第6話 精神の減退 その1

文字数 3,487文字

「きゃああああああ!」

 都内のとある病院で、悲鳴が上がった。患者が大量に亡くなっているのがわかったのだ。

「病状は? どうしてこうなった?」

 機械は夜中、何も言わなかった。コールすらならなかったのである。しかもそれが、一フロア全体で起きた。

「これはおかしい……。何か、科学では説明できない力が働いたとしか思えない……」

 ある医者がそう感じ、【神代】に通報。すぐに霊能力者が派遣されてくる。

「どうでしょう?」

 霊視するとすぐに、

「間違いありません。これは幽霊の所業ですな。しかもかなり極悪だ。人を殺せる……あの世に連れて逝ける幽霊は限られます」
「この病院に、まだいるのですか?」
「いいえ。この手の幽霊は霊能力者が見ればすぐにわかりますよ。私たちから姿を隠すことは不可能です。魂が大き過ぎるし強過ぎます」

 もう病院にはいない。きっとどこかに逃げ出した。それが【神代】の見解だった。

「すぐに除霊してみせましょう。それまでに安全策として、こちらから霊能力者を派遣します」

 病院に話をつけ、霊能力者を派遣することに決定。夜間に病院内を警備させる。この病院だけではなく、都内……いや関東圏内の病院全てにだ。

(大きく動けばそれだけ見つけやすくなる。この手の幽霊は一度成功したことに固執しやすい。きっと都内のどこかの病院に、また出没する! そこを叩く!)

 この時の【神代】は、悪質な幽霊が出現したという程度の認識だった。それもそのはずで、青森で誕生した幼怪が怨成となり、さらに呪黙、怨完と成長していることには誰も気づけていないからだ。だから、次の夜には見つけられるだろうと楽観視している。

 それが、打ち砕かれた。

「どうなっている? 事情を説明しろ!」

 霊能力者を派遣した病院で、また被害が出たのだ。病院の大きさに合わせて人数を調整しているため、人員不足はあり得ない。

「わ、わかりません………」

 彼は責任は感じている。しかし理由がわからない。

「僕らが巡回している間には、何もいなかったんです!」
「入り口は?」
「私が常にいました。幽霊が侵入したらすぐに気づけます! でも、何も近づきませんでした」

 言い訳を並べて嘘を吐いているとは思えない。

「何かおかしい……! 辻褄が合わない」

 ここでようやく、【神代】は気づいた。この幽霊……怨完の危険性に。

「放っておくわけにはいかないが、病院のガードについていた彼らの目すらも欺ける幽霊を、見つけることができるか……?」

 やれるだけのことはやってみる。


「……以上の出来事が、ここ最近、首都圏内で、頻発している。君たちには、調査を、命じたい。できることなら、解決して欲しい」

 神崎凱輝は【神代】の予備校でプロジェクターとパワーポイントを用いて説明していた。集めた霊能力者は三十人、七チームだ。

「先に述べたように、どこにいるのか、習性すらも、わからない。どうやって【神代】の目から、隠れているかも、不明だ。しかし被害は、確実に出ている」
「その幽霊の性質は?」

 夏目聖閃が質問をした。討伐するのに相手の情報がわからないのは、かなり危険だ。

「申し訳ないが、私たちはその疑問に対し、答えが用意できない」

 素性がわかっていない相手を除霊する。この難易度の高さに鎌賢治は思わず、

「無理じゃないのか、これ…?」

 弱音を溢した。

「でも放っては置けませんよ。事実として被害者が出てるんです! ここはその件の幽霊を、めちゃくちゃにしてやりましょう」

 すかさず励ましを入れる山繭柚好。

「不可能なことはないさ。相手が幽霊として存在している以上、オレたち霊能力者が干渉できるはず!」

 舞鶴勝牙はやる気を見せてくれる。それを聞いた他の人たちも、

「見つけ出して倒す!」

 士気が上がった。

「どう思う、絵美?」

 猫屋敷骸は隣に座っている廿楽絵美に意見を求めた。

「難しいわね……。居場所さえわかれば、ハードルも下がるのに……。人の命を簡単に、それも大勢を一晩のうちに奪える幽霊なんて、かなり珍しい……もっと言えば強力な類よ。なのに、発見されない?」

 おかしい。

「俺もそう思うが、でも事実、病院のガードをかわしているんだ」

【神代】はこの得体の知れない幽霊を、邪産神(じゃさんしん)と名付けた。産み落とされた邪念の神、という意味である。

「だとしたら、病院で待ち伏せするのは無理か。霊能力者をスルー出来るんだから、僕たちに見つけられるわけがないよ」

 大鳳雛臥がそう言った。その方法では一生遭遇しないだろう。

「では、どうするのだ――?」

 しかし神威刹那が言うように、病院を見張らない場合はどこを探せばいいのかがわからない。被害が出ているのは都内の病院だけなので、そこで現場を押さえるしかないのだ。でもそうなると、邪産神は何らかの方法で霊能力者の目をかわしているので……となる。

「患者が寝ている部屋に一人ずつ、霊能力者が待機する? でもそれはとてもとても人手が足りない!」

 話は平行線だ。

「罠を張ってみるのはどうだ?」

 聖閃が言い出した。彼によれば、邪産神が悪霊の類なら、人の血でおびき寄せることができるかもしれない、と。

「誰の血を使うんだ?」
「そこは病院に協力してもらおう。輸血用のを用いる」
「上手くいかなかったら?」
「血液にまじないを入れて……」
「病院のガードは?」
「それは今まで通り【神代】にやってもらおう。結界ももっと二重三重に張り巡らせれば……」

 彼らが話し合って作戦を決めている最中、凱輝は教室で立っているだけで何も言わなかった。

(若さゆえ、柔軟な、考えができる)

 時として突拍子もない発想が事態を解決することがある。そこに年長者である自分が水を差してはいけない。ここは一旦彼ら彼女らに任せてみよう。

「よし、ではこうしよう」

 話をまとめるべく、聖閃が教卓の前に出た。彼の仲間である奥川透子と霧ヶ峰琴乃が黒板に向かい、チョークを持って、

「場所を決めよう! 誰か、ここがいい、って人はいるか?」
「お台場なら俺に任せな!」
「舞浜で待ち伏せるぜ!」

 どのチームがどこで罠を張るのかを記入。できるだけ偏りがないように均等にする。

「これでいいか?」
「賛成!」
「ようし! なら、【神代】のために全力で解決に努めるぞ!」
「おお!」


 絵美や刹那、骸と雛臥の四人はこの夜、房総半島の砂浜に来ていた。

「来るだけで疲れるな……。遠い! あの場で文句を言うべきだったか?」
「私たちじゃなければ他の誰かがやらなくちゃいけなくなることなのよ? 自分が嫌だと思うことを、他人が率先してくれると思う? 文句、言わないの!」

 レンタカーのトランクの中には、クーラーボックスとバケツが入っている。それらを取り出す骸。

「ちゃんと冷えてるよな? 腐ってしまったら意味がない」

 クーラーボックスには輸血パックが収納されている。それをバケツの中にドバドバ入れる。

「好ましくない状況だ――」

 やっていることはかなり怪しいために、刹那は周囲を見回した。自分たち以外は誰もいないことを確認すると安心できた。

「これぐらいでいい?」
「ああ、大丈夫。後はメッセージアプリで聖閃に知らせろ! 俺たちのチームは今から作戦実行だ!」

 もしも邪産神が来なかった場合は、この血は海に流して捨てる。

「札は持ったか?」
「もちろん」

 四人の腕には、数珠が通されている。相手は人の命を奪うことに躊躇いがない幽霊だ、自分たちの命の保証はない。だから昼間、あの会議にいたみんなが【神代】からもらったのである。この命繋ぎの数珠さえあれば、一度だけ死を回避できる。購入もできるがかなり高価な品物で、それが無償で配布されたということが、この作戦の難易度の高さを物語っている。

「聖閃から返信があった!」

 今現在、邪産神の方に動きはなし。

「発見したらすぐに知らせてくれ、そこに直行する。だから絵美たちも、邪産神が出現したらすぐにその場所を教えるから来てくれ」

 と返事に書いてあった。

「じゃあ始めるぞ。絵美、筆を取ってくれ」

 血で満たされたバケツに筆の先をつけ、血で砂浜に魔法陣を描く。これには幽霊を呼びやすくなる効果がある。

「ちょっと分けて……」

 他にも、ペットボトルに血を注いで周囲に置いておく。とにかく邪産神が出現しなければ何も始まらないために、どうにか手段を増やすのだ。
 砂浜は広い。それに夜なので視界も狭い。だから四人は二手に分かれて巡回することにした。簡単にクジ引きをして、絵美と骸、刹那と雛臥に分かれる。

「何かあればまず連絡を!」
「おお、わかってる!」

 懐中電灯を持ち、夜の砂浜を進んだ。
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