第5話 赤い大地の襲撃 その2

文字数 2,954文字

(どうしよう? どうやって礫岩を攻略すればいい?)

 緑祁は悩んでいた。地に足を着けている都合上、山姫の礫岩はいつでも彼のことを攻撃できる。対する緑祁の霊障は、無動作では行えない。

(地面の中に逃げれば、鬼火も旋風も鉄砲水も届かない。礫岩ならそれができそうだ……)

 それだけではない。緑祁は旋風に乗って宙を舞うことも考えた。そうすれば地震や地割れからは逃れられるのだが、鬼火で狙いたい放題になってしまう。しかも岩が出て来ることを考えると、撃ち落とされる可能性だってある。
 ところで悩んでいるのは、山姫も同じだ。

「スー、スー……」

 集中力を働かせようとすると、どうしても眠気に襲われる。でも寝ていても状況は把握できる。まだ緑祁は動いていない。

「ズズズ……」

 ならばこちらから仕掛けるべきだ。そう思い立った時、目が覚めた。しょっちゅう襲って来る眠りは浅いのも特徴の一つだ。

「いくよ緑祁……!」

 山姫が両手を挙げれば、地面から岩石が飛び出す。

「ここは旋風と鉄砲水を合わせる!」

 それで引き起こされる霊障の合体、台風。ただし岩石を折り曲げるほどの威力はない。緑祁の狙いは山姫本体だ。

(どうだ……?)

 しかし礫岩は強い。彼女の目の前に出現した岩の壁が、台風を遮ってしまう。

「駄目かっ!」

 反対に緑祁は足場をガタガタにされ、転んだ。そうすると地面が割れ、またぽっかり開いた穴に落ちる。

「今度は逃がさないヨ?」

 そして地割れが閉じようとするのだ。

(マズい!)

 危機感を抱いた緑祁は、抜け出すために鉄砲水を下に向けて手のひらから放った、反動で体が持ち上がって脱出はできた。しかし、

「あ、熱っ!」

 その浮き上がった体を狙われた。山姫の撃ちこんだ鬼火が足に命中したのである。

「ぐっ、ううっ!」

 そして着地すらも満足にさせないつもりなのだ。地面は岩が飛び出てトゲトゲ。これでは確実に転ぶ。

「さあどうするヨ、緑祁? 降参でもする?」
「いいや、僕は勝つ!」
「志しはいいネ!」

 しかし優勢なのは山姫だ。実際、緑祁は上手く地面に着けずに転んだ。それが隙を生み、また地が割れる。

「させないよ!」

 腕を地面と水平に振った。

「ン?」

 しかし、何も飛んで来ない。

(旋風を使えるなら、今ので風の刃ぐらいは出せそうだと思ったけど……。違う?)

 山姫は思った。これは空振りだと。だがそうではない。

「ひゃああ!」

 ブーメランのような軌跡を描いて鉄砲水が、彼女に命中した。真っ直ぐ飛ばしたのではなく、弧を描かせたのだ。

(この一瞬が欲しかった!)

 山姫が怯んだ瞬間に、緑祁は体勢を立て直す。起き上がって地割れを回避し、平らな地面を目指したどり着いた。

「や、やってくれるネ、緑祁!」

 二度も顔に鉄砲水が当たったのだ、当然山姫は怒る。自分の可愛らしい顔をびしょ濡れにされたのだから。

「ええい!」

 その怒った勢いで多くの鬼火を生み出し、放った。

「小さな鬼火なら、対処できないわけないよ!」

 対する緑祁は同じ数だけ鉄砲水を放水する。二つは衝突すると、火は消え水は蒸発した。

(礫岩にさえ気をつければ、山姫は僕の手に負えない相手ではない!)

 そう思うと勝利を確信できる。
 しかし、

「スー、スー……。はっ! じゃあそろそろ、本気でいくヨ?」
「え、何だって?」

 にわかには信じがたい発言だ。

(まだ本気ではなかった? それはブラフ? いや、でも……)

 思い当たる節があるのだ。

(山姫はまだ、霊障の合わせ技を使ってない!)

 それが彼を襲うと言いたいのだ。
 山姫の隣の地面が、山のように隆起し始めた。

「何だ……?」

 まだ礫岩のように思える。だがその小さな山は、赤くなった。まるで火山のように。
 次の瞬間、そのてっぺんが開いた。そしてその火口から、何かが飛び出した。

「こ、これが!」

 山姫の霊障合体である。

「くらっちゃえ、火炎噴石(かえんふんせき)!」

 炎をまとった岩石が、緑祁目掛けて飛んで来る。

「くっ……!」

 幸いにも追尾するタイプではなく、その初弾は何とか避けれた。噴石は緑祁の背後にあった街路灯にぶつかると、それを折り曲げたのだ。

「何て威力だ……」

 破壊力に長けた霊障。まともにくらえばかなり危険だ。

「ねえもう絶望してるの? それは早いヨ?」

 と言うと山姫は、自分の周りに火山を量産した。小さいが、立派に山を成してそれが赤くなる。

「……………」

 言葉すら出ないほどに、マズい状況だ。

「一斉に発射! 火炎噴石!」

 一定の数は緑祁を狙い、その他はランダムな方向に赤い岩石を噴いた。

「鉄砲水の壁で……!」

 反射的に緑祁は水の壁を築いた。

「ウフフ、それで防げると思うの? 残念だけど無理だヨ?」

 燃えている岩石を消火することは、鉄砲水でできる。だが、

「な、何だって……! そんな馬鹿な!」

 勢いまでは殺せないのだ。だから水の壁を貫いて岩石が飛んで来る。逃げようにも軌道がランダムな噴石が邪魔で思うように動けない。

「が、がはっ!」

 その内の一つが、緑祁の左肩に命中した。同時に、骨が砕ける音がした。

「うう、ううう!」

 患部を押さえる緑祁。その姿を見て山姫は、

「勝負あったネ。その腕でまだ、勝てると思う?」

 見下してそう言った。確かに今の緑祁は、大きなダメージを負ってしまっている。これでは不利だろう。
 しかし、

「まだ、諦めないよ……! 諦めたら、そこで立ち止まったら……明日は来てくれないんだ!」

 腫れ上がった肩を鉄砲水で冷やし、どうにか応急処置をする。幸い骨は単純に折れ脱臼しただけでその他は内出血のようだ。

「ふーん? でもネ、その怪我ではもうやめた方がぼくはいいと思うヨ? だって左腕はもう使えないし、右手はそこを押さえてないと駄目。君は両手が塞がってるの。でもぼくはね、地面があれば火炎噴石を使える!」

 駄目押しにもう一度、火炎噴石を一斉発射する山姫。これで緑祁を完膚なきまでに叩きのめすつもりなのだ。

「ならば!」

 緑祁も覚悟を決めた。

「うおおおおおお!」

 まずは鉄砲水だ。右手を左肩から離し、向かってくる噴石の火炎を消す。

「だから、それは意味がないんだってば! 勢いまでは……」
「いいや大ありだよ! 火さえ消えれば!」

 ここで、ジャンプして旋風に乗る緑祁。さらに向かってくる噴石を足で蹴って加速し、山姫に迫る。

「前進したってこと…?」

 このまま遠距離での戦闘は、分が悪い。だから接近戦でカタをつけるつもりなのだ。

「行くよ、山姫ぇええ!」

 右手だけで霊障を合わせる。火災旋風だ。赤い風が巻き起こると山姫に迫った。

「無駄だヨ! 火炎噴石の、応用!」

 灼熱の溶岩のような壁が、山姫の左側に出現した。それが火災旋風の邪魔をした。

「ようし! このまま火炎噴石を……」

 だが、この時山姫はミスを犯してしまう。
 それは常識から来る間違いだった。脱臼し、痛みで使えなくなった左腕。動かすことに支障があっても、でも霊障は?

「これが、僕の未来への一手だ!」
「え……?」

 全くノーマークの左手が、動いた。肘や手首から微量の鉄砲水を放出することで、その反動で鞭うつようにうねったのである。

「あ、ああああ………!」

 そして放たれた旋風の刃。その鋭い風が山姫に当たると彼女は、皮膚はおろか肉や血管を切り裂かれた感覚を味わった。
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