第308話 長良川畔(2)公居館 前庭②

文字数 827文字

 国のどの城をも圧倒する標高の岩村城。
 幾重もの堅牢な石垣と深い霧に包まれて、
全貌を見ることさえ年に何度もはないと聞き及ぶ、
要害の霧ヶ城。
 籠城が六ヶ月も持ったというのは、
何処(いずこ)の勢力が兵糧を隠し運び入れていたのか、
信長は問うた。

 武田だけではないは明らか……
遠山諸将、本願寺、北条、
もしくは、あってはならぬが、
他に思いもよらぬ裏切り者が何処ぞに居るのか……

 これに答えれば、
万が一にも助命される可能性が無いではないと
一縷の望みに縋るのが人の常というものだった。

 重臣二人は虎繁を見た。
そこには生への希望が宿らぬではなかった。
大嶋、座光寺にも一族郎党、譜代の家来衆が居て、
己が助命されれば未だ存命の以下の者も同様の沙汰となり、
救われる。
 命乞いは無様ではあるが、
ある場合には御家の為、
恥を忍びに忍んだ最後の手段でもあった。

 虎繁は無言で通した。
 信長は虎繁の急所を突いた。

 「女一人に(こだわ)って、
生き恥を晒し切っておるからな!」

 虎繁は髪の一筋も揺らめかず、
沈黙を続けた。

 「兵糧は誰が入れた!」

 大嶋、座光寺は虎繁の覚悟を今一度知り、
面を下に向け、共に唇をぐっと締めていた。

 虎繁が静かに放った。

 「もう良いでしょう。
終わったことでござる」

 死を賜るにせよここで従順を見せれば、
刑罰が軽くなるかと想念するのが尋常だった。

 三者は一体で信長に対峙していた。

 「磔に処す。
虎繁は逆さ磔として、
忠義の二人が苦悶して先に死ぬる様をとくと見遣るが良い」

 岩村で夏から冬の半年もの間、
過酷な包囲戦を耐え忍び、命を失い、傷を負った者達、
そして鳥居強右衛門、
それら者共の忠節に応え、仇を討たねばならない。
 武人、秋山虎繫への敬意を失ったのではない。
虎繁の於艶への一途な思いも一個、人として、
否定できはしない。
 ただ信長は、織田家総帥として、
すべきことをしたのだった。

 虎繁は泰然と、微動だにしなかった。
 大嶋、座光寺は、
末期の別れとばかり、虎繁に頭を垂れた。


 


 

 

 

 

 
 

 


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