第19話 決戦の終楽曲 その5

文字数 4,794文字

「ううっ……!」

 よろめきながらもまだ、何とか立てている。

「これでもまだ、諦めないのか? 緑祁?」
「あ、当たり前だよ!」

 もう、修練には哀れな奴と思われているかもしれない。呆れられているかもしれない。
 それでもいい。

「修練を今ここで止めないと、修練の命を守れない……! 白い旗を振っている暇があったら、抵抗する!」

 自分の生命、その先を考えていない修練。死返の石を渡せば禁霊術を使い、その後は最悪の場合、自殺……。そうでなくても処刑命令が下されているため、野放しにはできない。彼の死を回避するには、ここで倒し捕まえて、【神代】を絶対に説得する。その時、自分が味方に立つ。
 それしかない。

「…………ここまでされても、石を渡す気はないのか、緑祁?」

 彼の問いかけに緑祁は無言で頷く。すると、

「ならば、不可能だということを無理にでも理解させてやろう……! この、集束電霊放でだ」

 また、周辺の辺りを照らす光源が瞬き始めた。

(大丈夫だ、さっきのでわかったことは二つある……!)

 緑祁には自信があった。まず、信号機や街灯から放たれる集束電霊放は修練に向けられているため、その直線上にいなければ当たらない。次に、修練に命中した電霊放は、循環してそのまま発射される。

(初撃にはそこまでピリピリしない方がいい! 問題は修練に着弾してからの、二撃目だ。それは修練の狙い通りに撃てる。言うなれば集光電霊放は、周囲の光から電力をかき集めて放つようなもの!)

 光を集めるその行為自体は脅威ではない。最終的に発射される方が危険なのだ。ここで緑祁は修練が持っているペンライトのことを考えた。この戦いの様子から察知するに、修練はそれがないと電霊放を使えないようだ。

(あのペンライトを叩き落とすか取り上げれば……。それだけでも戦況は大きく変わる!)

 が、そのプランが思い描けない。鬼火は電霊放には効かないし、修練のことを鉄砲水でずぶ濡れにしても、循環があるので逆流しない。旋風では電霊放に干渉できない。

(それはやはり無理か……)

 そんなことができるのなら、もう既に勝っていておかしくない。ここは電霊放と向き合いつつ戦う。幸い、集光電霊放がどこから発射されるのかは見てわかる。

(安全なのはこのルートだ!)

 駆け抜ける。だが修練もぼうっとしてはいない。鬼火や鉄砲水で緑祁の進路を妨害し、集光電霊放との間に誘導する。

「うわっ!」

 全くノーマークな方向から、電霊放が飛んだ。どうやら看板の光を使ったらしい。そんな器用なことすらもできることに驚きを隠せず、表情が強張った。しかしそれも一瞬。

(威力自体は大したことはない……! ちょっと痛くて痺れる程度だ、こんなの、なんてことない!)

 破壊力が何に依存しているのかは不明だが、修練から直接放たれる電霊放の方が強い。ならば集光電霊放の方は、多少当たっても平気だ。

「行くぞおおおおおお!」

 あえて近づく。雄叫びが勝利に向けて自分の背中を押している。

「来るか、緑祁!」

 腕を振り、霊障を操る。手を動かしただけで旋風に鉄砲水を乗せることができた。それは修練の旋風にぶつかり相殺されたが、今度はもう片方の手で火災旋風を叩き込む。
 一見すると愚直に思える攻撃だが、違う。動きに覇気がある。畳みかける一手一手が重く強く早い。思わず修練が足を後ろに動かしたほどだ。

(いける! 今度こそ!)

 反撃が来ない今が、最大のチャンスだ。

「……やるな、緑祁…」

 修練が口を動かし、言葉をこぼした。緑祁はそれを、耳で拾わなかった。鼓膜の動きに向ける意識がもったいない。攻めることに夢中になっている。
 だからこそ、修練の反撃が始まる。
 急に、修練がしゃがんだ。

「な、何だ…!」

 逃げる動きではない。彼が立っていた時に向いていた視線の中に入ってきたのは、黒ずんだ光。

「そ、そうかっ!」

 後方の光源から、電霊放を撃っていたのだ。それは本来修練に当たるはずだった稲妻が、目標を失って緑祁に直撃する。

「させるか!」

 咄嗟に緑祁も身を低くした。これでかわす。しかしその時修練は信じられない言葉を吐いた。

「そんな都合の良い話はないんだ」

 電霊放が、勝手に軌道を変えた。集光電霊放はあくまでも自分自身に向けて撃つ霊障。その場から離れたり体を動かしたりしても、稲妻は鋭く向きを変えて修練の体に吸収されに行く。

「そして! 私の体で受け止めた電霊放は……ここに集約することになる!」
「く、来る………!」

 ペンライトの電球が、またあの黒い光を集め始める。間違いなく当たる間合い。修練は集束電霊放を選ぶ。光を集めたおかげで、チャージしなくてもとんでもない威力が出せる。緑祁は驚いて回避に間に合わない。全て計算済み。

「だあああああああっ!」
「何……?」

 だが方程式が歪んだのは、修練の方だった。緑祁は両手を前に出し、勢いを殺さず前に進み、修練の体を飛び越えた。

「電霊放を発射するということは、集光電霊放は撃ち終えたということ! ならば安全地帯は、後ろだ!」

 あれだけ激しく攻撃していたというのに、冷静に状況を把握整理し、最適な解答を導き出していた。

「……!」

 何もない方向に飛び出す集束電霊放。反動はでかく、すぐに反転できない。そんながら空きな背中に緑祁は、

「霊障合体だっ! 台風、火災旋風!」

 なだれ込むように攻め込んだ。台風は激しい雨粒を叩きつけ、火災旋風は熱気と共に感覚神経を燃やした。丸腰の背中で、くらっていいダメージではない。

「ずうぉぐおおおおおおおお……!」

 服越しに感じる、緑祁の霊障。強い。だがその威力には、怒りや憎しみといった感情は全く入っていない。あるのは修練を救いたいという思いだけだ。その優しい意志が、彼にとっては鋭く痛い。過去に十字架を背負い、やってはいけないことまでした自分に手を差し伸べようとする……その手を素直に握れたらどれだけ楽になれるだろうか? 

「だ、だが……!」

 けれども、譲れないものがある。折り曲げることのできない意志がある。別の道を探そう、と彼は言った。それは言い換えるなら、禁霊術『帰』を使わない手段。
 それが、選べない。修練は智華子に謝りたいと同時に、もう一度だけ会いたいのだ。今までの人生、ただ一人だけ愛し合った相手との再会を、何度も夢見てきた。その夢が叶うのなら、命など惜しくない。その覚悟もまた、緑祁とわかり合うことを拒む。
 足を少しずつ、ずらした。ゆっくりと修練の体が向きを変える。電霊放を撃ちながらなので、尋常ではない負荷が足首にかかり、骨が悲鳴を上げている。それでも構わない。ここで彼を倒せれば、死返の石を取り戻せる。修練の目的は緑祁に勝利することではないのだ、決着へのこだわりは、今は捨てる。

「そうはさせるか!」

 緑祁の感覚は過敏だった。修練のほんのわずかな動きに合わせて、自分も動く。修練の死角はキープしたままだ。

「ぐっ……!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 緑祁は攻撃の手を緩めない。この戦いで修練が見せた決定的な隙に、全てをかけている。受けたダメージはやや決定的でこれ以上耐えるのはもう難しいか、修練は悟った。そこで、

「ならば、こうする!」

 持っていたペンライトに、鬼火と鉄砲水を浴びせた。それらが放電中の電霊放と混ざると、鈍い音を出しながら爆ぜる。握っていた指や手のひらが傷だらけだ。

「緑祁ぇええええっ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 反撃するために、電霊放は捨てた。瞬時に緑祁に向き直り、両手を合わせて、霊障合体を使う。

「水蒸気爆発だ、くらえっ!」

 爆風が緑祁の火災旋風と台風を押し飛ばす。彼と使える霊障は同じだが、自分の方が強い。緑祁が霊障を消すよりも早いだろう。このカウンターは必ず通る。

(私の勝ちだ、緑祁………!)

 修練はそう思った。しかし後ろを向いた自分の目に飛び込んできたのは、予想外のものだった。

「ああ、わかっているよ。僕の霊障の威力じゃ、修練のそれには勝てっこない。でも僕は! 見えないところで用意していた!」

 修練にとって、防御こそ最大の攻撃。もうそれは十分にわかっていた。だからトドメは電霊放ではなく、水蒸気爆発になる。緑祁は正確に読んでいたのだ。確かに修練の思惑通り、同じ霊障を使っても彼の方が緑祁の上を行く。

(そうだよ。修練は霊能力者として、僕なんかよりもはるかに実力のある人だ。だから劣っている僕は、勝利への準備をする!)

 攻撃している最中、鬼火と鉄砲水を用意した。両方とも人体以上に大きい。

「何だと……?」

 その二つが、合わさる。当然水蒸気爆発が緑祁の方でも起きるのだが、両手で起こした修練のそれとは規模が違う。

「これが、僕の防御! そして最大の攻撃だああああ! うううおおああああああ!」

 修練によって跳ね返された火災旋風と台風は、今度は緑祁の大規模な水蒸気爆発によってまた弾き返される。カウンターの応酬、修練には更なる一手を用意する暇がない。

(まさか……。緑祁、君は……)

 これは危険な賭けでもあった。もし修練が電霊放を手放さなかったら? 鬼火は打ち消され鉄砲水は弾き飛ばされ、水蒸気爆発は成立しない。できたとしても、電霊放には効かない。負けていたのは間違いなく、緑祁。

「おおおおおおおおおおおおおあああっ!」

 爆発によって生じる水蒸気の量も今まで以上で、使った側の緑祁ですら爆風で体が押し飛ばされそうになる。爆音が耳を貫き、鼓膜が動く前に脳が揺さぶられる。

「ううう、ぐう! で、でも、どうだ……?」

 対する修練は、跳ね返された火災旋風と台風をもろに受け、さらに爆風で完全に吹っ飛ばされていた。

(………………………智華子……)

 地面に落ちる前に修練が考えていたこと、それは智華子のことだった。目的を果たせなかったら、彼女に何て言えば良いのだろうか? それだけではない。峻や蒼、紅に緑と自分に協力してくれた仲間たちに、顔向けできなくなる。体はもうボロボロだが、もう一度、立ち上がらなければいけない。
 無念を感じる一方でしかし、

(…………どのような未来が、あったのだろう…?)

 疑問も抱いた。緑祁が成し遂げようとしていること、その先はどうなっているのだろうか? 別に処刑を回避したいとは思わないが、彼が作ろうとしている未来を純粋に見てみたい。自分に対し、無限の未来を切り開き広げようとする緑祁のことが、ただ羨ましく思えた。そんな彼を、守らなければいけないという衝動にすら駆られた。
 今からの未来に対して、だけではない。今までの人生においても、分かれ道は何度かあったはずだ。
 禁霊術を使い、智華子にもう一度だけ会って、あの日のことを謝る。それ以外にやるべきことを思いつけなかった自分にもし、他の明日があったのなら、それはどんな未来だったのだろうか? 智華子の死の原因を作ってしまった自分が、もしもの未来に期待してよかったのだろうか?

(なあ、智華子。君なら………どうしていたんだ?)

 頭の中で思い出す、彼女の顔。智華子は自分が病気だからと言って、消極的な生き方などしていなかった。自分と共に素敵な明日を幸せな未来を、思い描こうとしていたではないか。
 自分に明るい未来などないと、そう勝手に決めつけ言い聞かせ、謝ることだけが十字架を外せる方法だと思い込み、成し遂げればそれでいいと自らの命すら軽視した。
 自分で自分の人生を閉ざした。その結果、ここで緑祁から決定的致命的な一撃を受けることになったのだ。

(君は私に、謝って欲しかったのか? それとも……前に進んで欲しかったのか?)

 様々な感情が交差する中、修練の体が地面に落ちた。肉体はまだ動かせる……つまりは戦うことができる。が、修練は起き上がらないことを選んだ。
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