第224話 北陸平定戦(16)青と赤の炎⑩

文字数 733文字

 何より忘れてならぬのは五年前、
朝倉・浅井・延暦寺と、
織田・徳川が戦った志賀の陣で、
信長はその際、員清(かずきよ)から受けた損害を、
積年遺恨として募らせていた。
 
 志賀の陣では、
信長を追い込む好機と見た本願寺までが便乗し、
戦に乗り出してきた。
 本願寺と延暦寺は、
応仁の乱以前より敵対関係にあって、
兵刃を交えた間柄ながら、
共闘はせぬまでも信長が共通の敵となっていた。

 本願寺は撤退戦を強いられた織田軍の舟を隠し、
退路を断たんと邪魔をした。
 居るべき味方が討たれて消えて、
あるべき舟がそこに無かった。
 
 早舟に乗る浅井軍の員清は、
右往左往の織田勢に矢を射かけて攻撃し、
信長の首級を狙った。
 信長は大将自ら奔走し、浅瀬を探した。
 軍勢は這う這うの体で渡河する憂き目に遭った。
矢を背に逃げた屈辱は信長の心奥で燃え続け、
怒りは決して静まらなかった。
 やがて、何食わぬ顔をして員清を赦し、
光秀の与力とした信長は、
動静を(つぶさ)に見ていた。
 そこに信長の信を得るだけの忠誠は、
見当たらなかった。

 義弟(おとうと) 長政に裏切られ、
敵に背を向け落ちのびて、
決死の家来に後を任せて京へ走ったあの辱め、
忘れられはせぬ!
 あの戦を発端に、
どれほど織田の血が流されたのか!
 血は血で(あがな)え!
 さもなくば我が一族、
忠臣、烈士は黄泉(よみ)を彷徨うばかり……
 
 志賀の陣では直接には弟 信治、
重臣 森可成(よしなり)、坂井政尚ら、
間接的には、
この戦に呼応した本願寺一向門徒によって
尾張 小木江城の弟 信興を喪っている。
 
 員清は生命の残り火を消すべき時に来ていた。
それが北陸平定の決着を見た
新たな城の普請場だった。
 長秀、光秀、秀吉という時の寵児が支配に乗り出した湖畔の国々に、
不満を溜めた古豪の武将が
生き永らえる道は残されていなかった。
 
 



 
 

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