第415話 三人の夜(2)打明け話

文字数 1,040文字

 「儂は外面(そとづら)が良いらしい。
二人には淋しい思いをさせた。
 親元を離れ、養子先を離れ、
ようやく兄の許へ来たかと思えば兄は勤めに追われ……」

 仙千代は二人に腕を伸ばし、両脇へ寄せた。
 銀吾も祥吉も拒まず、直ぐ寄り添ってきた。

 「しりとりでもするか」

 互いの身体で温め合いながら言葉遊びをし、
すると途中、銀吾は、
小梅、紅梅、白梅、梅干しと何度も「梅」に絡んで答えた。
 反応したのが祥吉で、

 「銀吾兄、梅はもう結構でございます!」

 と半身を起こした。
 銀吾は笑って、

 「いや、祥は梅を好んでおるからの」

 「今はそれは要らぬのです。
好い加減おやめください」

 仙千代もそこで察した。
 おそらく祥吉は古刹での修行時代、梅なる娘を好いていた。

 「手も握らずに終わってしまったのです。
古渡(ふるわたり)の武家商人の娘で、
出会えば娘御の(とも)の御女中や下男を交え、
時候の挨拶をした程にて別れの挨拶さえなく、
(たま)さか話しただけの……。
 熱田の神官の姫様を見掛け、
懸想されたのではありませぬか、銀吾兄こそ」

 銀吾も起きて、

 「言うな言うな!」

 と慌てふためき、枕を祥吉に投げた。

 つまり銀吾も祥吉も城勤めに上がる前、
淡い恋を経験していたということだった。
 銀吾は十三、祥吉は十二。
幼いなりに出逢いがなくはない年頃だった。

 「あっ!顔に当たった!
梅の名で散々揶揄(からか)い、次は枕ですか!」

 「姫の名さえ知らぬのだ、
それを祥こそ揶揄って!」

 横たわる仙千代の真上で取っ組み合いが始まって、

 「(やかま)しい!」

 とこちらも飛び起きて叱ってみせると
二人は塩らしく仰向けに戻った。

 「いつか大出世を遂げた日に、
熱田へも古渡へも迎えにゆけば良い。
於梅も姫も。
 縁があれば結ばれぬことはない」

 静かになったところで銀吾が尋ねた。

 「兄上は上様の御寵愛が深く……。
古参の御家臣から聞き及びますれば、
その程は越前守(えちぜんのかみ)様以来ではないかとも。
 とはいえ何処ぞの姫君や御女中に
心惹かれることはないのですか」

 越前守とは丹羽長秀を指していて、
長秀は信長が、

 「我が兄弟」
 
 「米の如く一日も欠かせぬ存在」

 と言って憚らぬ絶対的な寵臣だった。

 仙千代は、

 「丹羽様に儂なぞを同列に口にするなど許されぬ。
また最後の尋ねは聞かなかったことにしておこう」

 と淡白を装って言い、

 「さ、明日は忙しい。もう休め」

 と足した。
 銀吾、祥吉は静かになった。
 兄の精一杯の正直を二人は正確に解したと仙千代は受け止め、
弟達の聡さ、そして兄を慕い、敬う思いに感謝した。

 

 


 
 

 

 

 



 


 

 




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み