第99話 多聞山城(9)花の影⑤

文字数 542文字

 急かす彦七郎は場の総意でもあった。
 巻介が皆を見渡し、告げた。

 「(ぼう)石屋が儂に口にした意は、
平たく言えば、こういうことだ。
つまり、
帝の御不快はむしろ興福寺に向けられていた。
興福寺に息子を入れている禅閤に蘭奢待を下げ渡し、
斯様に厚く扱ってやっておるのに何をやっている、
尾張の織田が、
東大寺の口車に乗って香木を切らせよと言い出した、
それを何故止められぬ、何故見過ごした、
織田が切ると言い出せば、
断れぬ現状であるという認識、警戒を何故緩めたと、
とどのつまりはそこなのだ」

 山鴉(やまがらす)の群れが白亜の多聞山城に、
鋭い鳴き声を落とした。

 静寂に戻るのを待って、
またも彦七郎が、

 「法力を謳い、
帝さえ思うに任せぬ興福寺だが、
それでも、いや、なればこそ、
何故、(しか)と織田の振舞を見張っておらぬのか、
東大寺が織田家に(おもね)て蘭奢待と言ったのを、
何故咎め立てせぬかと帝は(なじ)る思いをお持ちであった。
左様なことか」

 と言った。

 朝廷も九条禅閤も寺社も、
大きな一塊だった。
 掴んでも掴んでも掴み切れない霞か雲か、
いや、「下賤」が触れてはならない花なのか。
 白鳥の如くの帝や公卿の人々は、
仙千代ら、
尾張の侍集団を無骨野蛮な黒鳥(くろがらす)だとして、
陰では(あざけ)っているのだろうか、
嘲りによって誇りを堅持しているのかと、
仙千代は(かぶり)を振った。
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