第301話 女城主(8)秀隆の使命

文字数 797文字

 「……あいすみませぬ。
浮かんだことを思うたまま口にするは未熟者の致すこと。
五十路が近いこの与兵衛(よひょう)
恥じ入るばかりにございます」

 秀隆は織田家に仕えて三代目という譜代の家臣で、
信長が頼りにすること余りあり、
信忠も秀隆にはいかにも自然な敬いがあった。

 「構わぬ。それが人というもの。
その心なくしては鬼と同じだ」

 「ははっ……」

 陥落した岩村城はこの後、
秀隆が城主になると決まっていた。
 三河岡崎の小豆坂の戦いで、
十六にして初陣を果たした秀隆が四十八にして、
ようやく一国の主となり城を持つ。
 その城は小姓時代より仕えた主の妹の城であり、
秀隆が嬉しいばかりの顏をできぬのも道理ではあった。

 信忠はその心情を酌んだ。

 「与兵衛」

 「はっ!」

 「武田家は永年の名家の中の名家。
甲斐、信濃、東濃と、長きにわたり勢力を張り、
我ら織田勢は新参者だ。
この六ヶ月(むつき)の戦でも、
いったい何人の内通者を捕えたか。
 左程に武田の浸透は厚いがこの地。
上様が難場、岩村を与兵衛に任せるは、
他に並ぶ適任は居らず、
与兵衛でなくては治まらぬと見込んだ故だ。
 聞けば、与兵衛は、
若かりし頃より美濃の各地で戦を張って、
調略も為していたという。
 織田家に於いて与兵衛より他、
岩村に相応の武将は居らぬ。
 この国を確と守り、
岐阜の背を安んじられよ。
 難渋の地ゆえ、
これより先も苦労が重なると思う。
 まこと、感謝に耐えぬ」

 信忠の傳役(もり)として務めを果たした秀隆と、
この後、別れが待っていた。
 秀隆は岩村城主となって東国の抑えを果たす。
 信忠は次の総大将戦に備えるべく岐阜へ帰還する。

 「与兵衛をたいそう可愛がったという亡き大殿。
その御心に沿う道は上様の仰せに従うことじゃ。
何も申し訳なく思うことはない。
唯一の道を真っ直ぐ進む。
 それだけが与兵衛の道だ」

 秀隆は深く頭を垂れ、
三郎、勝丸も、秀隆と同じく、
信忠の言葉を全身で受けた。


 



 

 
 

 


 

 

 

 

 
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