第215話 北陸平定戦(7)青と赤の炎①

文字数 838文字

 「あ奴」と秀吉を呼んだ信長は
侮蔑を滲ませたのではなかった。
 下層の出である秀吉が他を圧倒する努力で、
全霊をもって伸し上がってきたことを知るが故、
稀有な才覚を持った男が配下である幸運、満悦が、
信長をして秀吉を「あ奴」と言わせた。

 信長の前に現れた時、秀吉は、
元はといえば旅の針売りから身を起こした
有象無象(うぞうむぞう)(やから)に過ぎず、
信長もまた尾張統一に苦しみ、
大大名である今川義元に浸蝕され、
弾正忠家滅亡の危機に瀕してさえいた。

 「家来の出世は(たの)しいものだ。
のみならず、
商人も百姓も皆で豊かになれば良い。
我が旗の許では大河に橋が架かり、
険しい道が整備され、
旅人を苦しめる税がなくなり、
国と国が結ばれる。
誰もが豊かになれば良い」

 東濃岩村から使者で来ていた菅谷長頼が、
越前平定に参じることができるとは僥倖だと言い、
信長の親衛を務めると名乗り出て、
仙千代はじめ、
市江兄弟、近藤源吾らも長頼と共にあった。

 一同傾聴し、信長を仰ぎ見る中、
長頼が、

 「先だって、
立柱式が執り行われましたる瀬田の大橋、
未曽有の規模と耳にしております。
民の不便を思い遣る御心、
美濃からの道中におきましても畿内津々浦々、
感謝の声を聴き及びましてございます」

 「うむ。長大な橋ぞ。
岩村の決着がついた暁には、
出羽介(でわのすけ)にも見せてやりたいものだ。
天下を治めるとは斯様なことぞと模範をな」

 「秋山虎繁の抵抗に戦況が膠着し、
橋の渡り初めに間に合いそうもなく、
申し訳なくも残念でならぬと
仰せでございました」

 貴公子然として育ってしまったと
一時は危ぶんだ信忠が、
いつしか総大将を担うだけの力、見識、
人望を得ていた。
 であればこそ、次の世を見据え、
信長には為すべきことがあり、
筆頭が、石山本願寺との対決だった。
 他の宗派を圧倒し、
一宗教勢力の域を超え、
戦国大名化した武装集団、
本願寺との戦いが、
またしても繰り返されている。
 この越前で、
今度こそ法主 顕如の悪行を止めると信長は誓い、
激しい風雨も気にせず、
一斉総撃を命じた。

 
 

 
 
 

 

 

 

 




 


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