第21話 龍城(15)騒擾⑨

文字数 580文字

 信忠が柔らかな口調になった。

 「四という数は縁起が今ひとつ。
四より五が良かろう。四人より五人。
御徳(ごとく)も元はといえば五徳、五つの徳と云い、
炉の上に置いて鉄瓶や鍋を温める、
あの五徳なのだ」

 信康は顔に汗をかきやすい(たち)と見え、
そこが父、家康に似ていた。

 「はっ、姫がそのように申しておったのを、
聞いたことがございます」

 「上様は子らの名に(こだわ)らぬ御方でな。
儂の幼名は奇妙。
弟、この三介は茶筅(ちゃせん)
徳姫は五徳。
それはまだ良い方で、他の弟や妹は、
次だの坊だの(しゃく)だの人だの、
凄まじい限りじゃ。面白かろう」

 「はっ、ははっ……」

 面白かろうと言われ、笑うわけにもいかず、
信康は困惑気味に相槌を打つばかりだった。

 信忠は今一度、五人に目を向けた。

 「それら命はこの三河殿が預かる。
三河殿への忠義を岡崎殿に捧げよ。
そして酒は二度と飲むな。
少なくとも岡崎殿が元気な赤子(やや)を産むまでは。
禁を破ればその時は、
三河殿が直ちに成敗してくれる」

 何処までも寛大な信忠に信康はじめ、
誰もが驚きを禁じ得なかった。
 だが、三郎が囁いた一言を信忠なりに勘案し、
導いた答は実際、理に適っていた。
 酒に酔い、主君を自慢する心から、
同盟者の知りもしない嫡男、二男を貶め、
悪く言ったが、
あくまで忠心が根底にあった。

 首謀者と思われた城兵が、
声も身も震わせつつ、
それでも必死の形相で、

 「恐れながら!」

 と発した。

 
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