第33話 熱田 羽城(4)加藤邸④

文字数 1,413文字

 夕刻、熱田の羽城では、
加藤図書之介順盛(ずしょのすけよりもり)が案の定、
街道で待ち受けていた。

 年若い息子達や召し使っている者ら、
二十人か、三十人か、
信長の勝利を慶祝し、皆に提灯を持たせ、
祭の境内かというように道を照らしている。

 「御老体!長らく待たせた」

 「いえ、何の。
つい今さっき、来たばかりでござる」

 「弥三郎が三方ヶ原で散って三年。
三年(みとせ)待たせたと言っておるのだ」

 かつて、若かった信長が、
傍から離さず寵愛した若衆、
岩室長門守(ながとのかみ)重休と図書之介の二男 弥三郎は、
面立ちが似通っていて、
重休の戦死を受け、嘆きを深めた信長は、
弥三郎を岩室家に入れ、
岩室勘右衛門と名乗らせた。

 故あって弥三郎は家康のもとに付き、
岡崎で御徳(ごとく)の警護をしていたが、
武田を相手に三方ヶ原で勇ましく戦い、
竹丸の叔父 長谷川橋介らと枕を並べ、討死した。

 「有り難き御言葉、弥三郎の耳に、
必ずや届いておりましょう。
先だって上様御一行をお見送りして以降、
馬で走れば三河は直ぐだと思えば、
必勝祈願で神仏に向き合おうとも、
浮き立つ思いが抑えきれませず、いやはや」

 「図書之介から盃を受けての戦では、
負け知らず。
御老体こそ、戦の守り神じゃ」

 「浜松殿も御嫡男共々、
御活躍あそばしたとか」

 「うむ。兜も無しに先鋒を務め、
我ら織田軍も大いに鼓舞された」

 「無兜で!」

 「たいしたものよ。
流石、図書之介の世話になっただけはある」

 「いえ、うちでは、
息子達が遊び相手になっておっただけにて」

 と言いつつも、
竹千代時代の家康を二年近く預かっていた図書之介は、
信長と家康の合同作戦が勝利となって
亡き息子の仇を討ったとは、
殊更嬉しく堪らぬと表情が物語っていた。

 加藤家は羽城に勢力を持つ地侍で、
織田家に臣従し、図書之介で二代目だった。
 
 羽城は神宮と湊が近く、
加藤家はそこから得られる権益を代々受け継ぎ、
地侍とはいえ、財力はたいしたもので、
信長の父、信秀は当初、
加藤家が豪商だと思っていた程だった。

 家康こと、松平竹千代は、
松平家の御家騒動の隙をついた信秀の計略により、
尾張へ身を移すと、
はじめ、建立間もない織田家の菩提寺、
萬松寺(ばんしょうじ)に留め置かれ、
やがて、やはり信秀の発案で、
図書之介の邸宅に石川数正、酒井忠次らと二年を過ごした。
 信長の庶兄が今川家に敗北し、
城代として入っていた安祥(あんじょう)城を落とされると、
竹千代は人質交換で駿河に渡り、
信長が義元を討つまで今川家で養育された。

 この時期に竹千代を慈しんでくれた図書之介や
図書之介の子らへの思いは家康に未だ熱く、
三方ヶ原で命を落とした弥三郎を悼む言葉は、
信長も聴いていて、
図書之介にそれは伝えられていた。

 「今では竹千代も図書之介の記憶に残る、
愛くるしい竹千代ではないぞ。
弓、剣の腕前は一級、
しかも養生に頗る努め、
何やら薬草茶も自ら煎じておるらしい。
節制ぶりは儂も見習わねばなるまいて」

 「ほう!薬草茶を!
竹千代君……いや、浜松殿、
確か三十路(みそじ)を超えられましたな。
そう、上様は吉法師と名乗っておられた」

 「御老体は今の儂より尚、年嵩であったか」

 「懐かしゅうございまする。
しかし今宵は、夕餉を召し上がりつつ、
合戦話をどうぞお聞かせくだされ。
あの世で弥三郎に、
たんと語ってやりとうございます」

 「うむ。で、あるな」

 図書之介の先導で、
一行は羽城の邸宅に落ち着いた。
 やがて、
戦後処理で岡崎に残っていた菅屋長頼、
長谷川竹丸も、加藤邸に合流した。

 


 




 

 


 


 




 





 

 

 

 

 






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