第360話 慌ただしい日々(1)秀吉の出立

文字数 1,376文字

 大量にして華やかな歳暮を持参した秀吉は、
信長の歓待を受け、翌朝、
秀政、仙千代の見送りで長浜へ発った。

 信長が政務を行っているところへ
秀吉の出立を報告した二人はそのまま勤めに入り、
居合わせた長谷川竹丸秀一と仕事を分け合った。

 秀政、仙千代が加わったことで余裕が出た信長は、

 「昨夜は驚かせたな。
まさに瓢箪から駒。
 よもや、あのように源吾の嫁が決まるとは、
実際、予想の外ではあった」

 と、振り返った。

 「源吾は如何しておる」

 問われた仙千代は、

 「堀殿の母君が見込まれた娘御、
心根の正しさに間違いはない、
田鶴という名も親の願いが滲み、良き名だと。
 とはいえ今朝は眼が赤く、
おそらく興奮で寝付かれなかったのでしょう」

 と、ありのままを答えた。

 昨日の信長はただ重勝の婚姻を決定し、
白熊を下賜した以外、何ということは口にしなかった。
 が、今朝は、

 「源吾はたいした奴だ。
裏表のない、真っ直ぐな男だ。
 思うところがあって儂は、
源吾の(つま)に伊藤家の養女を薦めた。
 思うところというのは羽柴藤吉郎、筑前じゃ」

 秀政、秀一、仙千代は傾聴の態となり、
筆を置いた。

 「筑前は武家の出ではない。
 あれ程の才覚ゆえ、
家来集めが出世の速さに追い付かぬ。
 人の足りぬ筑前があちらでもこちらでも、
古参連中と揉めておるのは知っておる。
 要は将兵の引き抜きじゃ。
 その筑前が源吾の縁談に前のめりになる理由、
それも儂は知っておる。
 かつて筑前の小姓であった菊を通し、
仙の一派に食い込もうという算術。
 儂は許した。その算段を」

 火鉢の炭がぴしっと爆ぜた。

 「誰も存じておるように筑前は衆道の小姓が居らぬ。
ああした出自であるから、
それこそ契りを結んだ小姓を持つべきなのだ。
 小姓はやがて若衆となり、
一家を成して、一族で主を支える。
 筑前はそこが欠落しておる故に、
家来がいっそう増えぬのだ。
 久太郎。
これからも筑前をよく助けてやるように。
 仙千代。
やはり同じじゃ。
 激しく回る火の玉のような男、藤吉郎。
 覇道の先兵として無二の男だ」
 
 信長の言葉を重勝に伝えなければならないと、
仙千代は一言一句を胸に刻んだ。
 出自も身分も差し置いて信長が求めた男、
それが秀吉なのだった。
 秀吉の弱点は明らかであり、
大名になった現在も武門の縁者が(つま)の一族のみであり、
極めて少ないことだった。

 「白熊では足りぬのう、祝いには。
何が欲しいか訊いておけ。
 安土に邸が欲しいといえば建ててもやるぞ」

 「近藤邸ということでございましょうか」

 「新妻も暮らし辛かろうでな、万見邸の一室では」

 「有り難き幸せ!
源吾、さぞ喜びましょう。
 田鶴殿も、きっと!」

 「何だ、やけに素直に受け取りよって。
遠慮せぬのか」

 はっと気付いた仙千代が赤面すると、
信長は声をたて、笑った。

 「それこそ縄張り奉行の筑前が、
良いように差配するじゃろう。
 源吾に伝えおけ。
 速やかに祝言を済ませ、二人揃って安土へ向かえと。
 媒酌人は無論、堀久太郎秀政じゃ」

 炭がちろちろと赤く燃え、
信長はじめ、誰もの頬を火照らせた。

 上様は何もかも御見通しの上、
源吾の伴侶に田鶴殿を決められたのだ、
源吾、良かったな、
田鶴殿も、ほんに良かった……

 信長は何ということもない顔で炭を突く真似をしている。
 仙千代はそんな信長に胸中、手を合わせた。

 
 

 
 

 
 


 

 
 
 
 
 
 

 

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