邪念を祓ってくれたことを、感謝しているのだ。

(二人の思いを無駄にするわけにはいかないわ! 絶対に蛭児を捕まえる!)

 絵美だけではない、刹那も骸も雛臥も同じ思いだ。自分たちの罪を認め、その償いのために、蛭児を捕え、【神代】に罰してもらう。それが、二つの魂……大刃と群主をはじめとした、『帰』で無理に蘇らせられた人への贖罪なのだ。
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