第41話 父子の朝餉(1)

文字数 921文字

 熱田を発って岐阜に帰還した後、
信長は暫し政務に集中し、
信忠は総大将として、
岩村城攻めの準備に入ることになっていた。

 熱田 加藤邸で出立前に朝餉を共にした際、
信長は信忠に岩村城攻略について心構えを質した。

 岩村城は、鎌倉時代からの名門、
東濃 遠山氏宗家の当主である遠山景任(かげとう)の城で、
信長の叔母、(つや)が嫁していた。
 子が無いままに影任が病没すると、
信長は五男の御坊丸を後継として送り込み、
艶を事実上の女城主として御坊丸の養育にあたらせた。

 ところが武田信玄が信忠と松姫の婚姻同盟を破り、
三河、遠江に侵攻し、
上洛を匂わせつつ西上作戦を開始した。

 武田への抑えを担っていた岩村城は、
武田の武将、秋山虎繁に包囲され、
籠城戦を強いられた。

 虎繫は艶が正室となり、
城を渡すのであれば御坊丸はじめ、
家臣将兵の命を助けるという条件を出し、
艶は受け容れて、祝言を上げ、
御坊丸は甲斐武田家へ送られた。

 確かに艶の夫、景任の遠山家は、
歴史的、地理的背景から長く武田家に従属し、
新興の織田家は後で割って入った格好だった。
 家中は武田派、織田派に分かれ、
分裂していた。
 城を囲まれ、兵糧が費えた艶は降伏し、
虎繫を迎え入れた。

 これを知った信長は怒りに燃え、
一万の兵を送った。
 だが、長島一向一揆に手こずって長期の派遣は難しく、
一方的に痛手だけを負い、
兵を退却せざるを得なかった。

 信忠は箸を休め、かといって即答はせず、
黙していた。

 信長はいつも通り、
(せわ)しなく粥をかき込み、
時に大根の塩漬けをバリバリと噛んで砕いた。

 儂の子、御坊を預かっておきながら、
己は再嫁し、子をもうけ、
御坊は武田の人質か!
 虎繫も虎繫!
織田、武田の縁組が成り、
岐阜へ返納の使者としてやって来て、
儂が連日自らもてなし、
(よしみ)を深めたものを裏切りおって!
 今ともなれば、岐阜城で、
もしや艶を見染めていたのか!
 反吐が出る!……

 信玄が使者に遣わす程の武将、
智勇に優れた虎繫は、
敵にしておくには惜しい男で、
結納の返礼で岐阜を訪れた虎繫との何日かは、
記憶を辿れば実に楽しいものだった。

 それだけに、
子までもうけた虎繫、艶の婚姻、
一方、甲斐へ遣られた人質の御坊丸を思うと、
信長の腸は煮えくり返り、
収まらなかった。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み