第168話 蹴鞠の会(6)晴れ舞台⑥

文字数 715文字

 信定は、

 「飛鳥井家先代が勝幡を訪れ
蹴鞠を伝授していったのが、
上様二歳という御幼少の(みぎり)
今日のこの日を亡き大殿も、
さぞ晴れがましく御覧になっておいでじゃろう。
そして平手様も、また……」

 平手といえば政秀のことで、
信長の傾奇(かぶき)ぶりを(うつ)けであるとして
織田家中が不安定な様相を見せる中、
腹を割き、
一命をもって主の行状を諫めた忠臣だった。

 「平手様は儂が居った成願寺に本領が近うて。
寺で茶会があるというと、
よう顔を出して下さって、
儂は還俗前から可愛がってもらっておった。
歌も鞠も熱心に学んでおられた大殿、
また、平手様。
御二人が栄えある上様の御姿を、
草葉の陰から御覧になっておられるようじゃ」

 見聞するすべて、忙しく書いていたその手は、
いつかしか目もとへ行っていた。

 「又助。おや、泣いておるのか。
鬼の攪乱を見た」

 涙を拭った信定を長秀は揶揄(からか)う真似をし、
それでも響きに思い遣りを滲ませた。

 織田一族の血で血を洗う尾張統一の過程を、
信定も(つぶさ)に見、
その渦中に身を投じ、今日があった。

 感の極まりを照れたのか、
信定が長秀に意趣返しをした。

 「上様のせっかくの御厚情なれど、
殿は蹴鞠は、
実は興味がおありでないやもしれませぬな」

 「むっ?何故じゃ。
上様が招いて下さったのだ、
嬉しくないわけがなかろう」

 長秀は言い張った。

 「お若い頃、皆様で蹴鞠をなさり、
吉法師様から顔面に鞠を受けられたのが殿」

 「うむ、そうなのだ。
鼻が折れたかと。
いや、しかし本日の招きは恐悦至極。
御庭の物陰からそっと見物させていただこう」

 と言いつつも、
実際、長秀が蹴鞠を余り好まぬ様子は窺い知れて、
歴戦の武将にも苦手があるかと
主従の朗らかなやりとりを仙千代は面白く見た。


 

 



 

 
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