第267話 柴田(3)狂歌①

文字数 621文字

 高麗茶碗は、
千利休が完成させた侘び茶(わびちゃ)が席巻する今、
野性的な逞しさが武将に好まれ、
中でも井戸茶碗は産地、大陸の半島では日常生活の雑器、
または祭器として使用されたと推測されるが、
茶の湯では「わび」に適うとして、
「一井戸、二楽、三唐津」と珍重された。
 本国では手を動かす生業は下層の者だとして、
製作者の名を残す習慣はなく、
あくまで無銘の品々だった。
 井戸茶碗に新たな価値を見出し、
文化的逸品として珍重した茶人や大名、武家、
富豪が居なければ、
これらは散逸し、欠片となって土に埋もれ、
永劫、姿を消していた。

 「妙なものよな。
王族、貴族に陶工達は蔑まれ、
ただ己が良かれと思う一品を作る為、
日夜励んだ。
 いつしか、海を渡り、
この日ノ本で器は宝となった。
 名の通り、井戸を覗き見るかの如く深い底。
 (うわぐすり)は枇杷の色にて、薄っすらと青みが表れ、
所々釉が飛び、青白く流れる。
 大きく口の開いた、ゆったりとした姿。
虚飾の片鱗さえない。
まさに武士(もののふ)が持つにふさわしい大らかさ」

 愛器を掌に抱くのも最後かと、
信長は両の手で温めた。
 
 「似合うのう、権六に」

 覚悟を決めたからには迷いはなかった。
 口をついて出た言葉に嘘はなく、
飾りを好まぬ勝家に、
青井戸茶碗は所有を許される者として申し分なく思われた。

 「筆を持て」

 穏やかに信長は命じた。
 携行用の矢立ではなく、
直ちに仙千代が硯、墨を用意して、
整うと、筆を秀政に預けた。

 勝家主従、秀政、仙千代は、
信長の発するを待った。


 
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