第351話 秀吉の土産(3)源氏の血

文字数 1,797文字

 信長は興福寺から献上された精緻な透かし彫りの大和扇を開け閉じし、
僅かに思案の後、

 「毛利の魂胆が透けて見える話であるな。
筑前、良う調べおったの。
 褒めてつかわす。大したものだ」

 秀吉の冠位は筑前守(ちくぜんのかみ)であり、
信長が今後、西国から南国を制覇するにあたり、
三条西実枝(さねき)の助言を得、朝廷に願い出て、
武功著しい家臣達に贈与された
(いにしえ)の名族の(かばね)に由来していた。

 「はっ!恐悦にございます!」

 「六大夫。
 秋山虎繫の嫡男。
秋山は甲斐源氏の高家にして武田家と並び立つ名門。
 毛利は毛利で鎌倉幕府の重鎮、
大江広元が祖であって源氏と(えにし)の深い家柄。
 毛利は友好を見せ掛けて裏では調略を駆使し、
織田の覇道を邪魔立てしておる。
 そこへ、源氏の血筋の六大夫……」

 信長は冷笑、感心で口を歪めた。
 
 「毛利とすれば、
六大夫を渡せと言われても拒んで何の違和も無く、
同族の情けであるとして六を匿う理由は立っている。
もっともらしい言い草じゃ。
 本願寺、武田、足利、そして毛利は結び付き、
そこへ六大夫も加わったのだ。
 六は虎繁の子。
 同時、織田家の血筋でもある。
下にも置かぬ扱いで、六大夫は成長を遂げ、
将の道を歩むであろう。
 毛利の為に……」

 六大夫殿、命を長らえられた……
不忠なのやもしれないがやはり良かった……
 浅井万福丸殿は探し出されて最後、
わずか十歳で(はりつけ)となった……
 六大夫殿、御命(おいのち)、大切になされ……
 於艶様が必ずや見守っておられる、
あの世から……

 甘いことは承知の上で仙千代は、
六大夫の無事に安堵した。
 信長さえも六大夫の強運に胸がすくのか、
 
 「毛利の手に渡ったものを欲しがるこの儂ではない。
煮ようが焼こうが好きにするが良い。
いずれ兵刃を交える日があれば、
それこそ楽しみとなろう」

 「付け加えまするに六大夫殿、
村上水軍の領袖に預託されたとも」

 「何、村上水軍に」

 「あの水軍は河内源氏が祖と聞き及びます。
何処までいっても源氏で繋がっている。
 六大夫殿。
運の強い御子様であらせられる」

 「確かに、な。
六大夫の存命に立腹しきれぬは、
何処かで血族であるという思いが働くからか。
 今はこれで良し。
 いつの日か、城介殿が毛利を討ち、
相まみえるであろう、長じた六大夫と。
 それも一興……」
 
 六大夫の行方は、
秀吉が間諜や出入り商人からの情報を集約、解析し、
まとめ上げて信長に報せたものだった。

 秋山、いや、馬場六大夫の話であるのに、
仙千代はふと山口小弁を思い出していた。
 毛利家は西国随一の大身であり、
梅之丞ら山口座の多くが毛利家の領国を故郷としていた。

 六大夫殿も小弁も戦国の子……
酒井九十郎も甲斐の御坊丸様も、
皆が乱世を生き抜く子……

 意識を飛ばした仙千代に、
朗らかな秀吉の声が飛んだ。
 
 「さて、最大の土産はこれにて終了でございまするが、
先般、珍しい品々が手に入りました故、
本日、歳暮として持参してございます。
 佐吉!お持ちせよ」

 隣室に侍していた石田佐吉が、
福島市松、加藤夜叉若と共に謁見の間に入り、
夥しい贈り物を披露した。

 北海の生き物の毛皮や敷物、
やはり北国の産出である色とりどりの貴石、
北の海の珍味の干し物等など、
秀吉の領国である長浜の湖畔へ立ち寄る松前船から
水揚げされたものだった。

 「大湖(おおうみ)を経由して、
摂津や京で売りさばこうという商人から、
此度すっかり買い占めてやりました。
 すると他で売るものがなくなって困りますと言うので、
なあに、ここで空になったのだ、
今からでも直ぐ引き返し、
あと一度、物産を満載し年の瀬までに戻れば良い、
今は儂が買い上げる、
左様に伝えましたところ、
売り切った嬉しさ半ば、困惑半ばで、
慌てて北へ戻ってゆきました。
 今の時期では松前に辿り着けぬやもしれませぬなあ。
 ま、越後か出羽か、
そこら辺りでの商いとなるやもしれませぬが、
越後も出羽も珍しい産物がありますでなあ」

 贈物の中でも白熊の敷物はとりわけ珍奇で、
信長の御前ながら近侍全員が、

 「斯様な生き物は初めてでござる」

 「色が抜けたのでありましょうか、
熊ながら毛が真っ白でございます」

 「何を食べればこのような毛色に」

 と目を瞠り、信長は面白がって、

 「白熊と言い、生まれながらに白いのだ」

 と知識を開陳し、
信忠も一同の興奮ぶりに笑んだ。
 秀吉は場の誰よりも賑やかしく笑顔満面で、
信長の指示のもと、
珍品の数々を近侍衆に分け与えた。


 




 


 


 

 


 
 

 
  
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み