第222話 北陸平定戦(14)青と赤の炎⑧

文字数 782文字

 信長に茶々を入れるような真似は、
誰にも可能なことでなかった。
 仙千代はごく自然に信長の感情を読み、
受け入れ、返した。
 それを自然だと感じられるのは
寵愛故かもしれなかったが、
仙千代の存在は厭わしさを半減し、
愉しさを倍にした。

 仙千代の言葉を受けて、
信長の眼に光が射したのを認めると、
すかさず長頼が、稲葉一鉄父子、
明智光秀、羽柴秀吉、細川藤孝、
梁田広正が加賀まで進んだと伝えた。

 長頼は曽祖父の代から織田家に仕え、
三代前の岸蔵坊は織田姓を下賜されており、
家中では最古参の一族で、
信長も連枝衆に殉じて遇し、
完全なる信を置いていた。
 それが、仙千代がもたらした一言で、
信長の機嫌が明るく変じたことに
安堵するかのような顏をしたのに気付き、
信長は長頼を揶揄(からか)った。

 「仙の茶々など待たずとも、
戦況報告は何にも増して肝要ぞ」

 「万仙の心の臓には毛が生えておるようで、
よもや上様をそれこそ揶揄いますとは」

 信長が揶揄われたとは、
それも並の者では口の端に上げられはしない。
 長頼だから許された。
 しかもその長頼が、

 「心の臓に毛」

 と言う仙千代は信長の寵童だった。

 「確かに。
万仙の(とぼ)けぶりは折り紙付き。
しかし仙千代を儂の前で悪し様に言う誰ぞも、
相当に毛が生えておる。
何処の誰ぞ、主の小姓を悪く申すは」

 「いやはや!
申し訳ございませぬ!」

 長頼は腰を折り、大袈裟に頭を垂れた。
 仙千代は困惑を微かに滲ませ、
慎ましくしている。

 信長は、
若手近侍の長として厳しい物腰で通る長頼も、
仙千代が居れば別の顏を見せるかと、
堅物の忠臣を温かに捉え、
仙千代の人を惹き付ける(たち)にも改めて得心した。

 「さてもそろそろ空腹じゃ。
支度はできておるのか」

 信長の気風が戻ると、
小姓達がやって来て陣食を運んだ。

 一乗谷に初秋の風が吹いていた。
 廃墟の朝倉館を眺めつつ食む握り飯に温かな汁は、
殊の外、美味かった。
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