第428話 第三部 了に寄せて(2)
文字数 681文字
……織田長益②
愛知県犬山市、国宝、如庵。
信長の叔父が築いた織田家の城、やはり国宝の犬山城の庭園に、
有楽斎の茶室、如庵は今も往時の美を伝えています。
我が国の国宝茶室は三つのみ。
一つが如庵。
「庵の如く」という茶室。
何処か悠々と明るささえ感じさせます。
如庵と名付けた茶室を各地に建てた有楽斎。
その茶室は利休の高弟や子から非難を浴びます。
利休の哲学にそぐわぬというのです。
が、有楽斎は我が道を行きました。
やはり芯には織田家の血、兄、信長同様、
規制の価値に囚われぬ自在の魂が燃えていたのか。
有楽斎は利休自ら教えたという直の高弟でありながら、
己の審美の世界を見出して、
新たな茶の湯を究めてゆきます。
裕福な勝幡織田家に生まれ、
信長の傳役 にして大の数寄者、平手政秀の娘を娶り、
(政秀の遺した茶器は江戸時代に入り、
「政秀好み」と称されて非常な高値で取引され、
現在の価値で2000万円という器もあったそうです)
教養に於いては信長の弟の中で随一であったという有楽斎。
戦なんて行きたくなかった、
武術も得意ではなかった、
ただ書物、美に親しみ、静穏に暮らしたかった。
という想像さえしてしまいます。
それでも戦国の覇者、織田家の男。
信長の弟にして信忠の叔父。
ひいては淀殿の叔父であり、
徳川二代将軍秀忠の正室、江の叔父にして、
生まれながらの将軍、家光の大叔父。
静かに暮らしたかろうとどう考えても許されません。
亡き兄のかつての家臣、秀吉に頭を下げる身となって、
秀吉死後は豊臣と徳川の間を取り持とうと努めるも、
豊臣滅亡を見届け、徳川の世に……。
③へ……
愛知県犬山市、国宝、如庵。
信長の叔父が築いた織田家の城、やはり国宝の犬山城の庭園に、
有楽斎の茶室、如庵は今も往時の美を伝えています。
我が国の国宝茶室は三つのみ。
一つが如庵。
「庵の如く」という茶室。
何処か悠々と明るささえ感じさせます。
如庵と名付けた茶室を各地に建てた有楽斎。
その茶室は利休の高弟や子から非難を浴びます。
利休の哲学にそぐわぬというのです。
が、有楽斎は我が道を行きました。
やはり芯には織田家の血、兄、信長同様、
規制の価値に囚われぬ自在の魂が燃えていたのか。
有楽斎は利休自ら教えたという直の高弟でありながら、
己の審美の世界を見出して、
新たな茶の湯を究めてゆきます。
裕福な勝幡織田家に生まれ、
信長の
(政秀の遺した茶器は江戸時代に入り、
「政秀好み」と称されて非常な高値で取引され、
現在の価値で2000万円という器もあったそうです)
教養に於いては信長の弟の中で随一であったという有楽斎。
戦なんて行きたくなかった、
武術も得意ではなかった、
ただ書物、美に親しみ、静穏に暮らしたかった。
という想像さえしてしまいます。
それでも戦国の覇者、織田家の男。
信長の弟にして信忠の叔父。
ひいては淀殿の叔父であり、
徳川二代将軍秀忠の正室、江の叔父にして、
生まれながらの将軍、家光の大叔父。
静かに暮らしたかろうとどう考えても許されません。
亡き兄のかつての家臣、秀吉に頭を下げる身となって、
秀吉死後は豊臣と徳川の間を取り持とうと努めるも、
豊臣滅亡を見届け、徳川の世に……。
③へ……