第40話 熱田 羽城(11)加藤邸⑪

文字数 787文字

 仙千代の出自にあたる鯏浦(うぐいうら)神子田(みこだ)家は武家で、
百姓でも商人でもないが、
養子に入った万見の家格の低さは否めず、
信長の寵愛が逆作用して嫉みの的になり、
苦しい思いを強いられているのなら、
不届き者には譴責を加えねばならぬと信長は考えた。

 「人の心の奥は分からぬもの。
己の力不足を棚に上げ、
妬む者が居ぬとは言い切れませぬ。
なれど、重用に恥じぬよう、
仙千代は研鑽を積んでおります。
とりわけ、菅屋様、堀様の信は厚く、
時に先達の私を置いて仙千代が呼ばれることも」

 菅谷長頼、堀秀政、長谷川竹丸、
万見仙千代は、信長から見てさえ、
集団として良い組み合わせであり、
まとまりがあった。
 その先は、
信長が無上の信を置く丹羽長秀の線に繋がっている。

 安堵を覚えた信長は、

 「竹は自ら望み、
あちこち、普請の場に出張り、
しょっちゅう留守にするからじゃ」

 と茶化した。

 竹丸が口を尖らせた。

 「何だ、その顔は」

 不満気な顏はいかにもわざとらしく、
信長は脇に座している竹丸の腿を撫でた。

 「何が不服か」

 「仙のことは案じ、
私を心配しては下さらぬのですか、
竹丸が()けられていると」

 「ほう、焼くのか。竹であっても」

 信長は尚も揶揄(からか)った。

 「焼いても竹は美味くはないぞ」

 「筍なれば、ここに」

 竹丸が信長の手を取り、
裾の奥に誘った。

 「これはまた、仙のような物言いをする」

 「仙千代は褥でそのようなことを?」

 慎ましく朴直に見え、
夜は奔放なのだと信長は言い掛け、
当たり前のこと、そこは黙した。

 「仙千代のことはもう良い。
せいぜい(よしみ)を結び、仲を深めておくことだ。
竹と仙が緊密なればこれに勝るものはない。
外で戦をしておるというに、
家中まで火種が燻ってはかなわん」

 腕を取り、
褥に引き入れると信長は口を吸い、
竹丸の脚に脚を絡めた。
 はじめ、睦言を交わしていたが、
徐々に吐息だけになり、
やがて荒々しい息遣いに変っていった。


 


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み