第105話 多聞山城(15)巻介①

文字数 890文字

 巻介は薬が効いたか、
清々しい顏になっていた。

 「糸はひとすじひとすじ、
解していくしかなさそうじゃ。
一度に解そうとしても無理なのだから。
暗澹たる思いでおったが、
やるべきことが決まれば不思議と気持ちが軽くなる」

 彦八郎が茶々を入れた。

 「巻殿、御身が宙に浮いておられます」

 巻介は、

 「まさか!流石にそこまでではない」

 と言ったが表情は笑んでいた。

 「さ、城の案内は済んだ。
軽く中食(なかじき)を摂り、
その後、幾つか寺社を共に回ろう。
上様の御下命を伝えねばならぬのであろう?
儂も殿から言い付けを承っておる」

 礼を述べ、東屋を出て歩き始めると、
巻介は仙千代に、

 「市江兄弟も近藤源吾も良い御伴衆じゃなあ」

 と、ふっと漏らした。

 岐阜城下に(ばん)直政が居住していた時、
巻介も当然、そこに住んでいて、
しょっちゅう、仙千代と顔を合わせた。
 
 巻介は、読み書き、算術は、
家が豊かなことから幼くして習っていたが、
富農とはいえ、出が武家でなく、
武道、馬術は、
直政に取り立てられてから学んだもので、
ずっと、どうにも不得手としていた。

 「弓、槍、刀剣、馬、組手……
師範に付いて学んだ故に今では幾らかましになった。
が、家来を探すのは難しいのう。
儂の家は百姓ゆえに、
縁者といっても仙のようにゆかぬ。
かといって他所から引き抜くだけの豪気は無し」

 戦続きの世では、
将兵や家臣を常に補充し続ける必要があった。
 有能な者を高給で釣ることはよく行われていて、
織田家中でも主を変える者が居ないわけではなかった。
 それにより、武将同士で諍いが起き、
不仲の原因となる例がないわけではない。
 例えば、百姓どころか、
漂泊に身を晒して生きてきた羽柴秀吉がそうで、
才覚、度量が頭抜けている為に、
ぐいぐい出世を果たしたは良いが、
躍進を続ける過程では、
周囲と相当に軋轢を生み、
信長が間に入らざるを得ないことさえ、あった。
 竹丸のように重臣の子は、
代々仕える家来衆が居て、
家来はまた家来を抱えているから地位が上がっても、
人材に直ちに困ることはない。
 能力次第で重用される織田家の家風とはいえ、
氏育ちがまったく関係ないのかといえば、
そうではなかった。



 
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