第5話 禁忌の即興曲 その1

文字数 3,832文字

「ここですね……」

 奥羽神社に到着した、紅と緑。かつて峻の親が神主を務めていたその神社は今はもう、寂れている。雑草がボウボウ生えていて庭木も手入れされていない。まさに廃神社一歩手前の状態だ。息子の峻もあまり思い入れがなく、金に困ったら更地にして土地を売ってしまおうかと思っていたらしい。

「幽霊すらも全然、うろついてないわね……」

 人気もないが、その方が任務をやりやすい。
 二人は地図に記された祠に向かった。

「これですね」

 本殿と同様、ボロかった。しかし近づいただけで、

「弱いけど結界が張られているわ……」

 力があることはわかった。

「どうします、緑? あなたがこれを開けますか? それとも私が?」
「任せて」

 祠の扉に手を伸ばす緑。結界があっても普通に触れるし動かせる。グイっと一気に開いた。中には小さな布袋が一つ、ポツンとあった。

「これ……?」

 布袋を取り、中身を取り出す。黒ずんだ赤い石が一個だけ入れられていた。

「これでいいの? 何かちょっとしょぼくない?」
「確認してみます」

 紅はスマートフォンで写真を撮影し、峻に画像を送った。すると、

「それだ、って修練様も言っている」

 確認が取れたので、持ち帰ることに。緑はそれを化粧ポーチに入れた。

「ふう」
「あとは尾行されずに逃げるだけですね」

 青森から千葉まで、新幹線で移動する。幸いにも自分たちはまだ、そこまでマークされていないはずだ。事実、ここまで誰にも気づかれずに来れたのだから。

「では、連絡を。今から帰りますと、峻に伝えて」
「わかりました」

 周囲に人気はないのだが、それでも緊張する。何せ今の自分たちが取り押さえられたら、そこで全てが崩壊してしまう。ここはとにかく落ち着き、そして怪しまれないよう気を強く持って歩いた。新幹線のチケットを買った際、

「これで、大丈夫です……」

 気が緩んだ紅。彼女に緑は、

「まだ、持って! 合流するまでは!」

 気を強く持つよう言い聞かせる。


「新幹線を降りたらしいから、もうそろそろですね」

 メッセージアプリで常に情報を共有し、紅と緑がどこまで来ているか逐一知らせるよう言ってある。

「いよいよだな。蛭児、禁霊術の準備は大丈夫なのか?」
「特には何も必要ない。石さえあればそれでいいのですよ」

 ただ、『月見の会』の怨念を解き放つためにも、ここに建つ慰霊碑は破壊しなければいけない。

「石が来たら、でいいですよ。今の私たちには、幽霊を封じておける札や提灯がないので」
「なるほど……」

 その石も、ついに到着した。

「紅、緑! 大丈夫だったか?」
「はい、修練様! 誰にもバレず怪しまれず! お運びしました!」

 化粧ポーチの中からそれを取り出し修練に渡す緑。

「初めて見る石だ。血のように赤く、そして闇のように黒ずんでいる。こうして触っているだけで、心の中に怪しい雰囲気が流れ込んでいく気がする」

 それを蛭児に渡した。彼はよく調べ、

「まあまあな石ですね。小さいが、質の方は良さそうです」
「では始めるか……。『月見の会』の怨念を解き放つ、禁霊術を!」

 蛭児が慰霊碑の方に向かって歩いた。だが彼の霊障・蜃気楼では、破壊することはできない。他の誰かの力が必要だ。

「アタシがやってあげようか?」

 すると皐が、手伝いを申し出た。でも彼女の毒厄は、生き物にしか効果がない。

「いや、ここは私が壊そう」

 だから修練が名乗り出た。慰霊碑に一歩近づくと手を伸ばし、

「フン…!」

 少し力んだだけで、巨大な鬼火を発射。それは慰霊碑に当たると同時にバラバラに打ち砕いた。

「どうだ、蛭児?」
「これで完璧ですね」

 修練も肌で感じている。周囲の怪しい雰囲気が一気に増した。これは慰霊碑によって封印されていた【神代】への怨念が、自由を得た証拠だ。

「ここからは私の番です…!」

 死返の石を持ち、蛭児が言った。手のひらに乗せてあるその石が鈍く赤い光を解き放った。すると、

「ぅわ! 何だ……!」

 突然、地面の下から人間が現れたのだ。それも一人や二人ではなく、数十人はいる。

「さあ、現世と冥界の狭間より蘇れ、『月見の会』よ! そして【神代】への怒りを形にし、ぶつけるのだ……!」

 復活した人々の格好は、かなり古い。それが、あの世からたった今この世に呼び戻された何よりの証拠だ。当然彼らは蘇ったことに驚いてざわめくが、

「静まれ……」

 修練がそう言うと、黙り込む。

「混乱するのも、無理はないだろう。君たちは歴史上で一度死んだ。にもかかわらず、この世で息をしている。何故か? その答えを教えてあげよう」

 彼の言葉に合わせて蛭児が蜃気楼を使い、群衆の前方の空間をスクリーンに見立てて映像を映し出した。

「君たちの『月見の会』は消滅した。いいや、消された潰されたと言った方が正しいだろう。時の政権に認められ、熱心に研究を続けていたのはわかる。だが、ほんの百五十年程前に現れた【神代】という秘密結社が、君たちの『月見の会』を破壊した」

 未来に仲間たちの血や魂を繋げることができなかったことを知ると、『月見の会』の死者たちは怒鳴った。

「その怒り、わかる。『月見の会』は五年前に【神代】に対し、最後の戦いを仕掛けた。それに対する【神代】の答えは……」

 遥か遠くの空を目指し掲げられる、禍々しい幻霊砲。その一撃で周囲の命を丸ごと奪える砲撃が、九発も撃ち込まれたのだ。しかもそれらは全て、非戦闘員に向けられていた。そこから【神代】が戦争に勝つことよりも相手の組織を抹殺させることを選んでいたことがわかるだろう。
 怒りに続いて悔しさを感じる死者。

「その怨み、晴らせるとしたら?」

 できる。何故なら彼らは蛭児の禁霊術で蘇ったのだ。みんなが首を縦に振る。

「僕たちの『月見の会』を滅ぼした【神代】……。本当に叩けるのか?」

『月見の会』の中で一人、修練に近づいてきた。

「私は、明山網切という。『月見の会』は私にとって、どんな政府よりも尊い存在だ……」

 彼は生まれた直後に、両親に捨てられた。そんな網切を拾い受け入れてくれたのが、『月見の会』なのである。ちょうど網切には霊能力があり、会の他の人たちともすぐに馴染めた。

「憎くないか? そんな『月見の会』の人たちを虐殺した【神代】が」
「ああ、憎い」

『月見の会』の初期から網切は在籍しているので、結構な古株だ。ただし、創設者である月見太陰には出会ったことがない。だから、敗北を潔く受け入れる精神がない。彼だけではなく、禁霊術を行った蛭児に確かな復讐心があった以上、みんながその負の感情に悪影響を受けている。だから許すことや時代の変化を拒むのだ。

「この手で引き裂いてやりたい! どこにいる、その愚か者は!」
「焦るな。時が来たら思う存分暴れ回るとよい」

 その、復讐の時はいつか。それを発表する前に修練は蛭児に耳打ちをした。

「蛭児、私は一度青森に戻るつもりだ。それと石も一旦、私に返してくれ」
「何でです?」
「やるべきことがあるから、だな。禁霊術のやり方は今見たから理解した。現地に行ってそれをやるのは私だ」
「は、はあ……。まあ、いいですよ」
「申し訳ないな……。やるべきことが終わったら、またお前に託す。だが今は、私に」
「はい、どうぞ」

 死返の石を修練に渡す蛭児。

「どうしますか? いつまでもここに彼らを置けません」
「ならば、明日にでもやるんだ」
「あ、明日……?」
「そうだ。ちょうど関東地方……それも隣の東京都に、今の【神代】の本拠地がある。襲ってしまえばいいだろう?」

 ちょっと考える蛭児。暴力的な霊障を持たない自分だけでは、コントロールができない状況に陥った場合、どう対処するか。

「少しは修練さんも手伝ってもらえますか? ちょっと自信が…。それに私の因縁の相手は東京ではなく、秋田と徳島にいるのです」

 そんな時に修練がいれば、かなり頼りになる。修練も、

(今のところ、リスクを背負っているのは蛭児だけ。それではかわいそうだし、示しもつかないか)

 思うところがあったので承諾する。

「ちょっと! アタシの復讐はどうなんのよ? 紫電は青森にいるんでしょう?」
「少しは待ってくれ、皐…。順序を決めよう。まずは【神代】に一泡吹かせるんだ」
「そんなのどうでもいいわ! アタシは!」
「誰のおかげで、あの病棟から抜け出せたと思っている?」

 あまりこういうことは言いたくないが、何とか言い聞かせるために修練はあえて言った。

「私も青森に用があるんだ、その時でいいだろう?」
「……わかったわよ!」

 ある程度のことが決まった後、蛭児は『月見の会』のメンバーのことをチェックした。運動技能や霊障などを調べたのである。

(あの、明山(あけやま)網切(あみきり)という人が一番か。あとは目ぼしいのはあっちの織本(おりもと)空狐(くうこ)遠山(とおやま)魑魅(すだま)亀岡(かめおか)(みずち)くらいだ。他の人たちは、まあ使えるだろう……一般人よりはマシ、か?)

 しかし戦力としては申し分ない。人数が多くても、蜃気楼で姿を誤魔化せるので問題ない。
 それに『月見の会』だけは、明治時代に完全には滅ぼされなかった。だから【神代】への恨みを生前に抱いている人物も中にはいて、彼らは教えるまでもなく【神代】を敵と認識していた。

「今日はここでキャンプだ。流石の【神代】も、私たちがここ……『月見の会』跡地にいるとは思ってはいないだろう。今は明日のために体と精神を休めよう」

 テントを張って焚き火をしてから夕食を食べる。この日はここで待機だ。夜が明けたら本格的に動き出す。
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