第260話 勝家の夢(5)庄助と久太郎②

文字数 620文字

 小谷城陥落以降、
市に不自由がないよう世話を請け負っているのが秀政で、
秀政の見立てとあらばその言い分に間違いはなく、
同時、主の気分を十分に読んだ上での言い様に、
信長は満足を覚えた。

 庄助が権六に命を捧げる烈臣ならば、
我が久太郎も儂の心を憎らしいほど読み切っておる!……

 主の為、必死の懇願を隠しもせぬ勝照、
市への秘めた思いを曝け出したも同然の勝家を前に、
信長は秀政の腹心ぶりに満悦を隠せなかった。
 
 実際、市の再嫁先として、
相手が勝家であれば何の不足もないところではあるが、
いつぞや秀吉が申し述べたように、
兄と夫が兵刃を交え、
望まぬながら永らえた市は、
信長も憐みを抱かぬではなかった。
 
 乱世を生き抜く勇猛と聡明を長政に見た信長は、
莫大な持参金を持たせた上で市を嫁がせ、
天下道への援護として(たの)み、
絶大な信頼を寄せていた。
 可愛がるだけ可愛がり、
挙句に反旗を翻されて、
織田軍は丸裸にされて弟や忠臣が討死し、
我が身も絶命の危機に陥った、
あの撤退戦は忘れられない傷だった。
 その傷は長政、長政の父 久政、
母、嫡子をあの世へ送り、
長政、久政、朝倉義景の髑髏を薄濃(はくだみ)にしたことにより、
生々しい憎悪こそ薄れているが、
しばらく前、
ようやく亡き夫の曝れ頭(しゃれこうべ)
岐阜城の宝物殿を出て菩提寺に葬られるまで、
市が信長に複雑な感情を抱いていたであろうことも、
想像に難くはなかった。

 今の市に再嫁は尚早……
今の今はまだ時期ではない……

 秀政の言い分は理が通っていた。

 


 
 




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