第91話 多聞山城(1)蘭奢待の行方①

文字数 872文字

 昨年、天正二年 弥生。
 二十七日、帝の許しを得て、
信長が御物(ぎょぶつ)蘭奢待(らんじゃたい)」拝賜の際、
戴香は大和国 多聞山城で行われた。

 蘭奢待の切り取りは、
信長が五畿内、
つまり大和、山城、河内、和泉、摂津を掌握した頃、
城郭検分を兼ねて多聞山へ遊覧した時、
正倉院には世に稀なる香木、蘭奢待がございます、
歴代将軍が迫っても朝廷が極めて厳重に制限をして、
滅多に下賜を許さなかった三界一の秘宝にて、
此度是非、
蘭奢待を賜っては如何ですかと東大寺の僧衆が、
口の端に上げたことが発端だった。

 内裏は素早い動きで、
信長の奏聞に対し院宣を下した。
 
 当日、信長は、佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、
(ばん)直政、蜂屋頼隆、菅谷長頼、
荒木村重、武井夕庵、松井友閑ら、
奉行衆と共に、多聞山城へ入ると、
香木が勅使によって運ばれるのを待ち、
古法に(のっと)って唐人仏師に一寸八分を切り取らせると、
半分を帝に献上し、
残りを自身が拝領の後、
この慶祝を周知する目的で翌月三日に茶会を催し、
茶頭を務めた茶人二名以下、
幾人か側近に蘭奢待を下賜した。
 上機嫌の信長は仙千代、竹丸にも、
蔭ながら茶事に携わり、
よく働いたと言って
極めて小片ながら蘭奢待を授けた。

 竹丸から蘭奢待を献呈された父、
長谷川与次は、
家中に於いて茶の道を究めることを認められた臣下の一人で、
木曾川の北方村にある屋敷に香木を永代の宝として、
厳重に保管したとのことだった。
 
 一方、仙千代も(しか)と警護を付けて使者を遣わせ、
万見の父に渡した。
 
 父は仙千代に、

 「多聞山にて、末代までの物語にせよと仰り、
御物を拝ませていただくことができただけでも
海より深い謝念を禁じ得ないことであるのに、
御香を賜るとは、
この有り難さ、到底語り尽くすことが出来ぬ」

 と書き寄越してきた。

 そして、それから暫くの後、
父は兄である仙千代の伯父と相談した末、

 「このような神物を、
俗塵に(けが)れた家に置いておくのは畏れ多い」

 と兄弟で話し、氏子社の禰宜(ねぎ)から、

 「真清田(ますみだ)は尾張の一の宮であるから、
そちらへ献上するのが宜しいでしょう」

 と知恵を授かって、
助言に従ったということだった。

 
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