第146話 相国寺 寝所(4)抵抗④

文字数 450文字

 信長が居なければ今の仙千代は居らず、
信長が居ない我が身の先は考えられなかった。

 いや、御家来で居る身を捨てれば良いだけだ、
海辺の村へ帰り、
土を耕し魚を獲り、
口を糊してゆけば良いだけのこと、
万見の誰も贅沢を望む者など居はしない、
なれど、なれど……

 仙千代の濡れる視界に、
脚の痛みに耐えて出仕していた養父(ちち)
つましい暮らしの中で笑みを絶やさずにいた養母(はは)
仙千代を一等上にしつつ朗らかに育んでくれた姉達、
土産に渡した絵草紙を飽きずに繰っていた幼い妹、
代を継いで万見家で働く兵太や兵次、
(さと)の皆々が浮かんだ。

 そして最後、
涙の理由は分からぬままの仙千代ながら、

 何故に上様は左様な御振舞いが出来るのか、
天下を征圧されたに等しいとはいえ、
僅かな小姓のみを伴周(ともまわ)りに半日も……

 と、信長という人の不思議に触れる思いも湧いた。

 「いつまで邪魔をする。
失せよと命じた!聴こえぬか」

 怒声に仙千代は歯を食い縛り、

 「恐れながら、お優し過ぎるのです、上様は」

 と言った。
 ついて出た咄嗟の言葉に、
仙千代自身が驚いていた。


 

 
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