第131話 早舟(9)寝所③

文字数 764文字

 聞けば信長は、岐阜を発ち、
丹羽長秀の佐和山を経て、
明智光秀の坂本から京へ入ろうという時、
早舟、
つまり漕ぎ手の少ない機動性に優れた小型船を用い、
水路で移動したという。

 その際、信長の随伴が、
年若い小姓衆五、六名であることを長秀は慮り、
信長に、
いつものように一軍を率い、陸路で上洛するか、
もしくは、せめて大船で、
十分な警護を従えてゆくべきであると進言した。

 「しかも五郎左め、
湖上は嵐にも似た強風だと言うて、
やはり部隊と陸を行けと申すのだ。
仙も知っておろう、
此度、早舟は新しい技を使っての型で、
これは使えるとなれば百、二百と造らせて、
我が水軍を強化するのだ。
それを五郎左は、
無二の御身なれば慎重にも慎重を期すべしと言いよって、
最後まで不得心を隠しもせず。
あれは何であろうな、何を左様に案ずるのか。
そこまで老け込む齢でもなし、
心配性が過ぎるのだ」

 若き日の信長は村木砦救出戦で、
地元の水夫達さえ尻込みをする雨風の中、
熱田から緒川まで強風に乗り渡海して、
わずか半刻で到達すると、
早速、評定に入り、
翌日の合戦に間に合わせたという成功体験があった。
 そうでなくとも信長はせっかちで、
期待の早舟が成ったとなればじっとしていられず、
長秀の憂慮に耳を貸さず、
無にも等しい警護で(うみ)を渡ったに違いなかった。

 「佐和山と坂本は水辺の城。
岸から岸じゃ。何処に敵が潜むというのか。
何を危ぶむことがある。
明智も、陸路なれば半日かかるところ、
早舟は流石であると感嘆しておった。
それが尋常じゃ。のう、仙」

 「なれば、坂本からこの相国寺までも、
上様は、もしや、小姓衆のみと……」

 「無論だ。京には所司代、村井がおる。
京に接した坂本は明智が強く固めておる。
何じゃ、仙まで五郎左の真似か」

 甘く、艶めいていたはずの褥で、
仙千代の身はすっと冷え、不安の風が心に吹いた。

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