第284話 岐阜への急行(1)夜陰の出立

文字数 942文字

 武田勝頼、岩村進攻の報は十四日、戌の刻、
信長をして木枯らしの夜、美濃へと走らせていた。
 天下の政務を終えたわけではない。
村井貞勝、松井友閑、武井夕庵ら、
在京の長老衆に加え、
丹羽長秀や明智光秀といった畿内の将に後を任せ、
岐阜へ向かうべく、急遽の出立だった。

 美濃からの早馬は、
他でもない武田勝頼が、
籠城を決め込む秋山虎繁の岩村城救出に動いたと報せた。
 勝頼は領国の至るところから百姓まで強制動員し、
今や進撃中であるという。

 織田・徳川連合軍により長篠城を失い、
志多羅で大敗を喫した勝頼だった。
 それが半年で一軍を率い、岩村へ侵攻している。

 梅雨も明けきらぬ夏、
三河での大勝利から凱旋後、
岐阜の公居館で今後の見通しを秀政、
竹丸、仙千代に占わせた際、
秀政、竹丸により話がほぼ出尽くしたと思われる中、
仙千代は奥三河の土豪、豊田藤助秀吉からの連絡を受け、
武田が三河と甲斐・信濃の境を厳しく封鎖して
旅僧や商人の行き交いさえ禁じ、
国内の引き締めに当たっていることを、
勝頼の早々の捲土重来の意志の表れだと言い、
また、かつて武田家に(よしみ)のあった日根野弘就(ひろなり)の言として、
信玄は新たな時代は上杉と組めと勝頼に言い遺したともいい、
それら鑑みれば勝頼は仇敵であるはずの上杉と同盟を結び、
今後再び、南進、西上の可能性がないではないと述べていた。

 はからずも仙千代の申したままじゃ、
何と武田は積年の敵、上杉と和睦し、
後顧の憂いを断った上、東濃へ打って出た……
 岩村城を救わんと我が軍勢を後方から攻め、
城兵と挟み撃ちにする作戦!……

 朝倉、浅井に挟撃されて撤退を余儀なくされた
惨め極まる一戦が未だ鮮明に思い起こされ、
受けた鉄砲傷は今も痛みで疼いた。

 包囲の側の我が軍とて、
前後から攻め立てられれば百に五十は敗北を免れぬ!
 いや、城攻めは、
敵の三倍の兵を要すが尋常なれば、
よもや殲滅の危機さえ皆無ではない!……

 信長は、何故、馬は天を翔けぬかと苛立ち、焦れた。

 上杉は武田が勝てば織田が疲弊する好機とばかり、
和睦したのであろう、
また、勝頼の若さにつけこみ、たきつけて、
岩村に進んだ武田が敗北したならば、
上杉はこれも笑いが止まらぬ……

 凍てつく寒空の下、馬上で疾風に身を置く信長ながら、
気付けば嫌な汗をどっぷりかいていた。
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