第64話 岩村城攻め(8)公居館⑧

文字数 855文字

 竹丸と仙千代が、
織田家の次世代の担い手となっていくことは、
信忠も承知のところで、
二人が様々な経験を積んでいくことに異論はなく、
当然の推移だと見ているが、
仙千代は日頃の側近勤めに加え今回は、
酒井忠次父子の饗応と岩村の戦目付を命じられており、
そこに尚も任を与えようとは、
信忠は内心、

 八面六臂とはこのこと、
上様は仙千代に何をさせるのか……

 と、驚嘆の思いを抱いた。

 しかし特別な寵愛対象には、
とことん働かせるのが父、信長だった。
 例えば過去に信長の閨房をあたためた小姓で、
似た道を辿った存命の者といえば、
古くは丹羽長秀、昨今では堀秀政だった。

 二人は共に譜代出身ではなく、
家柄もけして高いとは言えない。
 だからこそ信長は、
多くの任務を与えて成果を求めた。
 翻って言えば、あらゆる方面で、
好結果を出さなくてはならないのが、
寵愛された小姓出身者だった。
 日頃の羨望は、
褥の相手をしての出世であると、
いともあっさり、侮蔑や嘲笑と入れ替わる。
 羨まれる存在であればあるほど、
激務に身を晒すのが信長の最側近だった。

 ただ信長は、
意地の悪さでそうするのではなく、
まず自身が、
誰よりも己をこき使う生き方をしてきた男で、
寵愛を授けた相手であればこそ、
同じだけの熱を求め、
共に働くことが純に楽しいのだと信忠は見ていた。
 その純な部分は時に突出し、
波風や齟齬を招くことがあるものの、
信長の思考法では、
百が可能なら、その先も可能なのだという、
至極明快なものだった。

 「酒井の接待が済み、
子が岐阜に落ち着いた後、
岩村での検使、そして大和への出張を命じる」

 慎まし気にしていた仙千代も、
流石に目をむき、(しばたた)かせた。
 信忠も、
いくらか表情が動いたことを自覚した。

 大和は京以上に古い歴史を持つ、
極めて難しい土地柄で、
権益は複雑に絡まり、守護の役割を、
事実上、長年、興福寺が負っていた。
 信長は古参の家臣、(ばん)直政を新しく守護に任じ、
直政は多聞山城に入る準備をしているが、
寺社勢力から有形無形に嫌がらせを受け、
入城前から苦労を積んでいた。

 


 

 





 

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