第182話 信定の回顧(2)寺育ち①

文字数 704文字

 「お若い時代の上様は、
この御仁はいったい何処へ向かわれるのやらと、
誰をもハラハラさせて儂もその一員であった。
儂が寺に居る時代から目を掛けてくれていた平手様が
上様を諫めんと腹を召された後は儂なんぞ、
仏門へ還ろうかと思うておった程じゃった。
儂なりに思うところがあっての……。
じゃが、我が殿は違う。
声高に忠義を振りかざしはなさらぬが、
首尾一貫、上様に心を重ねておられる。
儂ごときには分からぬことながら、
御二人の間には、
言うに言われぬ厚情が流れておるのであろうなあ」

 信長に仕え、長秀に仕え、
二人より年嵩である信定ならではの回顧譚に、
仙千代は深く耳を傾けた。

 「時に、万仙殿は弟君が、
近々、御家来として加わるのだとお聞きした。
うち、御一名は確か仏門を出ての御身分であるとか。
儂や堀久太郎殿と同じ道筋でござるな」

 堀久太郎こと、堀秀政も信定同様、
幼児期の足跡が寺から始まっていた。

 「仏道と武門は色合いが異なるように見え、
いやはや実際、そうではござらん。
久太郎殿も儂も、寺で武術を十分習っておった。
寺は護りを固める為に僧兵が居る。
そこでは弓、槍、刀術を学ぶ。
また武家の子息は寺の和尚から学を授かる。
左様に、仏と武は交わりがある。
弟君も武家の家風に程無く馴染まれるであろう」

 「であればと、期待しております」

 今や信長の最側近の一人とはいえ、
小姓である仙千代の動静にも耳目を切らさぬ信定に、
流石の記録魔だと舌を巻くと同時、
言葉に温かなものを感じ、
仙千代は、

 「御医者の弟子となっておる、もう一人の弟も、
時を同じくして合流致す予定でおります。
その者も、
やはり武術を嗜んでおると聞いております」

 と、末弟の動静を告げた。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み