第183話 信定の回顧(3)寺育ち②

文字数 638文字

 「うむ、御医者は武家から転じた御方や、
そもそも、武家が御医者を兼ねてということが多い。
仏門の弟君、医師を志した弟君、
御二方が弓や槍の名手であっても不思議はなかろう。
儂が侍になったのも、
寺で弓術を披露した折、評判になり、
尾張守護殿の御家臣に引き抜かれたのが契機。
寺と武家は水と油に見え、
あんがい親和性があるものじゃ。
弟君達も、案ずるに及ばず、
御城勤めに馴染まれよう」

 「はい。是非とも左様に願っております」

 信定は笑顔を見せた。

 「さて、上様に召し上げられた我が筆が、
何ぞ、働いておると良いのだが。
上様の御選びになる築城奉行衆、
顔触れが楽しみじゃ」

 「はい!」

 信長に渡った信定の帳面が、
信長か、長秀か、どちらかの筆により、
安土に城を築く奉行の名で賑やかに埋まっていれば良いと、
仙千代も胸が躍った。

 那古野城から清洲城へ移り、
小牧城を新たに築き、
念願の美濃征服を果たした際は稲葉山城を岐阜城と名付け、
大改修した信長の腹心であり、
佐和山城を得た後に大規模改築している長秀は、
城造りに於いても信長の意を阿吽の呼吸で斟酌していて、
蹴鞠会の夜、
相国寺に泊まっていった信定から帳面を見せられた仙千代は、
思わず笑いが込み上げた。

 「足りぬ程でございます、紙が!」

 そこには信長の要望や長秀の案が書き込まれていて、
最終紙面は余白まで細々みっしり記されていた。

 「既に御奉行の名も!」

 見入った仙千代の眼が(きら)めくと、

 「文字が躍動しておりますな!」

 と信定こそ、期待の表情が輝いていた。

 
 

 



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み