第24話 龍城(18)岡崎の夜②

文字数 1,062文字

 「寛大な御処置、
流石に我が殿と感服しておりました。
だのに御心の奥はそのようなことを?」

 「儂が三河であったなら、
問答無用で刑場へ引っ立てていた」

 勝丸が(つばき)をごくっと飲んだ。

 「城内の、しかも本丸で飲酒を犯し、
己が主の義兄を愚弄した。
問題は、それが見付かり、聴かれたことだ。
見られず、聞かれもしなければ、
無いも同じ。
ところが迂闊な上にも迂闊な始末。
厳しく処断しなければ示しがつかぬ。
軍は規律で保たれている。同盟も然り」

 「三郎殿、
何を耳打ちされたのです」

 「岡崎殿の警護に付けては如何ですとな」

 三郎が囁いたのは、
確かにその一言だった。
 岡崎殿こと徳姫は、
舅 家康や夫 信康の情愛深く、
父 信長の栄華が相まり、
存在が華やかであればある程、
姑である瀬名姫の憎悪を招き、
それはそれで徳姫の立場の不安定要素になっている。

 「首を刎ねよとお告げになることも、
出来ましたはず」

 「毒を以て毒を制す。
それもまた一興だと気が付いた。
三郎は呑気、大味に見え、
物事を良う観察しておる。
侮辱を許さぬ義兄も悪くはないが、
許す義兄は一段と上。
と映るよう、振舞ったのだ。
儂も人が悪い」

 父、信長は、庶兄 信広が、
二度までも謀反を起こしたのを赦免して、
長島一向一揆征圧戦で討死するまで、
連枝衆のまとめ役として重用した。
 長島でその信広を討った敵将は、
信長に滅ぼされた伊勢の大木一族の子である
大木兼能(かねよし)だったが、
信長は兼能を見どころがあるとして配下の佐々成政に付け、
今回の合戦で鉄砲隊を指揮した成政のもと、
重責を担わせている。

 「佐々内蔵助(くらのすけ)成政は、
元服間もない嫡男 松千代を長島で喪った。
悲しみも癒えぬ中、
上様の(めい)により内蔵助は大木を召し抱えた。
なればこそ大木の報恩の念は深い。
儂が城兵達を御徳(ごとく)にあてがったのも左様なことだ。
厳罰だけでは人道はおさまらぬ」

 「あの者は最後、
自ら罪を訴えました。
若殿を文盲呼ばわりさえしたのだと」

 「正直も場合によるが、
あれは好ましかった。
討てと命じず良かったと胸を撫でおろしたものだ」

 勝丸が唐突に抱き着いてきた。

 「若殿!」

 「何だ、急に。
節々が痛むのではないのか」

 「若殿!」

 夥しく顔中に口づけてくる。

 「(つばき)でべろべろじゃ」

 「若殿全部、食べてしまいとうございます!」

 「勝の餌になどならん」

 「頂戴いたします!」

 「負傷に響く。もう休め」

 「嫌でございます!」

 むしゃぶりついてくる勝丸と、

 「休め」

 「休みませぬ」

 と、じゃれ合うようにしている内に、
信忠が負ける格好となって、
いつしか勝丸を組み敷いていた。






 

 

 

 
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